コロポックル 蕗の葉の下の小さな客人[前編]
祖父が亡くなってから、実家の山には誰も近づかなくなった。
昔、祖父はよく言っていた。
「蕗の葉の下には、小さな人たちが住んでるんだ」
俺は子供だったから、笑って聞いていた。
「じゃあ、お菓子置いたら喜ぶ?」
「きっと喜ぶぞ」
祖父はそう言って、いつも縁側に小さな饅頭を一つ置いた。
翌朝になると、饅頭はなくなっていた。
祖父は、
「ほらな」
と嬉しそうに笑った。
⸻
祖父が亡くなって三年後。
実家を片付けるため、久しぶりに山へ行った。
夕方。
縁側に座っていると、
コトン。
何かが床に落ちた。
見ると、古い饅頭が一つ。
祖父が好きだったものだ。
懐かしくなって、俺は笑った。
「……そういえば、昔こんなの置いてたな」
なんとなく、饅頭を半分に割った。
一つを自分で食べる。
もう一つを、
昔と同じように縁側に置いた。
その夜。
誰もいないはずの庭から、
トコ……トコ……
と小さな足音が聞こえた。
怖くなってカーテンを閉めようとした。
その瞬間。
庭の蕗の葉が、一枚だけ揺れた。
風は吹いていない。
俺は少し迷ったあと、
「……食べていいよ」
と呟いた。
すると、
トコトコトコ……
足音が近づいてきた。
縁側の下で止まる。
しばらくして、
カリ……
小さな何かが饅頭を食べる音がした。
俺はなぜか怖くなかった。
むしろ、
少しだけ笑ってしまった。
「爺ちゃん、まだ来てるのかな」
⸻
翌朝。
縁側に置いた饅頭はなくなっていた。
代わりに、
小さな葉っぱが一枚置かれていた。
その葉っぱには、
泥で小さな文字が書かれていた。
「ありがとう」
俺はしばらく動けなかった。
そして気づいた。
祖父が亡くなる直前、
俺が病院へ行けなかった日のことを。
仕事が忙しくて、
「また今度行くよ」
そう言ったまま、
結局、会えなかった。
ずっと後悔していた。
俺は庭を見ながら呟いた。
「……爺ちゃんに、謝っといて」
すると、
蕗の葉が一枚だけ揺れた。
そして、
その下から小さな声が聞こえた。
「だいじょうぶ」
涙が出た。
「……本当に?」
「うん」
小さな声は続けた。
「おじいさんも、そう言ってた」
⸻
それから俺は、
毎年夏になると実家へ帰るようになった。
縁側に饅頭を一つ置く。
すると翌朝には必ずなくなっている。
代わりに、
小さな葉っぱが一枚。
そこには毎年、
違う言葉が残されていた。
「おかえり」
「げんき?」
「またきてね」
そして祖父の七回忌。
いつものように饅頭を置いた。
翌朝。
饅頭の隣に、
二枚の葉っぱが並んでいた。
一枚には、
「ありがとう」
もう一枚には、
少し震えた文字で、
「じいじも、ありがとう」
と書かれていた。
俺はその場で泣いた。
庭の奥。
蕗の葉の下から、
小さな笑い声が聞こえた。
その中に、
聞き覚えのある声が一つだけ混じっていた。
「また来年な」
俺は笑いながら答えた。
「うん。また来年」
その日から、
夏の山が少しだけ好きになった。
