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Photo byokadatomoko

【創作】年賀状を憎んだ話〜エリ、あんたの旦那の顔は四角いよ〜

    お正月なんて好きじゃない。
    「あけましておめでとうございます」なんて思わない。


    2026年、元旦 AM9:39
    都内の1DKに一人暮らし。家賃は11万5000円。



    私はこたつに入り、ひとりでお正月のスペシャル番組を見ていた。

    司会者の男性MCは袴を、女性アナウンサーは赤い着物を身にまとい、スタジオの装飾やら演出やら何もかもがお正月用にセットされ、年明けを喜んでいる。

    盛り上がるお正月の特別番組はテレビをつけているだけで、もはや、見ていない。
    私は別のことを気にしていた。



    「わたしの年賀状はもう届いただろうか…」



    ____________________

    それは1年前のこと。

    2025年のお正月。
    三が日は全く予定がなかった。
    結婚をしてる友だちを遊びに誘うなんてことはしないし、独身友だちはみんな実家に帰るとか、恋人と旅行に行くとかで、お正月は会う人がいない。

    「三が日」と言っているが、本当は4日だって予定はない。

    私は実家には帰らない。
    もう実家はない。
    父は不倫をして私が小学3年生のときに出ていったし、母は私が26歳の時に肺がんで亡くなった。

    でも、私はタバコを吸う。母と同じ死に方をしたっていい。

    クリスマスにワンカートン買っていたタバコは年末年始の巣篭もり期間で吸いきった。仕方なくコンビニにタバコを買いに行くことにした。

    思い違いかもしれないけど、元旦っていつも晴天。家から5分のコンビニに行くだけだし、とマフラーをしない私の顔に冷たく乾燥した空気が刺さる。
    マフラーは付けるのが面倒くさいし、室内に入ると、ダウンと一緒に外す。脱いだダウンに、外したマフラー。それを手に持って歩くのが、どうしても面倒だった。
    だから断捨離した時にマフラーは全部捨てた。

    いつもは慌ただしいコンビニも、お正月シーズンは静かだ。
    「店番」だけをしている外国人店員に「65番をワンカートンください。」と伝えて、5400円をPayPayで支払った。
    コンビニに
    「ペイペイ♪スクラッチチャンス!」
    とご陽気な音が流れた。
    私も外国人店員も無表情。
    「レシートは結構です」とだけ伝えてコンビニを後にした。


    冷たくなった両手はタトラスのダウンのポケットに突っ込むからいいけど、さらけ出された頬はどんどん冷たくなってくる。冬の空気に触れて冷たくなる頬が好きじゃない。

    母が死んだとき、死化粧をして置かれている母の頬に触れた。
    ペタペタとしていて、冬の日に食べずに放置して冷たくなった饅頭みたい、と思った。
    ここにいるのはドライアイスで存在を保っているだけの物体で、もう母ではないんだと誰かに断定された気がした。

    マフラーは買うべきかも知れない。


    外出したついでに、郵便受けを確認する。
    便利屋やらピザ屋のチラシ。
    いつもと変わらない郵便受けの景色の中に1枚だけ、年賀状が入っていた。

    デカデカと家族写真が載せられたそれは、巳のイラストが気持ちばかりに描かれていて游ゴシックの字体で、
    「昨年中は大変お世話になりました
    本年もどうぞよろしくお願いいたします」
    と印刷されている。不特定多数に送ることが出来るセンスのない量産型の年賀状だ。

    去年、世話してないし。
    本年「は」よろしくの間違いじゃないのか。

    手書きの一文もない。
    こういうのって「今年こそは会いたいね」と、いつまでも計画しない願望が書いてあったりするものだ。

    写真には顔が四角形で目の細い旦那と、年はとったけど変わらず整った顔の友だち。
    男の子と女の子の子供が2人。 
    この子供たちは2歳とか4歳とかになっただろうか。
    BGMが小田和正の保険のCMに載せて流れてくるくらいに笑顔は良いけど、「旦那似なんだな」としか思えない子供が写っていた。

