秋の置き場所|秋読コレクション|McLane
開いた本の上に、黄色い葉が落ちてきた。
アーサーは頁を押さえたまま、窓の外を見た。
中庭に面した細い隙間から、夕方の風が入り込んでいる。
つい先日まで青かった木々が、枝の先から色を変え始めていた。
葉を取り上げ、卓上へ置く。
「拾いもの?」
入口にナディーヌが立っていた。
勤務を終えたところらしく、軍服の上着を片腕に掛けている。
「飛んできた」
「随分いい場所に落ちたのね」
彼女は向かいの椅子へ上着を掛け、黄色い葉を指でつまんだ。
葉先だけが茶色く、葉脈に沿って少し反っている。
「栞にしたら?」
「本が傷む」
「そういうところは変わらないわね」
アーサーは本から目を上げた。
「君も、以前同じことを言った」
「覚えているわ。挟む前に止められたもの」
士官学校の図書室だった。
あの時は赤い葉で、ナディーヌが中庭から拾ってきた。
彼の読んでいる本へ差し込もうとして、まだ乾いていない、と手を止められたのだ。
今より細かった指。袖口の違う制服。
隣に座るための理由を、考えずに済んだ頃。
ナディーヌは葉を卓上へ戻した。
「今日は非番だったのね」
「ああ」
「読めた?」
「半分ほど」
いつもは部隊を率いる彼の手に、今日は報告書も端末もない。
本の厚みを確かめるように頁の端を撫でる指を見て、ナディーヌは小さく頷いた。
「お茶を淹れるけれど、あなたも飲む?」
「頼む」
休憩室の戸棚から、カップを二つ出す。
湯が沸くまでの間、彼女は窓辺に立った。
中庭を掃く風に、落ち葉が乾いた音を立てている。
「もう秋ね」
「寒くないか」
「少しだけ」
アーサーが本に革の栞を挟み、立ち上がった。
「閉めるぞ」
「ええ」
窓の留め金が、小さく鳴った。
彼は戻りがけに椅子の上着を取り、ナディーヌへ差し出した。
彼女はそれを受け取って袖を通す。
「あなたは?」
「私は平気だ」
「そう」
ナディーヌは二つのカップへ湯を注いだ。
先ほど葉を取り上げた彼の指も、少し冷たそうだった。
けれど口には出さず、淹れたばかりの一杯を彼の席へ置いた。
アーサーが腰を下ろし、取っ手へ指を掛ける。
「ありがとう」
彼女も向かいに座った。
窓を閉めると、室内は思ったより静かだった。
遠くの廊下で人が話している。
ナディーヌは背もたれへ身体を預け、ゆっくり息を吐いた。
アーサーは本を開かなかった。
「続きを読んでいてもいいのよ」
「急ぐものではない」
「私も、面白い話を持ってきたわけではないけれど」
「話がなければ座れないのか」
ナディーヌはカップへ伸ばしかけた手を止めた。
彼は真顔でこちらを見ている。
「……そうではないわね」
カップを持ち上げる。湯気に触れた頬が温かかった。
恋人でなくなってから、何年も経つ。
仕事の話なら、迷わず彼を呼べた。
報告も、相談も、彼の判断に異を唱えることさえ難しくない。
ただ隣にいたい時に限って、何か用事を探してしまう。
今日も、お茶を淹れると言った。
アーサーはひと口飲み、卓上の葉へ目を落とした。
「あの葉は、どうした」
「図書室の?」
「ああ」
「別の本に挟んだわ」
彼の眉がわずかに動いた。
「乾かしてからよ。言われたとおりに」
「そうか」
「借りていた本でもないわ。そこまで気にしなくていいでしょう」
「何も言っていない」
「顔に出ているもの」
アーサーは少しだけ口元を緩めた。
「まだ持っているのか」
ナディーヌは指先でカップの縁に触れた。
「挟んだ本は、今もあるわ」
葉がどうなったかは、しばらく確かめていない。
あの本を開けば、図書室の席順まで思い出してしまいそうで、そのまま棚に置いてある。
「今度、見てみる」
彼は頷いた。それ以上は聞かなかった。
ナディーヌも、お茶を飲んだ。
黙っていても彼が席を立たないことに、少しずつ背中の力が抜けていく。

外では、また葉が一枚落ちた。
窓越しには音がしない。
枝から離れた黄色が、途中で風に押され、見えなくなる。
アーサーが空になったカップを置いた。
ナディーヌの手元には、まだ半分ほど残っていた。
「先に戻ってもいいわよ」
「俺は、もう少しここにいる」
彼は閉じた本を脇へ寄せた。
ナディーヌは返事の代わりに、もう一度カップを両手で包んだ。今度は、急いで飲もうとは思わなかった。
やがて二人で席を立った時、卓上には黄色い葉が残った。
ナディーヌがそれを取り上げる。
「持って帰るのか」
「ええ。今年の分」
葉柄をつまんだ手を見て、アーサーは何か言いかけた。
「乾かしてからでしょう。分かっているわ」
「折れるぞ」
彼女は手元を見た。上着の袖に葉先が引っかかっている。
アーサーの指がそっと袖を退けた。葉には触れず、その手は離れた。
「……ありがとう」
「ああ」
彼が扉を開ける。
ナディーヌは黄色い葉を胸元に持ち、隣へ並んだ。
帰ったら、あの本を開こうと思った。
あとがき
突然ですが、不器用な元・恋人たちって良くないですか???
私は好きです。
大好きです。
今回、ネロ王子とorivieさんの「秋読コレクション」企画を見た瞬間、
アサナディしかないやろ😏
と思いました。
……待てよ??ナディーヌさんって初出しか??🤔
ナディーヌ・リッジウェイ、アーサーさんの同期で軍のオペレーターです。
実家と縁を切って、実家の敵の組織でオペレーターをやっている訳ありお姉さんです。

……設定の説明を始めると、このまま3万字くらい行けるので今日もやめます。
秋って、なんとなく華やかな季節が終わっていく感じがするんですよね。
木々の色が変わって、葉が落ちて、長い冬に向けて少しずつ支度を始める季節。
でも、全部が終わるわけじゃない。
そう考えたときに、アーサーさんとナディーヌさんの関係が一番しっくりきました。
二人は16歳で士官学校に入って、今は25歳。
なんだかんだ、もう9年一緒にいます。
昔は恋人同士でした。
でも、家の事情に邪魔されて、その関係は一度終わっています。
……終わっているんですが。
まだ一緒にいるんですよ、この人たち。
仕事の話なら普通にできる。
同じ場所にもいられる。
でもアーサーさんは大事なところで不器用だし、ナディーヌさんは一歩引いちゃう。
なので、
お前らそういうところだぞ!!!!と思いながら書いていました😂
今回書きたかったのは、大きな事件でも、劇的な復縁でもなくて、そんな二人がただ同じ場所で過ごす静かな時間です。
終わっていない。
でも、まだ始まり直してもいない。
その距離感が、私の中ではすごく「秋」でした🍂
ちなみに以前、別の記事でアーサーさんを
「強いのに、大切なものには少し不器用な男」
と紹介したことがあります。
はい。
こういうことです!!!!😂
気になる方はこちらもどうぞ👇
そして実はHono、こんな創作も抱えてます😏
この世界は「McLane」という、私がいつかちゃんと形にしたい野望のひとつ。
今回はほんのちょい出しですが、これから少しずつ、こういう人たちもnoteに連れてこようかなと思っています。
……なんかみんなアーサーさん好きそうだし!!!😂

素敵な企画「秋読コレクション」はこちらから🍁
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