
真ん中っ子の私は、今でも平等を求めてしまう
こんにちは、旅の途中です。
私は3人きょうだいの真ん中で育った。
だからなのか、昔から平等にこだわる。
ケーキを切る時もそう。
お菓子を分ける時もそう。
「こっちの方が少し大きいかも」
そんなことが気になってしまう。
夫との関係も同じだ。
家事もなるべく半分。
食べ物も半分。
どちらかが我慢するより、どちらも納得している方が気持ちいい。
昔は、自分は優しいから平等を求めているのだと思っていた。
もちろんそれも少しはある。
でも正直に言うと、損したくない気持ちもある。
自分だけが我慢するのは嫌だし、自分だけが負担を背負うのも嫌だ。
だから自然と平等を求める。
でも、それだけではない。
私は真ん中っ子だからか、両方の気持ちが分かってしまう。
上の立場も分かる。
下の立場も分かる。
だから子育て中も、
「上だから我慢して」
「下だから仕方ないね」
そんな言い方をしたくなかった。
子どもたちには、なるべく平等に接してきたつもりだ。
ケンカをした時も、どちらかの味方になるのが苦手だった。
私は裁判官にはなりたくなかった。
どちらが正しいか決めるより、二人で話して解決してほしかった。
なぜなら、私にはいつも両方の言い分が分かってしまうから。
だから今でも平等が好きなんだと思う。
誰かが得をして、誰かが損をする。
誰かだけが我慢する。
そんな関係が苦手だ。
夫婦でも、親子でも、友人でも。
できることなら、お互いが納得して笑える関係がいい。
50代になった今も、その考えは変わらない。
もしかしたら私はこれからもずっと、平等を求め続けるのかもしれない。
3人きょうだいの真ん中として育った、私らしく。
今日も、私は旅の途中。
良かったらこちらもぜひ↓