    ディズニーに行った時の写真らしく、浮かれた家族4人がミッキーの耳を付けている。あの四角い顔した旦那もだ。
    四角い顔のくせに、ミッキーの耳をつけている。

    「ふ。」

    これが2025年の初笑いだった。

    この年賀状を送ってきたエリは高校時代よく言っていた。

    「私、イケメンとしか付き合いたくない。」

    ____________________

    結婚報告はまだ母親が生きていたとき。
    エリからLINEが来た。

    「ねぇ、みっちゃんから聞いたんだけど、帰ってきてるの?帰って来てるなら教えなよ!
    急で悪いんだけどさ、ちょっとでいいから会えない?報告したいことがあるんだけど。急で本当ごめん。でも帰ってきたこと言わないあんたが悪いから笑」

    と、エリらしい約束の仕方で会うことになった。
    みっちゃんは私とエリの共通の友達で、20歳の時に結婚より先に子供を授かり、3年後の23歳の時に離婚した。

    高校生の時と同じく、サイゼリヤで待ち合わせてエリから結婚報告を受けた。
    地元には「ちょっとお茶しよ」で立ち寄れるカフェなんてない。

    その時にエリの旦那になる人の写真を見た。

    「四角い…」

    そう思った。

    友だちの決してかっこよくない恋人やら旦那の写真を見せられた時、
    「優しそうな人だね」
    と言う逃げ道があるけど、私は唯一の逃げ道の「優しそうだね」さえも言えなかった。

    「顔が四角い」
    それ以外の感想がなかった。

    黙っていると、エリが
    「かっこよくないよね」
    と言って笑った。 

    自分が言わずにエリから言ってくれて安堵した。
    これで嘘をつく必要がなくなった。

    エリとは高校の時に仲良くなった。
    学校から家までの帰り道とバイト先が一緒だったから、話すことはたくさんあった。
    私たちは学校からの帰り道、自転車を漕ぎながらどうでもいい話をたくさんした。

    私が「店長の口から魚の匂いがした。多分鮭食べたと思う。鮭は好きなんだけど、人の口から臭うと気持ち悪い。」という話をしたことをキッカケにバイトの店長を「SHAKE」から転じて「シェイク」と影で2人で呼んで笑っていた。
    そしてカラオケで私たちにとっては懐メロ。SMAPの「Shake」を爆笑しながら歌った。最初のキムタクの「プルーーーハァ!」の雄叫びはエリが担当していた。


    高校時代の私たちがエリの旦那を見たら「スクエア」とか影で呼んで笑っているはずだ。
    でも、私たちはもう「スクエア」とは言わない。エリの旦那だし。でも、もしも今スクエアと呼ぶことが出来ていたなら、エリとどんな面白い話に発展させる事が出来ただろう。


    私たちはエリが結婚してからもエリに子どもができる前は頻繁に会っていた。私に実家があった頃はよく地元に帰っていたし、その度にエリとは会う約束をしていた。

    エリが東京に来ることもあった。
    最初は地元にはないおしゃれなカフェにエリを連れて行ってみたり、エリが行きたいというスカイツリーやチームラボに連れて行ったりしていた。

    結局そのうち、私の家でUber Eatsで頼んだ中華を食べながら、2人でNetflixの恋愛リアリティショーを見て、あーだこーだと文句を言い合うことが定番の過ごし方になっていた。
    どこかに出かけるより、私たちらしい過ごし方だった。

    ____________________

    子供を産んだあとのエリは、いつも疲れていた。
    「甘いものを食べることだけが生きがいになっちゃっててさぁ…」
    と話すエリは、明らかに前とは違う。

    エリに少しの間だけでも元気になって欲しくて、デパ地下をうろついては、美味しいものを見つけたら送ったりしていた。
    その度に、
    「せっかくあんなに美味しいものもらったのに、何もお返し出来なくてごめんね。」
    と言っていた。

