
ミドサーになる二日前にバジリスクになった話
梅雨がくるとともに歳を重ねるわたしは、ついぞ三十五になる、ようだ。
というのもなかなか歳を重ねている実感がない。何らかの節目っぽい数字に心が追いついている気もしない。
「ミドサーだね!」と通話先の妹にからかわれるここ最近。鏡を見ればそりゃあ二十代の頃から変わったような、あんまり変わってはいないような、それでもエイジングケアには気をつけはじめようとするここ最近。
心は別として、身体は数字とともに進んでいくことくらいは理解している。
そんなこんなで誕生日を迎える二日前。
いつものように、自宅でリモートワークをしていた二日前。
コーヒーにも飽きたわたしは、デスク横に積んであったハイチュウの袋を手に取った。
それはパペットスンスンが大きくプリントされたハイチュウの袋。

春からシルパトにはまっているわたしは、おまけのぷくぷくシールを目当てに何袋も買い集めていた。シルパトの話は長くなるのでまた今度。
とにかくそのハイチュウを一粒、二粒と頬張りながら、意気揚々とキーボードを叩いていた。締め切りの記事原稿を仕上げるためである。
わかりやすくソーダ味のするハイチュウが舌の上で溶けていくのを、意識半分にころがしながら楽しむ。たまに噛んで形を変えては、また舌の上でころがしていく。
溶かし、ころがし、噛んで、溶かし、噛んで……
がりっ
?
なめらかなソーダ味の中に、妙な味と食感が混ざる。
舌の先で確かめると、ハイチュウの中に何かが埋まっている。
え、何?
タイピングする両手を止め、口の中からおそるおそる塊を取り出す。
ねばつく薄水色の塊を指先で広げると、中に、歯がある。
は?
歯。
そう、歯があった。
認めるよりも先に歯だと認識したことも信じられないわたしは、もう一度舌先で上の歯、下の歯、前歯、奥歯〜♪ となぞっていく。
すると一部、すかした部分があるではないか。
ない。ここに歯がない。
犬歯の横にあったはずの歯が、なくなっている。
はあ?
歯肉の感触に思い切り顔をしかめながら、わたしは声を出す。歯を右手に、ハイチュウを左手に、パソコンの時計を見ると打ち合わせの八分前。これはまずい。
行きつけ、といってももう二年ほど行っていない歯医者に急いで電話をかけ、明日の予約を取りつける。
「歯がとれたんですけど」
と、なんだか舌触りに違和感のある口の中を動かして伝えるも、通話口の女性は何事もないように淡々と予約の手続きを進める。歯がとれるなんて、日常茶飯事なんだろうか。
そうして打ち合わせ。
Zoomに顔を出し、頭の四分の三は歯のことでいっぱいなままに案件の進捗状態を話す。いつものように余談も挟んで時折笑う。
笑ったときに、息継ぎのときに、なくなった歯の隙間から、ふしゅう〜しゅう〜、と息が漏れ出すのを感じとる。
聞いたことのある音である。ハリー・ポッターと秘密の部屋に出てくる、バジリスクである。バジリスクと会話する蛇語の音である。
意図せず蛇語を話す状況に耐えられず、わたしはついに笑いを止められなくなった。
ひいひい、と笑うわたしを、不思議そうに見つめる画面越しの三人。
置き去りにしてしまったことを詫び、わたしは話しはじめる。
「今し方、歯がとれてですね」
すると画面の向こうで、女性がくいつくように顔を近づけた。
「わたしもよくとれます!」
つづいて男性も、
「わたしもとれますね」
と身体を揺らす。
一人、新卒のメンバーだけが取り残されたように怪訝な顔でこちらを見ている。
「ちょうど先月、ぷっちょを食べてたら歯がとれて……」と女性。
「わたしはカップラーメンを食べていたらとれました」と男性。
「ああ〜、それは歳ですね」と女性。
「あるあるですよ」と男性。
二人の会話を聞きながら、ふしゅう〜しゅう〜と蛇語を話すわたし。
「でもほなみさんはまだそんな歳じゃ……?」と女性。
「や、三十五になるんです、明後日」とわたし。
「ええ、おめでとうございます。まだ若い若い」と男性。
「歯って、そんなにぬけるようになるんですか」
やっと新卒メンバーが口を開いた。
「なるなる」と、声をそろえる女性と男性。
なるのか。そうなのか。
蛇語を止めて、わたしは黙考する。
なんとか無事?に打ち合わせを終えたあとも、ティッシュの上に置いたままの歯を見つめてしばらく放心する。
白髪とか皺とかシミとか、少しずつ片鱗を見せはじめてきた身体のほうだけど、歯がとれるのも歳をとる一環なのか、そうなのか。
あと二日で、わたしは三十五になる。
年齢なんてただの数字だし、ゼッケン番号だし、アラフォーでもミドサーでも、別に何だっていいはずなのに、思っている以上に衝撃を受けているわたしがいる。
わたしは、確実に、歳を重ねている。
十年前は、五年前は、一年前は、こんなことを考えてすらいなかったことに衝撃を受けている。これからもっと、こんなことを考えるようになるのだろうか。
暗くなったデスクトップの画面にぼんやりと映る、自分の顔。
何も変わっていないようで、変わっているんだろうか。
服とか、持ち物とか、所作とか、思考とか、それこそエイジングケアとか、歯のケアだって、もっともっと、年齢にそぐうようなことをしていかないといけないんだろうか。
やっぱりわたしの心は数字に追いついていないし、三十五歳がどんなものなのかも正直わかっていない。何らかのリスクが高まったり、健康診断の項目が増えたりするってことくらいしかわかっていない。
友人たちは当たり前のように子育て中で、出産祝いの選び方にもようやく慣れてきた。夜に飲み歩ける友人はとんでもなく減って、夜中に泣きついて電話できるような友人もとんでもなく減って、というかそもそも夜中に泣きつくことだって随分と減った気がする。
それでも。
それでもわたしは。
「ミドサー!」とからかってくる妹に、いいもんだよ、とドヤれるくらいには、自分にとっていい感じの自分でいたい。
打ち合わせ中だって、漏れ出る蛇語に笑ってしまうくらいには無邪気でいたい。(あかんか)
と思い直して、また光らせたパソコンの画面に向かいながら、時折ふしゅう〜ふしゅう〜と息を漏らしながら、今これを打ち込んでいる、三十五歳二日前のバジリスク。
三十五年間、一緒に生きてきた歯を横目に見る。
明日は歯医者に行って、しっかりと歯を入れてもらうことにする。