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[ 連茉 ] 屑森貎文の屈蚗 第10話 【創䜜倧賞2026ミステリヌ小説郚門】

    ◆前話


    「初版はずいぶん昔になっちたっおるが、初期の十䜜品だな。あの人の叀い䜜品には根匷いファンがいる。爺さんも奜きだったんだろう」

     俺の身䜓の぀くりだず、床䞊に座らないず、䞋段の曞棚にあるタむトルは確認できない。だが小柄な栞里塚ならば目に぀きやすい䜍眮だ。
     だから、気づいおしたったのだろう。
     自分の芖野に入らないよう、最䞋段にそれを隠したのは、過去の俺だ。
     そしおいた、栞里塚の手には、俺が぀ずめお芖界から消そうずしたそれがある。

     圌女は目を癜黒しながら、こちらを芋䞊げおくる。

    「あの。お尋ねしおもいいですか。こちらの曞棚には、赀原琢人先生の著䜜ばかり揃っおおりたすね。デビュヌ䜜から近䜜たでも。わたくしにはそれが  䞍思議でなりたせん」

     青髭男爵の通で死䜓を芋぀けた新劻でも、これほどたでに恐ろしげに事の真莋を疑ったろうか。
     本棚から珟れたのは蚌拠品。蚀葉ず矛盟した蔵曞量。
     ――あなたのこずを、信じおもいいのか。
     そう、栞里塚が蚎えかけおくる。

    「お嫌いなのでしょう どうしお、どうしおこんなにも、倧切そうに仕舞われおいたのですか」

     たぶん、圌女の目には、苊虫を噛み朰した顔をした痩せぎすの男が映っおいる。
     屑森貎文ずいう、䜜家もどきの生き物から、少女は䞀床だっお目をそらさなかった。

    「    俺が赀原先生の䜜品が奜きで、読者だったから」
    「それなら   嫌いになれるはずありたせん」

     なれるのだ。ひずは簡単に、奜きだったものを嫌いになれるんだよ、栞里塚。
     そう蚀っおやれたら楜だった。
     煙に巻いお誀魔化しお、少女からのどんな远及も退けおしたえたらよかった。

     あの日、旬國屋曞店の地䞋で出䌚った日。この家の敷居を跚がせおしたったずきには、既に結末を予感しおいたように錯芚する。

     人を遠ざけ、忌み嫌いながら、い぀も誰かを埅っおいた。そういう愚物で匱腰な自分を䟮蔑しながら、きっず腹の底から救いを求めおいお、誰にも蚀えない真実を話しおしたいたかった。

     この少女が、他でもない赀原琢人の読者だったから。

    「    いたは俺が、赀原琢人だから。『明日ぞの垃石』も『皐月雚のパレヌド』も、先生に雇われたゎヌストラむタヌずしお俺が曞いた」

     栞里塚の衚情が曇る。
     い぀も無邪気な笑顔が添えられおいた顔面に、倱望の色が浮かぶ。

    「どういう、こずですか   赀原先生はこの数幎も新䜜を発衚しおいお  え  」
    「蚀ったずおりだ。五幎前から、匕退した赀原先生の代わりに新䜜を曞いおる」

     職業䜜家で通しおはいるが、真実、俺は自分に䜜家を名乗る資栌はないず思っおいる。そもそも、俺がこうしおゎヌストラむタヌずしお、小説を䞖に送り出しおいるのも、偶然が重なった結果だ。

     文壇で正圓な評䟡を埗たわけではない。ありえない幞運に救われお、文豪の怅子をかすめずっただけだ。

     はじたりは五幎前――。病床に䌏せった母の介護を理由に職を蟞した頃のこずだ。二十代半ばの青幎の前に、あしなが爺さんが珟れた。
     高霢者斜蚭の事務職員だった青幎にずっお、爺さんは䜕人もいる顧客のひずりだったが、爺さんにずっおは皀有な話し盞手だったらしい。どこから聞き぀けたのか、自宅にたで蚪れお、ずんでもない仕事を玹介しおくれた。

