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Photo byhidemaro2005

傷を負っても、ポジティブに生きていける

    自分と向き合うときくらい
    自分へは愚直なほど、素直でありたい

    仮に、失恋したとする

    自分が抱く正直で素直な思いは
    「ダメな自分」と責めることなのかな

    「わたしがブスだから〜」
    本気でそう思っているのか

    わたし自身の性格の悪さかもしれないが
    「アンタ、愛されて振るとかバカじゃね?」
    「お前、マジで○ね」
    これじゃないのかな

    まずは、理不尽な扱いをされた怒りを排出し
    「今、自分はこんな感情」と受け入れ
    自分は相手から、どうされたかったかを見ないと
    次も同じ失敗を繰り返すんじゃないか

    自分にまで、いい子になると失敗する
    例えば『虐待はループする』などが、いいケース

    「クズ親」と認めず
    「親を怒らせた自分が悪い」と蓋をし
    納得いかない憤りが沸騰し続けるから
    我が子へ虐待したり、社会への恨み辛みになる

    相手からされた不当な扱いを
    自分のせいにして受け入れてしまうのは
    自己対話と言わず
    フラストレーションを溜める行為
    人間が好きだったものが、嫌いになる一方

    素直さを受け入れないと、自分とは向き合えない 
    相手から受け入れられなかった要因まで
    自分に嘘をつくと、自分の心が歪む

    歪みは「どうせ」「自分は○○だし」
    自ら貼り付けたレッテルは
    新しい挑戦から逃げる言い訳に繋がる

    ソースは、わたし
    生憎、失恋も虐待も未経験だけど

    悪い妄想、対人関係の不安も
    自分と向き合わなかった代償だと思っている
    代償はこの先
    「努力をするのは無駄なこと」に切り替わる

    「自分はこうされたかった」
    これを深掘りしていくから、目的や目標が見えて
    傷を負っても、ポジティブに生きていける
    そんな気がしてしまう

     
     
    人の淋しさは対象によって癒される、淋しさ わたしの淋しさは 万物でも癒されない定めの淋しさ 手に握る砂が指から零れてしまう 狂人には沈黙を、佳人には微笑みを わたしはわたしの道を歩んでいるだけなのに ©️ももまろうめこのnoteは私に著作権があります 無断転載禁止です

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