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Photo byhidemaro2005

詩と暮らす、柄にもなく
わたしの手元には常に、茨木のり子さんの詩集
『倚りかからず』を置いている

本当に手元に置いてあるので、表紙は薄汚い
栞は、マスキングテープで作ったものを馳せ
わたしの思考はわたしのものだと腹を括る

たとえ、1円も戴かなくて
凍てつきそうに怖くて
自分で何を書いているのか、分からなくて
そうやって、連続投稿をした日が遠くなる

書いたものへお金を戴いていたとき
よそのアフィリエイトと似たり寄ったりの思考が
「パクリじゃなければいいや」
気を抜いて書いていた

それは、倚りかかる場所があり
企業からGOサインをもらっているのが安心で
わたしを守ってくれていた

今は、お金をもらわないのにリスクが伴う
やっていることがナンセンスだと思う

フォローを外される、ブロックされる
こんなのが怖くて文章なんか書けるか
迎合するなら、すり鉢でゴマをするのがマシだ
…そう思いつつ、手が震えたこともあった

「倚りかからず」茨木のり子

もはや

できあいの思想には倚りかかりたくない

もはや

できあいの宗教には倚りかかりたくない

もはや

できあいの学問には倚りかかりたくない

もはや

いかなる権威にも倚りかかりたくはない

ながく生きて

心底学んだのはそれぐらい

じぶんの耳目

じぶんの二本足のみで立っていて

なに不都合のことやある

倚りかかるとすれば

それは

椅子の背もたれだけ

https://shinohon.blogspot.com/2013/11/blog-post.html?m=1
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#シロクマ文芸部
#小牧幸助さん

 
 
人の淋しさは対象によって癒される、淋しさ わたしの淋しさは 万物でも癒されない定めの淋しさ 手に握る砂が指から零れてしまう 狂人には沈黙を、佳人には微笑みを わたしはわたしの道を歩んでいるだけなのに ©️ももまろうめこのnoteは私に著作権があります 無断転載禁止です

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