
優しい人のための、境界線の描き方|完璧な線じゃなくていい。手探りで引いていく、心の地図
優しい人ほど、線を引くのが難しい
優しさと境界線。 このバランスが、実は私にはまだよくわかっていない。
優しくしたい。 でも、都合よく扱われたくはない。
じゃあ—— どこで線を引けばいいんだろう。
これまで私は、優しさは多いほうがいいと思っていた。
相手の気持ちを考えて、できるだけ受け入れて、
関係が壊れないようにすること。 それが、大人の優しさだと思っていた。
でも、気づいたことがある。 優しさは、使い方を間違えると、
自分をすり減らしてしまう。
相手のためにと思ってやっていたことが、
いつしか自分の気持ちを後回しにしていた。
その癖が、自分を苦しめる原因になっていた。
そして、もう一つ気づいた。
人は、自分が許している範囲でしか、関係性を築かない。
どこまで受け入れるのか。どこで違和感を見過ごすのか。
その積み重ねが、関係の形をつくっていく。
思い返せば私はこれまで、どこに行っても、曖昧な関係ばかり築いていた。 優しさのつもりだった。 でも本当は、嫌われるのが怖かっただけだった。 人を信頼するのが、怖かった。
大人でもないくせに、大人のふりをして、相手に合わせてばかりいた。
自分の気持ちを、はっきりと言葉にしなかった。
その結果—— 曖昧でも成立する関係を、
自分から相手に提供してしまっていた。
そのせいで、どこに行っても、いつも汚れ役を引き受けていた気がする。
断って、後から面倒なことに巻き込まれるよりも、
そのほうが楽だと思ってしまっていたからだ。
「あの人は怒らないから大丈夫」
きっと私は、そう思われていた。
何を言われても、何をされても、受け入れてしまっていた。
騙されることも、たくさんあった。
もちろん、逆のことをしてしまったこともある。
大概、優しい人というのは、境界線が曖昧なのだ。
だからこそ、無慈悲に傷つけられることも多い。
悲しいかな、その経験を通してしか、境界線の大切さは学べない。
本当は、優しくありたい。
でも——優しいだけでは、守れないものがある。
自分をきちんと守れる位置で、境界線を持つこと。 それが必要なのだ。
👉境界線を引くためには、まず自分の内側にある小さな
「心の声」を、形にする必要がある。
「本当は嫌だった」「こうしてほしかった」
そんな、形にならないモヤモヤを無視せずに、
ひとつずつ言葉にしてみること。
自分の気持ちをはっきりさせることは、時にわがままに思えて怖いけれど、
それが自分を守るための、最初の一歩になる。
でも正直に言うと、まだうまくできる自信はない。
どこまでが優しさで、どこからが自己犠牲なのか。
その線は、私にとっては、ずっと曖昧だからだ。
ただ一つ、決めていることがある。
これからは、「どうしたいか」を言わない関係には、長くいないこと。
優しいままでいたい。 でも—— 自分を後回しにする優しさは、
もう選ばない。
境界線は、相手を拒絶するための壁じゃない。
自分も相手も、お互いをすり減らさずに笑い合える
「ちょうどいい距離」を探すための、地図のようなものだ。
きっと、最初から上手に引けるものじゃない。
引きすぎて後悔したり、引けなくて傷ついたり、
何度も間違えながら少しずつ見えてくるもの。
それが人と人との境界線なのだ。
自分の境界線を決める勇気が、必要なのだと思う。
完璧な線じゃなくていい。 その時々の自分の声を聞きながら、
ゆっくりと地図を広げていけばいい。
この題材をもとに、私は次の星の話を描き始めることにした。
航海は、これからも続く。
あとがき
🐈最近、夜中に猫が騒ぎ出すのですが、そんな時こそ
「今は寝る時間だよ」と小さな境界線を引く練習をしています。
そんな日常の小さな一歩から、私の地図作りは始まっています。