メインコンテンツへスキップ
見出し画像
Photo byhidemaro2005

掌編: キンクマのお悩み相談室

     眠れない悩みを先輩の鈴木さんは僕に打ち明けるが、何も答えようがない。

    「俺、また教師に戻ろうかと……」
     原宿を抜けて表参道に出るまで、早口の中国人を避けながら、縫うように歩いているので、鈴木さんの話は2〜3キロ体重を落とすぐらい、軽い話に聞こえた。
     
    「鈴木さんって先生だったんですか?」
     言われてみれば、的確な指示の出し方は教師だったと言われたら……繋がらない。
     
    「うん。うち、爺ちゃん、婆ちゃん、両親、お姉ちゃん、皆が教師の教育家系なのよ。それで俺も教育学部を出たんだけど……」
    「ど?」
    少し沈黙になる。
     
     頷くしかない僕は、交差点に立っても目線は車の往来で、鈴木さんの声を拾うだけだ。

     赤信号が長い。
    クラクションも鳴らないのに、街全体が急かしてくるみたいで、足先だけがそわそわする。

    「……二年で辞めたよ」

     鈴木さんは、笑っていなかった。
    けれど、困っている顔でもなかった。

     どこにも置き場のないものを、いったん外に出してみただけ、みたいな声だった。

    「向いてなかったんですか?」
    自分でも雑な質問だと思った。
    でも、それ以外に言葉が見つからない。

    「向いてたよ」即答だった。

     その速さに、逆に足が止まりそうになる。

    「……向いてたけど、壊れた」

     青信号に変わる。
    人の波が、一斉に動き出す。

     僕もつられて歩き出すけど、さっきより少しだけ、鈴木さんとの距離が分からなくなる。

    「何が、ですか」聞かない方がいい気もした。

     でも、聞かなかったら、この話はどこにも行けない気がした。
     鈴木さんは、少しだけ首を傾けて、考えるふりをする。

    「なんだろうな……正解を出し続けるのに、疲れたのかもな」

     風が吹いて、街路樹の葉が擦れる。
    その音が、やけに大きく聞こえた。

    「……それ、寝れんやつですね」
     それしか言えない。
    言葉にした途端、軽くなるのが分かっていた。

    「そうね、大学時代は単位を落とさないように必死でさ。教員採用試験のために予備校にも行った。はぁぁあああ……そこまでしたのに、プライベートがほぼなかった」

    「休みがなかったんですか?」
    「あるよ。でも帰ったら事務作業と授業準備。結局、休みも学校だな」

    「それでも戻りたいんですか?」
    「それで、眠れないのよ」

    少し歩いて、僕は言う。

    「じゃあ、戻るしかないですね」

     鈴木さんは、こっちを見る。
    「え?」

    「眠れないぐらいなら、もう答え出てるじゃないですか」

     風が止んで、誰かの話し声がやけに近く聞こえた。

    #小牧幸助さん
    #シロクマ文芸部
    #眠れない

     
     
    人の淋しさは対象によって癒される、淋しさ わたしの淋しさは 万物でも癒されない定めの淋しさ 手に握る砂が指から零れてしまう 狂人には沈黙を、佳人には微笑みを わたしはわたしの道を歩んでいるだけなのに ©️ももまろうめこのnoteは私に著作権があります 無断転載禁止です

    あなたへのおすすめ