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Photo byhidemaro2005

嗜好では、人格判断にならない

    嗜好、好みは人格まで判断されているような
    頭の中で、これはわたしだけの違和感で
    被害妄想に似た感情を抱いているのか
    自分に問いかけていた

    ある作品に出会ったとき、答え合わせしたような
    嬉しさが込み上がった

    嗜好では、人格判断にはならない
    そんな部分で人間性を押し図らないで欲しい

    そう思うのは、InstagramやTikTokが定着し
    noteのようなクリエイターの集まりでは
    心が柔らかい人が多数いて
    傷つきなくない保身から
    他人の嗜好で人間性をジャッジしている

    それはとても稚拙な判断で
    人間の奥行を知り、人を測る経験値があるのか

    嗜好は人間性より、美意識や美学であって
    花や空、小動物が好きだから善い人
    おしゃれな場所や海外暮らしで善い人
    努力を文章に起こしているから善い人
    そうならないんじゃないかと思う

    惹かれる、快いがあって共感や共鳴し合い
    仲間意識が生まれる
    逆に苦手な嗜好だから、反社会的と倫理観まで
    判断されて、弾かれてしまう

    人間同士の合う合わないがあっても
    人間性を否定する材料にならないと思う

    嗜好は個性であり、その人の本質や価値観に繋がる
    それは人間性を否定するだけの材料になるのか
    自分と違う個性は、なぜ倫理観がないとなるのか
    どういう理論か教えてくれよ、偉い人

    わたし、犯罪者ですか

    それを簡単にやってしまうのが、SNSという場で
    多数派に流されてスティグマ的になると狭量になり
    発見や刺激を見逃しかねないと思う

    ˚✧₊⁎camyuさん⁎⁺˳✧༚

    いつもお世話になります
    わたしが知りたかった答えを見つけました
    ありがとうございます♪


     
     
    人の淋しさは対象によって癒される、淋しさ わたしの淋しさは 万物でも癒されない定めの淋しさ 手に握る砂が指から零れてしまう 狂人には沈黙を、佳人には微笑みを わたしはわたしの道を歩んでいるだけなのに ©️ももまろうめこのnoteは私に著作権があります 無断転載禁止です

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