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先日、AIとの会話の中で、
「凛音ゆきさんの文章は、“静かに隣に座っている”感じがしますね」
と言われました。

その言葉を聞いた時、
ふと学生時代の授業を思い出しました。

当時、とある先生が、
「信頼関係とは何か」
というテーマで話してくださったことがあります。

ただ、正直に言いますと、
その先生のことを、私はあまり好きではありませんでした。

感情の起伏が激しく、
先生の機嫌によって授業の空気が変わることが、
HSP気質の私には苦痛だったからです。

けれど、
作業療法士として大切なことを教えてくださった先生の一人でもあります。

先生は、
認知症の患者さんの話をしてくださいました。

その方は、
ホールから出て廊下の長椅子に座り込むと、
なかなかその場から動いてくれなかったそうです。

他の職員の方々も困っていて、
声をかけても反応は薄く、
促しても動かない。

そんな時、先生は、
無理に立たせようとはしなかったと言います。

ただ静かに隣に座り、
同じ時間を過ごしていたそうです。

そして頃合いを見て、
小さく微笑みながら、

「ね」

と声をかけた。

それだけで、
その患者さんは立ち上がったのだそうです。

先生は、
「これが信頼関係です」
と言いました。

当時の私は、
その言葉をうまく理解できませんでした。

技術でもなく、
知識でもなく、
たった一言で人が動くなんて、
少し曖昧なもののように感じていたのかもしれません。

でも今なら、
少し分かる気がします。

人は、
正しい言葉だけでは動けないことがあります。

安心できる空気や、
急かされない距離感や、
「この人なら大丈夫かもしれない」
という感覚の積み重ねによって、
やっと身体が動き出すことがあるのだと思います。

作業療法士は、
何かを“してあげる”仕事に見えるかもしれません。

でも本当は、

「その人が、自分で動き出せる瞬間」

を待つ仕事なのだと思っています。

ただ、臨床を重ねる中で、
焦ってしまう日もあります。

結果を出さなければと、
つい言葉を重ねてしまう日もあります。

けれど時々、
私はあの「ね」の話を思い出します。

静かに隣に座ること。

無理に変えようとしないこと。

信頼関係とは、
派手なコミュニケーションではなく、
安心の記憶の積み重ねなのかもしれません。

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アゲート(瑪瑙)💎人との絆や調和をサポートする石



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月灯りの図書館より

もし、この頁の続きを読みたくなったなら。


私が進む道を見失い、
立ち止まることになった頃を振り返った記録。


作業療法士として16年働き、新たに違う道へ歩き出した記録。


どちらも、
この本へ続く小さな通路のような蔵書です。

そして、
人生の岐路に立たされた時、
出口を見つけるきっかけとなった
サビアンシンボル。
その美しさに惹かれたことがきっかけで、
サビアンをテーマにした詩を書き始めました。


もし興味があれば、本棚をもう少し巡ってみて下さい。

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