
地獄のホエールウォッチング
25歳の冬、私はとある人間関係で傷つき、毎日おいおい泣いていた。
親の勘というのは恐ろしい。離れて暮らしていたにもかかわらず、母が新幹線で4時間かけて私の部屋へやって来た。
合鍵で部屋を開けた母が見たのは、部屋のど真ん中に移動させたベッドの上で蓑虫のように丸まる娘だった。
「何やってんの!」
母は布団を引っぺがし、私を着替えさせると、そのまま近所の居酒屋へ連行した。
泣きはらした目をこすりながら、私は久しぶりに温かい食べ物を口にした。
数週間後、私と母は沖縄にいた。普段は旅行の計画など立てない母が、私を元気づけようと企画してくれた旅だった。
正直、まだ心の傷は残っていた。それでもGLAYが歌ったように「ここではない、どこかへ」行きたい気持ちで飛行機に乗ったのだ。
沖縄は思いのほか楽しかった。海ブドウを初めて食べ、色鮮やかな街を歩くうちに、私はこの暗黒期を乗り越えられるかもしれないと思い始めていた。
地獄が待っているとも知らずに。
翌日、母が予約してくれていたホエールウォッチングに参加するため、午前中にホテルを出た。
美味しい朝食バイキングを食べて港へ向かう道中、空はどんよりとしていて「これは船出ないかもね」なんて話もした。
港には、同じ船に乗るらしい観光客がすでに集まっていた。皆どこか天気を気にしている顔だ。
小雨ではあったが、予定通り出航することになった。
30人ほどが乗る中型クルーザーで、スタッフは3人。見たところ皆若い。
船に乗り込んですぐに、何かがまずいことを思い出しかけている自分に気づいた。
それまで私は、おいおい泣いてばかりで思考を放棄していたのだ。
あのくず男よりも、もっと重要な何かを忘れている気がする。
そしてライフジャケットと一緒にビニール袋が配られた瞬間、思い出した。
私の三半規管は激弱だった。
まずい。と思った瞬間にはもう遅く、船の揺れが存在感を増してくる。
隣の母は三半規管激強女で、クジラを収めるべくスマホのカメラ設定に余念がない。
そんな私の様子に気づいたのか、スタッフのお兄さんがすっと近づき、無言でもう一枚ビニール袋を差し出してきた。
船が出港した。
地獄のホエールウォッチングの始まりだった。
思っていたよりも速度が出るので、皆少し驚いた顔をしていたが楽しそうだ。
私は一人、何でもない顔を保ちながら、ただひたすら「気持ち悪くなりませんように」と祈っていた。
するとスタッフのお姉さんの声が響いた。
「みなさーん!クジラがいました!」
歓喜の声が湧いた。私も一瞬だけ歓喜した。
―よかった!これでクジラをちょこっとウォッチングしたら地上に戻れる!
その油断がいけなかった。
船が止まった瞬間、胃の中を誰かに掴まれたような感覚が走った。
「うっ…」
まだいけると思った。だから母に「私は大丈夫だから見てきな?」と震える声で伝えた。
母は「オッケー!」と軽やかに二階へ消えていく。
本当に血はつながっているのだろうか。
一人残された私は姿勢を変えた、その瞬間だった。
吐き気が一気に押し寄せてきた。
皆さんも一度は経験があると思うが、嘔吐というのは本当に苦しい。
今朝のバイキングが頭の中で逆再生される中、私はただビニール袋に向かっていた。
まさか自分が吐くとは思っていなかった。
「大丈夫ですか?」先刻のお兄さんがいつの間にか隣にいた。
「だいジョ」
また吐いた。お兄さんは慣れた手つきで新しいビニール袋を差し出した。そして私が今しがた吐き出した袋を回収するのだ。
初老のおじさんならまだ良かったのに。介抱してくれているのは彫りの深い爽やかなお兄さんだったから、感じたことのない恥ずかしさで頭がどうにかなりそうだった。
『お願い!放っておいて!』と言えないほど弱り切っていた私はその後も何度かビニール袋に嘔吐して、ついには床に全身を投げ出して転がりながら、泣いていた。
お兄さんが「泣かないでください」と困った顔をしながら私を介抱する。まさに地獄絵図だ。
私だってこんな迷惑をかけたくはなかったが、船酔いの最上レベルまで到達していたため人間としての尊厳を忘れかけそうだったのだ。
その内、第二の船酔い人が現れてお兄さんはてんてこ舞い状態になっていたが、もう一人のスタッフが引き受けて、再び私専任となった。
遠くのほうで歓声が聞こえた。
どうやらクジラが良い感じに海上に姿を見せたようだが、どうでもよかった。
そんなことより…
私は振り絞る声で「船はいつ出ますか?」と尋ねた。
するとお兄さんは大変困った顔でこう言った。
「あと40分後です」
この時の絶望感といったら後に超えるものがないと願いたいくらいだった。
40分という時間が途方もないものに感じられて私は卒倒しそうになった。そしてもう何枚目かわからないビニール袋を手にした。
お兄さんは目を閉じて寝たらましだとか、酔いに利くというつぼを押してくれるなど、献身的に介抱してくれた。しかしそれらは何の気休めにもならなかった。
そして、私は力尽きた。
どれくらい時間が経っただろう。やがて、母の「キャー!」という声とともに、私はうっすらと目を開けた。
やっと、やっと…二階の元気な奴らがメインデッキに降りてきた。
私の姿を見た何人かが「わあ…」とか「かわいそう」とか言葉を落として席に着いていく。
母は奥で横たわる私の状況をお兄さんから聞き、事態の深刻さをようやく理解したようだった。
―おっせえよ…
無力な私は心の中で「早く船を出してくれ」と神に願った。
しかし、船はまだ出ない。
意識は次第におかしな方向へ傾いていく。
―いっそのこと、海に飛び込んだら楽になるんじゃないか。
極限状態になると、人間の思考はこうなるのかと後から恐ろしくなる。
やっとのことで船が出た。
私は母の膝枕でそっと目を閉じた。
陸を目指す船の上で、私はおいおい泣いていたあの日々をぼんやり思い返した。
確かに、確かに苦しかった。だけど、この気持ち悪さと比べたらなんてことない。そう思う自分がおかしくて少し笑った。
地上に生還した私は少しずつ気力を取り戻した。もう大海原の上にいないことに感謝した。地上で歩けることにこんなに喜びを感じたのは初めてだった。
最後にお兄さんに頭を下げて港を後にした。
もう二度とここに来ることはないだろう。
数時間後、やっと食事ができるようになった私は、母からクジラをウォッチングした話を聞いた。
興奮気味に語る様子から、本当はもっと前から話したかったのだと伝わってくる。
「動画も撮ったのよ~」
母がスマホを差し出す。
クジラが出るまでの間に、わずかな間がある。母と私はその瞬間を待つ。画面越しでも、あの揺れが蘇る。
「うっ…」
唸り声は隣の母からだった。
「ママも酔いそう」
私は色々言いたい事を飲み込んで、母のスマホを取り上げるとそっと画面をオフにした。
もう当分吐き出すことはしたくなかった。