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Photo byhidemaro2005

孤高の天才に弟子入りしたい

    孤高の人になりたい願望から、早一年
    わたしは群れないより、孤立した限界集落にいる
    孤高は、天才しか無理なんかな

    協調しない、協調できない、協調したくない
    孤独、孤立、孤高はこれの違いかな

    note村を見渡すと、ちらほら孤高の天才がいて
    社交があって、誰とでも卒なく付き合いがあり
    しかし孤高の天才は、けして他人を自分の世界に
    入れていないように見受けられる 

    わたしだけは弟子入りさせてくれないかな
    レベルが高い世界だと
    誰も入れないのは承知しているのだけど

    孤高の人は協調性がないのではなく
    自分のキャラクターを変えてまで他人に合わせる
    必要がないと考えていそう

    人並み以上の何かを生みだす

    出来る人にとって、それが出来ない人との間で
    関わりは、マイナスの影響が強く
    特にクリエイティブな活動だと
    自分の内面にあるものがベースになるので
    常識とか、協調だの、他人に合わせてしまえば
    つまらないものしかできないもんね

    誰かに批難されてもスタンドプレーで創作するのは邪魔が少ないからなんだよね
    インタビューしてないので、推測だけど

    凡人は没個性で
    「常識」という枠で協調性を保ち
    独創性に著しく乏しい
    革新的なことは逆立ちしても出来っこない

    独創性や革新性が求められている場所なら
    まず破壊しないといけないのは
    「協調性があるべき」という「常識」だね

    でも、コメント欄は荒らさないでね
    他人のキャンバスを土足で踏まないの
    孤高の天才はそんなことは、しない

    孤高の人は、協調したくない人だとしても
    似た者同士の間では
    シンパシー、エンパシーで協調している不思議さ

    ここまで分析したので、弟子入りさせて欲しい
    虫のよいお願いになるね

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    人の淋しさは対象によって癒される、淋しさ わたしの淋しさは 万物でも癒されない定めの淋しさ 手に握る砂が指から零れてしまう 狂人には沈黙を、佳人には微笑みを わたしはわたしの道を歩んでいるだけなのに ©️ももまろうめこのnoteは私に著作権があります 無断転載禁止です

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