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なぜ「ゼロ文字押し」をしたのか? 「父殺し」から読む『君のクイズ』


    「ゼロ文字押し」する必要あった?


    『君のクイズ』を読んでから、それが引っかかっています。

    もちろん「ゼロ文字押し」の理由は、本庄が次のように語っています。

    もちろん、ああいう早押しをして正解すれば、ヤラセを疑う人が出てくることも考慮していました。でも、私はそれでも構わなかったのです。私は『Q-1グランプリ』を最後に、活動の場の中心をYouTubeとメンバーシップに移そうと決めていました。その際に必要なのは、誰にでも伝わる『魔法』です。もうテレビには未練はありませんし、賞金も必要ありません。
    次のビジネスのため、多少物議を醸してでもインパクトのある場面を演出したいと考えていたんです。

    『君のクイズ』

    しかし筆者は、どうしても違和感を覚えます。YouTubeで注目されるなら、番組で優勝するだけで十分なはずだからです。

    実際、現実では、テレビとYouTubeの両方で活躍するクイズプレイヤーがいます。

    そのため、番組が打ち切りになるような「ゼロ文字押し」が必要だったとは、筆者にはどうしても思えないのです。


    さらに言うと、「本庄の語り自体を信じてよいのか」という疑念があります。なぜなら彼は一度、嘘をついているからです。

    本庄は「クイズが自分の人生を肯定してくれた」というエピソードを三島に語ります。しかしその直後、それが事実をもとにした作り話であることを明かします。

    以上を踏まえると、「ゼロ文字押しの理由には、本庄が語っていない別の動機が存在するのではないか」と考えられるのです。

    そこで本稿では、「なぜ本庄はゼロ文字押しをしたのか」について考えてみたいと思います。そして最終的に、「ゼロ文字押し」を「父殺し」の行為として解釈します。

    ではまず、もしゼロ文字押しが不正解だった場合について考えてみましょう。



    もし不正解だったら?


    本庄は、ゼロ文字押しが不正解だった場合について、以下のように述べています。

    もちろん、違っていた場合でもそこまで大きな問題ではないと考えていました。優勝がかかった問題で『ゼロ文字押し』をする。それ自体が、それなりに話題になると思ったんです。不正解だった場合のシナリオも入念に考えていました。

    『君のクイズ』

    彼には入念なシナリオがあったようです。しかし作中では、その内容については語られません。

    そこで、「もしゼロ文字押しが不正解だったら?」と想像してみます。

    とはいえ、シナリオは無数に考えられます。すべての可能性を想定するのは困難です。そこで、正解でも不正解でも引き起こされる結果について考えてみます。

    すると、正解でも不正解でも、必ず引き起こされる結果が、ひとつ考えられるのです。

    それは、「ゼロ文字押し」が、正解・不正解に関わらず、やらせ疑惑を生じさせることができる、ということです。

    ゼロ文字押しは、視聴者に強烈な違和感を植え付けることができます。「これは本当に正当なクイズだったのか」という疑念を、避けがたく呼び起こしてしまうのです。

    では、こうした「やらせ疑惑」が持ち上がった場合、どのような影響が生じるのでしょうか。以下では、実際の事例を見てみましょう。


    やらせ疑惑が生じると?


    やらせ疑惑が生じた番組は、多くの場合、放送終了に追い込まれることが多いようです。調べてみると、以下のような事例がありました。


    さらに、やらせ疑惑によって、プロデューサー・坂田のキャリアに傷がついたと考えられます。番組が批判を浴びた以上、彼は数年間、自分の好きな仕事をすることが難しくなったことでしょう。

    ・死人に口無し

    しかも、番組が炎上した後、坂田は作中で名前こそ言及されるものの、彼の言動が描かれる場面はほとんどありません。まるで坂田は抹消されてしまったかのようであり、「死人に口無し」といった状態です。

    では、なぜ本庄は、やらせ疑惑を生じさせ、坂田を追い詰める必要があったのでしょうか。言い換えると、なぜ本庄は坂田を「殺す」必要があったのでしょうか。



    なぜ坂田を殺したのか?


