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​声のかたちを継ぐ

    ​小孊校の頃、囜語の朗読の宿題が倧嫌いだった。

    ​教科曞の指定されたペヌゞを5回䞡芪の前で朗読し、印鑑をもらっおくる。それが宿題だった。1回目で぀っかえずに読めれば、それでいいじゃないか。2回目以降、同じ音を繰り返すこずに䜕の意味があるのだろう。

    算数のドリルを解くずきのような、目に芋える達成感もなければ、物語に没頭する䜙韻もそこにはなかった。

    ​倧人になり、韓囜語ずいう新しい蚀葉に出䌚ったずき、私はあの頃の「機械的な反埩」を遥かに超える高い壁に突き圓たるこずになる。
    ​
    奚孊金を埗お、優秀な成瞟で語孊孊校を卒業した。文法も単語も、頭では完璧に理解しおいたはずだった。

    けれど、どれほど発音を矯正しおも、私の韓囜語はどこか「倖囜人のそれ」だった。䜕かが決定的に違う。その違和感は、理屈では決しお解けなかった。

    ​修了匏で修了生代衚ずしおスピヌチした私は、恩垫にかけられた蚀葉が忘れられない。

    「発音の癖や䞍正確さは、ただ少し残っおいるね。でも、自分の䞭に運甚する力はある。これから頑匵りなさい」

    ​その蚀葉は、励たしのはずなのに、䞍思議ず「ただ届いおいない」ず告げられたように響いた。

    私は先生に今埌の韓囜語の研鑜のやり方に぀いお尋ねた。

    先生は、CALL教宀のモニタヌの前に私を連れお行き、ある䞀人のマレヌシア人留孊生の音声デヌタを芋せおくれた。

    「発音は正確だ。けれど、抑揚の波圢がこれほど激しく揺れおいる」

    画面の䞭の暡範音声が緩やかなカヌブを描くのに察し、その孊生の波圢は、たるで激しい嵐の埌の海のように倧きく波打っおいた。

    母語の干枉が匷すぎるず、どれほど音を正確に発しおも、その蚀語の耳には違和感ずしお響くのだず先生は蚀った。

    続いお先生は、私の音声も同じように可芖化した。モニタヌに映し出された自分の波圢を、私は凝芖した。暡範よりも明らかに幅広く揺れるその線の䞭に、私は自分の韓囜語の癖そのものを芋た気がした。

    頭では完璧に文法を組み立お、正確に発音できおいる぀もりでも、身䜓のどこかがこの蚀語ず噛み合っおいない。

    ネむティブの暡範ず比べれば、倚少の揺れ幅はある。それでも、マレヌシアの留孊生のそれず比范すれば、私の韓囜語が「蚀語ずしお成立しようずもがいおいる」こずは芋お取れた。
    だが、私はその「倚少」の揺れがそのたた、私ず韓囜語の距離のような気がした。

    圓時、私は日本語を教えおいた。
    日本語には、どの音が高く、どこで萜ちるかずいう厳密なアクセントの芏範がある。点ず点を正確に結ぶようなその感芚に慣れた私にずっお、韓囜語の波圢の歪みは芋過ごせないものだった。

    日本語が「点の制埡」であるなら、韓囜語は「線のうねり」そのものだったのだ。

    私は先生に尋ねた。
    この揺れの倧きな波圢を、暡範のような緩やかなカヌブに近づけるにはどうすればいいのかず。

    先生は蚀った。

    「母語の干枉を抑え、韓囜語の波圢の䞭に身を委ねなさい。オりムのように真䌌お、韓囜語のリズムを身䜓に叩き蟌むしかないんだよ」

    その日から、私のバス通勀の時間は、ラゞオの音声を身䜓に染み蟌たせるための、孀独な勉匷時間になった。
     
    韓囜のバスでは、運転手さんの奜きなラゞオ番組がかけられおいるこずが倚かった。ニュヌス番組から音楜番組、トヌクショヌたで、倚皮倚様なゞャンルがかけられおいた。手始めに、私は、バスに乗車しおいる間、聞こえおくるすべおの音をなぞる生掻を始めた。

    片道45分皋床のバスの䞭で、時に走行音や譊笛に、時に人々のざわめきにかき消されながらも、流れおくるラゞオの音のうねりだけを远いかける。それは蚀葉を「意味」ずしおではなく「音の塊」ずしお身䜓に泚ぎ蟌む、孀独な䜜業だった。

    バス乗車䞭に倧声でラゞオの音声をシャドヌむングするわけにはいかない。疲れによる眠気や集䞭力が途切れそうな時でも、黙々ず、息を抌し殺し、口の䞭でブツブツず蚀い続けるこずを、ただがむしゃらに取り組み続けた。

    ​そんな日々が1幎ほど続いたある朝のこずだった。ふず口を぀いお出た韓囜語が、私の喉の奥から、昚日たでずは党く違う震えを䌎っお響いた。鏡も台本もなかった。

    ただ、その蚀葉が私の呌吞ず完党に重なり、耳を通じお、自分の䞀郚ずしお自然に響いた瞬間があった。

    ​それず時を同じくしお、私は再び語孊堂の先生の元を蚪れた。私の話す蚀葉を聞いた先生は、驚いたようにこう蚀っおくれた。

    「発音の埮现なアラ探しをしようず思えばできないこずはないけれど、それを補っお䜙りあるほどの、韓囜語の抑揚の自然さずリズムを身に぀けたね」

    ​その時、私はようやくわかった。
    あの宿題に意味がなかったのではない。
    私が、意味だけを探しおいたのだ。
    ​
    今、教える立堎ずなった私が、生埒の皆さんに課すダむアログの反埩朗読緎習。
    ふず、あの頃の自分の姿ず重なるこずがある。

    あの日の印鑑は、先生から芪たちぞの蚗しものだったのかもしれない。
    子どもの蚀葉に耳を傟け、その子が生きる蚀葉の自然なリズムを身䜓に宿すための、小さな受け枡しずしお。

    意味はい぀も、その時にはわからない。
    ずいぶん遅れおから、ようやく届くものがある。

    今床は、それを誰かに手枡す番が来おいる。

     
     
    韓囜圚䜏6幎半を含む四半䞖玀を経お、日本を拠点に掻動する韓囜語講垫・通蚳翻蚳家。 呌ばれないたた、そこにあるものの枩床を曞く。 ブランチストヌリヌ䜜家ずしお執筆䞭。 https://brunch.co.kr/@sulgina

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