メインコンテンツへスキップ
見出し画像

「声」は誰のものか?津田健次郎さん判決/米国の自主規制/EUの著作権ルール再検討

    AIと本のニュース #016   

    2026年10月7日(木)

    「AIを誰が律するのか」がニュースになった一週間

    生成AIをめぐるニュースが、「何ができるか」から
    「誰が権利を持ち、誰がルールを決めるのか」
    という段階に入ってきました。

    9月末、日本では、生成AIによる「声」の模倣をめぐって、
    人間の声もパブリシティー権で保護され得るという初めての司法判断が出ました。

    米国では、トランプ大統領と大手AI企業が、法律による厳格な規制ではなく、企業の自主的な安全管理を重視する合意を打ち出しました。

    一方EUは、AIが著作権で保護された作品を利用する問題について、
    さらに制度を強化すべきか検討を始めています。

    今週は、日本、米国、EUから、
    AI時代の「権利と規制」
    をめぐる3つのニュースを取り上げます。

    1.「声」にもパブリシティー権。津田健次郎さんの裁判で東京地裁が初判断

    9月30日、東京地方裁判所は、声優・俳優の津田健次郎さんが、自身の声を生成AIで模倣したとされるTikTok動画の削除を求めた裁判で、
    「人の声は、肖像と同様に個人の人格の象徴である」
    との判断を示しました。

    裁判所は、実演家の声に商品の販売やサービス利用を促す
    「顧客吸引力」があり、
    その価値を利用することを目的として無断使用した場合には、パブリシティー権の侵害になり得るとしました。

    人間の「声」がパブリシティー権によって保護され得ることを示した国内初の司法判断です。

    問題となったアカウントには、
    津田さんの声に似せたナレーションを使用した動画が180本以上投稿されていました。ただし、今回の判決で津田さんの動画削除請求そのものは棄却されています。すでにアカウントと動画が削除されていたためで、裁判所は今回の個々の動画について、実際に津田さんの権利を侵害していたかどうかまでは判断していません。

    つまり今回重要なのは、
    「AI音声を使ったから違法」
    という判断ではありません。

    声そのものが、人の名前や肖像と同じように、
    経済的価値を持つ権利の対象になり得る
    と裁判所が示したのです。

    出典

    東京地方裁判所
    「令和7年(ワ)第70635号 投稿記事削除請求事件」
    2026年9月30日判決。
    ITmedia NEWS
    「『声』もパブリシティー権の保護対象に 津田健次郎さんのAI声模倣訴訟で東京地裁が判断」
    2026年9月30日。

    本の研究社の視点

    これは、声優業界だけの問題ではありません。出版にはすでに、オーディオブック。朗読。著者インタビュー。音声コンテンツ。があります。

    さらに生成AIによって、
    著者本人そっくりの声で本を朗読する。
    人気声優の声を再現して小説を読む。
    亡くなった作家の声で作品を再生する。
    といったことも技術的には可能になります。

    そこで問題になるのが、
    「本を出版する権利」と
    「声をAIで利用する権利」は同じなのか。
    ということです。

    これからの出版契約では、文章だけではなく、
    音声。顔。AI学習。AIによる再生成。
    まで、権利を明確にする必要が出てくるかもしれません。


    2.米国は「自主規制」を選ぶ

    トランプ大統領と大手AI企業が安全合意

    9月29日、トランプ大統領はホワイトハウスに米国の主要AI・テクノロジー企業の幹部を集めました。

    参加した企業には、OpenAI、Anthropic、Meta、Google、Nvidiaなどが含まれています。

    そこで発表されたのが、AIの安全管理についての自主的な合意です。企業は、AIシステムについて社内の安全管理体制を整え、独立した外部監査を受けることなどを約束しました。

    しかし、この合意には、
    法的な強制力がありません。
    違反した場合の罰則や、明確な強制措置もありません。

    トランプ大統領自身が、この合意を
    「morally binding」
    ――道義的に拘束するもの
    と表現しています。

    つまり米国は、
    政府がAI企業を細かく規制する
    のではなく、
    企業自身に安全管理を求める
    方向を選んでいます。

    背景にあるのは、AI開発をめぐる国際競争です。厳しい法律によって
    米国企業のAI開発スピードを落とせば、中国などとの技術競争で不利になる。

    一方で、AIが社会に及ぼす危険への不安も強まっている。その間を取る形で出てきたのが、今回の「自主規制型」の安全策です。

    さらに同じ9月29日、トランプ大統領は大統領令を出し、連邦政府では原則として
    「Artificial Intelligence=AI」に代えて、
    「Super Intelligence=SI」
    という名称を使用するよう指示しました。
    AIを「危険な技術」として規制するより、
    米国の成長と競争力を生む新しい産業
    として位置づける姿勢が、
    ここにも表れています。

