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【実体験】孤独は人を狂わせ現実に対する認知を歪ませる、孤独に囚われた人間が報われた人生を歩む為に大切な事。

    そもそも現実に対して公平な認知を出来ている人間などいないと思うが、孤独というのは人間の心を狂わす猛毒なのには変わりはない。
    私は孤独ではあるが、昔に比べたら現実に対する認知も公平になったと思う、しかしこのような慢心こそ認知を歪ませる原因なので気を付けなければならない。

    自分の話になってしまうが、孤独というのは寿命さえ縮む程、心身共に悪影響を及ぼすストレスだ。
    孤独になってしまうと自身の存在意義が分からなくなってしまう、故に社会性の動物である我々は孤独に対して大変な恐怖を抱く。
    自身の存在意義が分からなくなってしまうと、世界を敵に回したような感覚になり、現実に対する認知が大変歪むので被害妄想的になり、精神病を発症しやすい状態に陥ってしまう。


    【大切なのは第三者が声かけをし続ける事】

    例えば、明らかに人に対して被害妄想的になっていたり、良くない方向に考えが向かっていたら、第三者がそれを傾聴したうえで、「こういう物の見方もあるんじゃない?」と提案する事が最善だ。
    私には幸いそのような家族がいてくれたので、今狂わずに生きる事が出来ている(と思う)。
    とはいえ家族以外の人間関係が0で、元不登校、現引きこもりの私は一時期非常に認知が歪んでいたのは
    間違いないだろう、今もなお心療内科通いだ。


    【孤独な人間はどう生きるべきか?】

    自分で書いててアレだが、こうするべき!という考えは非常に嫌いだ(笑)、正解など無いのだから。
    私の場合は気分が抑うつ的になった時などは、「自分だけは自分の味方であり続けなければならない」と
    自分自身に言い聞かせ、鼓舞し続けている。
    悪い事をしている訳ではないのだから堂々と、胸を張って生きていればそれで良いのだ。
    1つ確かな事は、どんな人間も『報われた』と思える人生を歩まなければならないという事だ。


    【どうすれば孤独な人間は報われる?】

    孤独な人間が報われたと思える人生を歩むのは容易な事ではない、人間不信になり、1度孤独のループに
    陥ってしまうと抜け出す事はとても難しいのだから。
    私の場合は猫との関わりで非常に人生が報われた気持ちになった。
    しかし、アニマルセラピーを提唱するのはありきたりなので他の考え方を提唱しよう!(笑)

    私はミルの『自由論』という考え方を推奨する、
    簡単に言えば、他者に危害を与えない範囲であれば、個人の自由は認められるという考えだ。

    自由論の範囲内で、自分なりの幸せを追求し続ける、
    他人から白い目で見られようと、自分で見付ける事が出来た『精神的宝物』それを大切にする。

    もしかしたら見失っているだけで、宝物というのは自分の中に、幸せというのは案外足元にあるのかもしれない。

    なんにせよ、孤独というのは悪い事ばかりではなく、自分の内面と向き合う良いキッカケでもある。
    苦痛を伴う事も多いが、孤独な人間にしか見付けられないような宝物は絶対あると思うので、悲観せずに
    自信を持って生きて欲しい!
    ぶっ飛んだ生き方をするのも全然アリだと思う!!

          【まとめ】

    『自由論』の範囲内で自分に合った生き方をして、
    楽しい気持ちで自分なりの幸せを追求し続ける!!
    そこで『精神的宝物』を見付ける事が、人間不信で
    孤独のループに陥った我々が報われた人生を歩む近道なのだと思う。

    何も危害を加えていないのに、他者は私を「常識的では無い狂っている人間だ」と評したり、「人生が終わっている」と見下される事が多いが果たしてどっちが狂っているのか私には分からない。

    このような二元的で対立的な思考は良くないので、

    物事は常に多面的、調和的な考え方を大切に

    ですね。

    以上でした!ここまで読んでくれた方はありがとう!

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