    別にお返しなんていらない。
    疲れてるエリに元気になってほしかっただけだよ。気を使われるのも嫌で、そのうち何も送らなくなった。
    私が連絡をすることが、エリの負担になっている気がした。

    そうして、私たちは気づけばもう4年間会っていなかった。
    たまに連絡を取りつつも、それは雑談や日々の愚痴とかそういう類のものではなく、「2人目が出来た。」とか「誕生日おめでとう」みたいなその他大勢に送るような内容だった。

    ラインを続けようと思えば続けられたのかもしれないけど、エリはまた疲れているんじゃないだろうか。
    エリの負担になりたくなくて、いつも自分がラインを止めていた。


    ____________________

    そんなエリから来た年賀状。
    「年賀状文化ってまだあったんだ」と思った。それを見て田舎から東京に出てきて良かったと思った。きっとこれは四角い旦那の親か、エリの親が「家族ができたんだから送りなさい」とか何とか言われたんだろう。あの田舎に流れていた独特な空気を思い出すと、容易く想像できる。現にエリから年賀状が届いたのは初めてだった。

    エリ単品で、近況報告を受けるなら「よかったね」と言えるけど、よく知らない四角い旦那と旦那そっくりの子供を2人引き連れたエリは知らない人みたいだった。

    そう。この年賀状はエリの本意じゃない。
    それはわかってる。

    私は実家にも帰れず、何かあった時にしか連絡を取らない唯一の身内の弟は年末年始何してるか知らない。

    この写真付きの年賀状という名前の1枚の厚紙は私の状態を可視化させた様な気がした。

    ____________________

    エリは頭が良かった。
    エリと私は、地元では通っている学校名を言うだけで「頭良いんだね」と、褒められるくらいには進学校に通っていた。

    私は必死で勉強して頭のいい集団に何とか食らいついたけど、それでもテストの順位は下から数えた方が早かった。
    テスト前は勉強したい、バイトを入れたくない。
    そんな事をエリに漏らすと、
    「じゃああたしが入るよ!」
    と言って、シフトを代わってくれるのに涼しい顔で私よりも遥かにいい点を取るような女だった。
    そんなエリをかっこいいと思ったし、勝てない女だとも思っていた。

    テスト前に「勉強してない」という予防線があるけど、エリは逆に「ちゃんと勉強した!」と言っていた。
    そんなに勉強していないのに、いい点が取れたら周囲にとって嫌味になる、と余計な摩擦を避けるエリなりの「逆に嘘をつく」というやり方だったんだと思う。

    でもエリは進学をしなかった。
    家庭の経済状況が理由だという。
    エリの家に行ったことがあったけど、戸建ての立派な家だった。
    対して女手一つで育った私の家は賃貸だったし、田舎では庭付きの戸建てが当たり前の環境で、肩身が狭い思いだった。
    「うちはお母さん厳しくて〜」と言って友だちを家に寄せ付けなかったけど、本当は賃貸アパートを見られたくなかったからだ。

    そんな私の家でも母親は進学させてくれる。
    もちろん奨学金制度を使うからではあるけど、バカの一つ覚えで、
    「奨学金あるじゃん!」と、エリに言っても、「でも仕送りとかさ、うちはお兄ちゃんが大学行ってるし、厳しいみたい」と言った。


    私はエリに進学してほしかった。
    エリはこんな田舎町で一生を過ごしちゃいけない女だと思っていたから。

    「就職するならお父さん車買ってくれるって言うし、就職祝いにPRADAの財布も買ってくれるって!」

    頭のいいエリがそんな馬の頭にニンジンをぶら下げたようなやり方で釣られたとは思えなかった。
    それにこの田舎街で生きていくには車は不可欠だ。この田舎で就職しろと言うなら、親が買ってくれるなんて当たり前じゃないか。

