
波紋のない場所
夜の8時、仕事を終えた私は、照明の明るいインドアコートに立っていた。
右手でラケットのグリップを掴み、左手はスロートに添える。少し前傾姿勢を保ちながら待つ。放たれたサーブに両脚でタイミングを合わせ、ステップインする。右の脇を開いてテイクバックし、左手でボールとの距離を測る。軸足で地面を蹴り、下半身を捻転させてラケットを加速する。ラケットフェイスの中心でボールをとらえる。そのまま前に押し出すように叩き、顔を打点に残したまま、しなやかに振り切る。打つ前に、次の動きはもう見えている。返球される位置に即座に向かい、相手の動きを読む。
この動きをとるとき、体はほとんど無意識に動いている。練習を重ねるうちに余分な力みは抜け、動きは静かに整っていく。筋肉や関節、体幹、重心。それらがひとつにまとまる感覚だけが残る。一方で、私の心は波紋のない水面のように静まり返っている。
練習が終わり、ロッカールームでひとり整理体操をする。シャワーで首筋を温め、最後に冷水を浴びる。火照った体が静かに引いていく。
翌朝、肉体の疲労は残っているが、仕事には向かえるほど頭は冴えている。
週末のトーナメントにエントリーしている。台風が近づいているらしい。おそらく中止になる。それでも、準備は進めている。それがいつものやり方だ。