
生まれたままの娘の顔を、私は愛していた
生まれたばかりの娘を見た時、私は驚いた。
娘は、私と同じ顔で生まれてきた。
部屋の空気が少し重くなった。
「生まれましたよ」
そう言われて見せられた娘は、口唇裂だった。
私は本当に驚いた。
でも同時に、娘が生まれてきてくれたことが
とってもうれしかった。
母には「ごめん」と泣いた。
夫にも、
「私のせいでごめんなさい」
と言った。
夫は不思議そうな顔をした。
「何を謝っているの?」
そんな顔だった。
その顔に、私は救われた。
実は、私も口唇口蓋裂で生まれた。
生まれた時の写真は一枚もない。
未熟児で、鼻の下から口にかけて裂けていた私は、生まれてすぐ別室に連れて行かれた。
両親も祖父母も、大きなショックを受けたと後から聞いた。
八か月で最初の手術を受け、その後も何度も手術を繰り返した。
小学生の頃、プールで知らない子が口だけを動かして私にそう言った。
「くちまがり」
私は逃げ出したくなった。
その日の帰り道、泣きながら家に帰った。
「毎日マスクをしていたい」
そう母に言ったこともある。
そんな私に、父はある日、紙に書いて説明してくれた。
「おまえは、生まれる時に完全にくっつかないで生まれてきたんだ。でも手術で治したんだよ。
何か意味があってそう生まれてきたんだと思う。だから強く生きてほしい」
私は全部を理解したわけではない。
でも、父の言葉は不思議と心に残った。
その後、父の転勤で宮崎に引っ越した。
新しい学校に行くのが怖かった。
また何か言われるかもしれない。
そう思っていた。
けれど、宮崎での二年間、私は誰にも顔のことを言われなかった。
友達がたくさんできた。
誕生日会には男の子も女の子も何人も遊びに来てくれた。
「私でも大丈夫なんだ」
初めてそう思えた。
大人になり、私は結婚した。
そして娘を授かった。
切迫早産で入院し、出産直前には大きな病院へ転院した。
心臓に異常があるかもしれない。
生まれてすぐ大きな手術かもしれない。
いろいろな説明を受けた。
そして娘は生まれた。
娘はNICUに入り、小さな体で頑張っていた。
二週間後、ようやく一緒に家に帰ることができた。
それから八か月。
私は生まれたままの娘を抱いて歩いた。
驚いた顔をする人もいた。
どう声をかけていいかわからない顔をする人もいた。
それでも私は平気だった。
私は、その顔の娘を愛していた。
だから手術の日、たくさん泣いた。
痛い思いをさせることがつらしかった。
そして、生まれたままの娘の顔とお別れすることも、少し悲しかった。
娘が小さい頃、こんなことを言った。
「私はかわいくない」
私は驚いて聞いた。
「じゃあ、お母さんはかわいくない?」
娘は言った。
「お母さんはかわいい」
「じゃあ、あなたもかわいいよ」
娘は少し困った顔で言った。
「お母さんはかわいいけど、私はかわいくない」
私は笑った。
「そんなのおかしいよ。
お母さんがかわいいなら、あなたもかわいいに決まってる」
娘はそれ以上何も言わなかった。
今、娘は中学生になった。
もちろん、本人にしかわからない気持ちもあると思う。
それでも私は願っている。
自分を嫌いにならないでほしい。
自分を否定しないでほしい。
どんな顔で生まれても、
どんな姿で生まれても、
幸せになっていい。
それは、口唇口蓋裂で生まれた私が、
長い時間をかけて、自分の人生から教えてもらったことだ。
そして私は知っている。
あの八か月間の娘の顔を、
私は誰よりも愛していたことを。