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Photo byhidemaro2005

知性は知識じゃなくスルー力かね

    「知性」という言葉は、よく誤用されていると感じる。

     専門分野に詳しいとか、高学歴であることは、知性の証ではないよ。
     知識があっても、そこに品位が伴わなければ、知性とは呼べないと思う。

     わたしの考える知性は『知識+品性+寛容さ』
    この3つが揃って、
    初めて「知性がある人」と言えるような。

     知性を身につけるために読書をするのは、想像力や世界観を膨らませ広げるための訓練。
    何冊読んだかという記録は、知性とは直接つながらない。


     以前、ある議員が秘書に「このハゲーーー!」と暴言を吐いたとされるニュースがあった。

     経歴だけ見れば「知性がある人」に見えるが、その発言は一気に愚鈍の烙印を押した。

     しかし後になって、暴言の背景には秘書の度重なるミスがあり、議員の堪忍袋の尾が切れたに過ぎなかったことが分かった。

     加えて、その後は穏やかでユーモアのある対応が見直され、人間らしい知性として評価されるようになった。

     わたしは若い頃、苦い経験がある。
    ある分野の第一人者とされる教授に質問を返したら、地雷を踏んでしまい、烈火のごとく怒鳴られた。自分の無知が原因とはいえ、涙目になるほど怖かった。

     今なら「あの場面で怒られるのも無理はない」と理解できる。人はどこに地雷を隠しているか分からない。そう思えば、怒られただけマシだったのかもしれない。

     社会人になり、コンプライアンスが浸透してからは表立って怒る人は減った。

     腹が立っても「まあ、いいか」と流すほうが品を保てると学んだ。

     何度注意しても改善しない人には、活躍の場すら与えず、静かに飼い殺しにする。
    それが現実的で安泰な方法だと気づいた。

     もちろん、わたしはまだ修行不足。
    カッとなる瞬間もあるし、そのたびに
    「この人がいなくても回る仕組みを作らなきゃ」と反省した。

     わたしが見てきた知性のある人には共通点がある。

     寛容である、上から目線で語らない。
    他者の話に耳を傾ける。悪口は言わない。

     対して知性のない人は、自分より弱い相手や知識のない相手に辛辣で、意見を言われると、あからさまに侮辱的な態度をとる。
     そして、それを手柄のようにSNSで自慢している。……ダサい。空の太鼓ほどよく響く。

     インフルエンサーに見受けられるのだが、勝ち誇ったように名指ししない悪口を言う人はアカンな。知性もなければ、品性もない。

     結局、知性とはこれらを指摘するまでもなく、
    サラッとスルーできる力なのかもしれない。

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    人の淋しさは対象によって癒される、淋しさ わたしの淋しさは 万物でも癒されない定めの淋しさ 手に握る砂が指から零れてしまう 狂人には沈黙を、佳人には微笑みを わたしはわたしの道を歩んでいるだけなのに ©️ももまろうめこのnoteは私に著作権があります 無断転載禁止です

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