    出典

    Reuters
    “Trump, AI CEOs sign voluntary safety pact, back data center expansion”
    2026年9月29日。Reuters

    Reuters
    “As public fears of AI grow, Trump digs in on voluntary safeguards”
    2026年10月3日。Reuters

    The White House
    “Inaugurating The Era Of Super Intelligence”
    2026年9月29日。ホワイトハウス

    本の研究社の視点

    ここで注目したいのは、
    「誰がAIを監督するのか」
    という問題です。

    米国型では、企業がまずルールを作り、第三者がチェックする。
    政府は、技術開発そのものを止めない。

    これは出版で言えば、出版社やAI企業が自主的に
    「このデータは使わない」
    「権利者に許諾を取る」
    「AI生成物であることを表示する」
    と決める方式に近い。

    ただし、
    競争が激しくなったとき、
    企業は本当に安全や権利を優先できるのか。
    という問題は残ります。


    3.EUは著作権ルールをさらに検討。AIが作品を使う条件をどう決めるのか

    同じ9月29日。EUでは、米国とは違う方向の動きが始まりました。欧州委員会は、AIなど新しい技術が著作権制度に与える影響について正式な意見募集を開始しました。

    中心となるテーマの一つが、
    「AIによる著作権で保護されたコンテンツの利用」です。

    出版社。作家。音楽家。著作権管理団体。生成AI企業。研究機関。行政。消費者団体。
    さまざまな関係者から意見を集め、
    現在の著作権制度をさらに強化する必要があるのかを検討します。

    意見募集は、
    2026年11月3日まで行われます。

    これは出版に直接関係する問題です。

    生成AIを作るためには、大量の文章や画像などを学習データとして利用します。そこには、本。雑誌。新聞。写真。イラスト。など、
    著作権で保護された作品も含まれ得ます。

    AI企業にとっては、モデルを賢くするための学習データ。
    しかし作家や出版社から見れば、
    「自分たちの作品を、誰が、どんな条件でAIに読ませるのか」
    という権利の問題になります。

    EUはすでにAI Actによって、汎用AIモデル提供者に著作権法を順守するための方針や、学習に利用したコンテンツについての情報開示を求める仕組みを進めています。

    今回の意見募集は、そこからさらに著作権制度そのものを強化する必要があるのかを検討するものです。デジタル戦略ポータル

    出典

    European Commission
    “Commission seeks feedback on challenges and way forward in the area of effect of technology on copyright”
    2026年9月29日

    本の研究社の視点

    米国とEUを並べると、考え方の違いがよく見えます。
    米国は、
    「まず開発を進める。
    安全は企業にも担わせる」
    という方向。

    EUは、
    「AI企業が守るべき条件を
    法律や制度で明確にする」
    という方向です。

    出版にとって重要なのは、どちらの制度が正しいかということだけではありません。世界で出版された本が、世界中のAI企業に利用される時代には、
    国によって権利の扱いが違う
    こと自体が大きな問題になります。

    日本で出版した一冊の本が、米国のAI企業に利用され、EUでサービスとして提供される。
    そんなことが、すでに普通に起こり得る時代です。


    今週の「AIと本」

    3つのニュースを並べてみます。

    津田健次郎さんの裁判
    → 人の**「声」**は誰のものなのか。

    米国の自主規制
    → AI企業を**「誰が監督する」**のか。

    EUの著作権見直し
    → 本や作品をAIに**「どんな条件で使わせる」**のか。

    これまでAIをめぐる議論では、AIで何ができるのか。が注目されてきました。しかし今、問題は別の段階へ進んでいます。

    誰の声なのか。誰の文章なのか。誰が使用を許可するのか。誰がAI企業を監督するのか。

    生成AIの技術が成熟するほど、これまで曖昧だった
    「人間側の権利」が浮かび上がってきます。

    本も同じです。文章だけではない。表紙。写真。イラスト。翻訳。朗読。著者の声。そして、本そのものをAIに学習させる権利。

    AI時代の出版は、
    「本を作る仕事」から、
    「本に含まれる権利を管理する仕事」へ。
    少しずつ、その意味を変え始めているのかもしれません。


    #AIと本
    #生成AI
    #出版
    #出版業界
    #津田健次郎
    #声優
    #AI音声
    #パブリシティー権
    #TikTok
    #AI規制
    #トランプ
    #OpenAI
    #Anthropic
    #Google
    #Meta
    #EU
    #著作権
    #AI学習
    #本の研究社

     
     
    本の研究社は、紙とデジタル、研究と実践を横断し、本の可能性を探る出版研究所です。AIが執筆を支援する時代だからこそ、人が選び、構成し、責任を持って届ける編集の価値を重視しています。経験豊富な編集者の知見とPODなど最新の出版システムを使い、1冊から世界へ本を届けています。

    あなたへのおすすめ