    本庄が坂田を「殺した」理由は、クイズが坂田によって支配されていたからだと筆者は考えます。

    ・父による支配

    そもそも坂田は、本庄にとって「父」のような存在です。本庄は坂田のおかげでテレビに出られるようになり、知名度を得ることができました。

    その一方で、本庄は番組に出るためには、坂田の期待に応えなければなりません。実際、本庄は番組を盛り上げるため、一晩でノーベル文学賞受賞者を暗記しました。

    さらに、本庄は番組で不機嫌になったとき、「ああいう態度を取るなら、もうお前を使わない」と坂田に言われます。

    つまり本庄は、坂田という「父」が用意した舞台に立つかぎり、その期待に応えなければクイズができない状況にあったのです。

    しかし、坂田の番組が終われば、その支配から解放されます。「父」に従う必要はなくなり、自分の好きなようにクイズができます。ノーベル文学賞受賞者を一晩で暗記する必要もなくなるのです。


    ・2人の父からの自立

    本庄が坂田の期待に応えなければならない状況は、子どもが大人に従わなければならない状況と似ています。子どもは大人の言うことを聞かないと、衣食住を満たすことができません。このことを示すかのように、本庄は坂田の期待に応え続ける「良い子」として、クイズの舞台に立ち続けてきました。

    「良い子」としての姿は、坂田との関係に限られたものではありません。本庄は、実の父に対しても「良い子」として振舞っていました。

    実際、本庄は父の提案に従って、気象予報士と行政書士の資格を取っています。つまり、「父の期待に応える」ことが、坂田という象徴的な「父」のみならず、実の父との間でも反復されているのです。

    そして、本庄による父殺しは、2人の父からの「精神的・経済的な自立」として解釈することができます。

    なぜなら本庄は、坂田が支配するクイズ番組からではなく、自分が運営するYouTubeを通じて金銭を得ようとするからです。

    さらに彼は、ユーチューバーとして成功すれば、実の父からの経済的な自立を果たすことができます。

    以上のことから、「ゼロ文字押し」とは、本庄が父の支配から逃れ、クイズを自らの手に取り戻すための「父殺し」の行為と言えるのではないでしょうか。


    おわりに

    本稿では、「ゼロ文字押し」という行為を、本庄による「父殺し」として解釈し、この「父殺し」をするため本庄は「ゼロ文字押し」をしたのではないかと考えてみました。最後に、この解釈から導ける3つのことを提示して、本稿を締めたいと思います。

    ・「父なる法」の攪乱

    第一に、「ゼロ文字押し」は「父なる法の攪乱」として捉えられるということです。というのも、本庄はクイズ番組における暗黙のルール、すなわち「父なる法」を逆手に取ってゼロ文字押しを行ったからです。

    ここでいう「父なる法」とは、社会や集団の中で共有されているルールや規範のことを指します。

    本作のクイズ番組には、回答者や視聴者の知らない「裏ルール」が存在しました。それは、「回答が途切れる放送事故を防ぐため、回答者の人生にまつわる問題を用意する」というものです。このルールは、番組の「父」である坂田が用意したものでした。

    そして本庄は、この裏ルールの存在に気づき、それを利用してゼロ文字押しをしました。つまり彼は、番組を支える不文律の穴を突いたのです。

    以上を踏まえると、「ゼロ文字押し」とは、坂田という「父」が用意した法を逆手に取り、それを攪乱する行為と言えるでしょう。

    ・「父殺し」の系譜

    第二に、『君のクイズ』が「父殺し」の系譜に連なる作品であるということです。神話や文学では、「父殺し」を重要なテーマとして扱った作品が数多く存在します。そうした作品では、実際に父を殺すにせよ、象徴的に父を殺すにせよ、父殺しを通して主人公の成長や自立、あるいは既存の秩序や権威への抵抗が描かれてきました。


    このような文学的伝統を踏まえるなら、本作もまた、父殺しという古典的なモチーフを備えた作品として理解することができるでしょう。


    ・「ムロツヨシ」という父

    第三に、原作と映画で、坂田の描かれ方が異なるということです。本稿で述べたとおり、坂田は作中でほとんど登場しません。名前こそ言及されるものの、彼自身の言動が描かれる場面は、ほとんどありません。

    その一方で、映画版では、坂田が大々的に描かれるようです。映画の予告では、ムロツヨシさん演じる坂田の言動が、はっきりと描かれていることがうかがえます。本稿を執筆している時点では、筆者はまだ映画を鑑賞できていませんが、予告を観るかぎり、坂田は狡猾で野心のある「テレビ界が生んだ怪物」として描かれているようです。

    坂田がスクリーンでどのように「殺害」されるのか――。それは映画版『君のクイズ』の大きな見どころの一つとなりそうです。


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