    「あたし、税務署に勤めて高卒枠で国家公務員になる。汚職しまくって税金泥棒するわ。」と言って笑うエリ。

    選択肢のない状況の中で、自分を無理矢理納得させて笑っているんだろうか。
    「税務署に勤めて国家公務員になる」という現実的な希望は、エリはもう既に私よりもちゃんと地に足のついた未来を見ている気がした。

    そうしてエリは税務職員試験に受かり、地元から少し離れた税務署で働き始めた。
    私はこんな田舎で私を終わらせない、と希望を抱いて上京をした。

    ____________________

    1階にある郵便受けから写真付きの厚紙を取り出し、小脇にカートンのタバコを抱えて自宅に戻った。
    買ってきたカートンの中の一箱を取り出し、すぐに換気扇の下でタバコを右手に吸った。
    左手にはあの厚紙だ。
    改めて隅々まで観察する。
    郵便受けの前で見た時以上の情報はなかった。

    吸い殻をバカラの灰皿に落とす。
    このバカラの灰皿は仕事で嫌なことがあった時に買った。腹が立って、悔しくて。お酒を飲んで酔っ払った勢いで大して欲しくもないのに買った。
    私は酔った勢いで2万円近い灰皿をポンと買えるくらいには、稼げるようになっていた。
    次の日。酔いが覚めた私は、何してんだよ!バカ!と死んだ母親みたいに自分で自分を叱った。もう私を叱ってくれる人は私しかいなかった。

    無機質な私の部屋には似つかわしくない、キラキラしたバカラの灰皿だけが浮いている。
    この厚紙みたいに。

    ネットで買ったこれは正確には灰皿ではなく「ディッシュ」だという。つまり小皿だ。タバコを置くためのくぼみがない、ただのキラキラしたクリスタルの器。そこに灰を落とし、タバコを押し付ける。この小皿の正しい使い方はきっと高級チョコレートでも載せたらいいんだと思う。でも私はそこに吸い殻を溜めている。


    私はエリに年賀状を書いてない。

    エリは手書きで私への一文も書けないくらい忙しいのか。
    年賀状の写真。エリの可愛い笑顔の隣で、あの四角い顔が笑っていた。

    LINEのひとつでも、通話のひとつでもすればいい。わかっていても出来なかった。
    「優しそうな人だね」
    その一言が言えなかったあの時みたいに。

    ____________________

    2025年12月20日。
    気がつけばあのくだらなくてセンスのない年賀状が届いてから1年近く経っていた。

    私はエリ宛の年賀状を投函した。
    遅すぎる1年ぶりの私なりの返事だ。
    あれから1年間、エリとは誕生日すら1回も連絡を取りあっていない。
    出会ってから18年。こんなことは初めてだった。

    エリ宛の年賀状は全文手書きにした。

    「明けましておめでとうございます」の代わりに、「明けましておめでとうなんて、全く思わない」と大きく書いた。

    そして似顔絵を描いた。
    四角形の旦那、それに似ている2人の子供とエリは可愛く描いた。 

    そして「去年は何ひとつとして世話になってないね。今年はよろしく。」と書いた。

    そして、もうひとつ。
    これは小さく書いた。

    「エリのことを思い出す時、あんたのプルーーーハァ!の雄叫びを思い出すよ。あたしもさ、ほんとはプルーーーハァ!やりたかったんだよね笑」 

    ____________________

    2026年、元旦 AM9:55


    LINEが来た。

    エリからだ。すぐに画面を見た。


    メッセージは書かれていなかった。

    代わりに9秒のボイスメッセージだけが送られてきていた。

    ▶をタップして再生した。

    久しぶりに聞くエリの声。

    エリが送ってきたボイスメッセージは、私の年賀状の返しとして120点満点だと思った。
    やっぱりこの女には敵わない。

    スマホを伏せ、全く観ていなかったお正月番組に目をやる。

    自然と口角が上がった。

    「ふ。」

    2026年の初笑いだった。



    おわり


    ■参加した企画

    ■タイトル「年賀状を憎んだ話」を提供してくださったコッシーさん


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