     医療費負担で銖がたわらなくなっおいた青幎は、喜んで仕事を受けた。
     あしなが爺さんの提案は、垞軌を逞しおいたにも関わらず。

     ――赀原琢人のゎヌストラむタヌずしお、䞖間を欺いおみないか。

     圓時、赀原琢人はノヌブル文孊賞を射止めたこずもあり、文壇で最も圱響力のある䜜家のひずりになっおいた。だが、䜜家本人はご老䜓だったのだ。緑内障の悪化で目が䞍自由になっおいた。目を酷䜿する䜜家業から、足を掗おうずしおいた時期だった。

     ――老いには勝おんよ。足腰はぎんぎんしおおっおも、目はなあ。
     ――儂はもう充分に䜜家ずしお倧成した。匕退も芖野に入れおおる。だがな、線集郚がそれを蚱さん。
     ――屑森君。君のこずは垞々勿䜓無い男だず思っおおった。それだけ才芚がありながら、自分の䟡倀をわかっずらん。

     老人が芋蟌んだのは、青幎の唯䞀の特技だ。
     小説を曞く際に、他の䜜家の文䜓を暡倣し、玙の䞊に再珟する。蚀葉のリズムを同䞀にし、語圙を揃えるこずで文䜓の特城を掎み、読者を欺き成り代わる。それだけは自信があった。

     青幎は、莋䜜づくりに長けおいたのだ。

     ――題材はこちらで提䟛するから、君は逃げずに尜くしなさい。儂を唞らせる䜜品になっおいたなら、赀原琢人の名を冠しお出版しおもらおう。
     ――なあに舞台を敎えおやるだけだよ。そうしおやったら、匷情で、偏屈で、人間嫌いで  それ以䞊に自分が嫌いな君でも、腹を据えおやらねばならんず思うじゃろ どうかね、赀原ブランドの新䜜を、君が曞いおみるのは。

     そうしお青幎は、読者を隙しお赀原琢人に成り代わった。

     だが、それが間違いだったのだ。
     所詮、俺が䜜るものはどれも小説もどきのなり損ないだ。粗補濫造のク゜文ばかりだ。無䟡倀な䞉文芝居が出来䞊がっお、シュレッダヌにかけおは残骞を燃やした。そんな状態がもう䞀幎は続いおいた。

     俺にはほかに䜕もない。
     唯䞀、䟡倀があるずするならば、赀原琢人のゎヌストラむタヌである過去だけだ。

     だが、それももう、限界が来おしたったのだ。
     代筆を続ければ続けるほど、䞖間に倱望しおいた。

     誰も欺瞞には気づかぬたた、曞店では嬉しそうに新刊曞を手にずる。テレビを぀ければ、昌のバラ゚ティ番組で赀原ファンが嬉々ずしおのたたう。ネットに溢れる絶賛評もうすら寒くお仕方がない。

     なぜかっお 読者は皆――俺が屑森貎文だったら、芋向きもしなかったはずだ。

     本が売れたのは圓たり前だ。赀原琢人のネヌムバリュヌがあれば、どんな駄䜜でも名䜜になる。俺は、皀代の文豪が座る怅子をかすめずっただけの、簒奪者だ。それに気づいた時には、赀原琢人ずいう虚構は手に負えないほど肥倧化しおいた。圌は――皆に愛され、枇望され、必芁ずされる䜜家だった。

     事実が疎たしくお目を逞らしおも、どうしたっお心は折れた。

     畢竟、我慢がならなくなり心身を壊し、幎端もいかぬ逓鬌のように恩垫に圓たり散らかした。最埌に赀原先生は、フィンランド行きの航空刞を手に消えた。

    「  赀原先生は、腐っおた俺に䜕でも䞎えおくれた恩人だよ。この家だっお  もずは先生の自宅だ。芪元で燻っおないで仕事堎を持お、ずか蚀っおさ。家ごず、本棚ごず、蔵曞ごず  眮いおいきやがったんだ」

     そういう自分が、恩を仇で返した過去が、ひどく憎い。
     しかし最も忌むべきは、䞖間を欺き、恩垫を傷぀け、それでもなお生きおいる俺自身だ。おたけに今床は子䟛をカりンセラヌ代わりに懺悔しお、自分の行いを蚱しおくれやしないかず期埅しおいるのだ。
     もはや、語るに萜ちた。これ以䞊の醜態はない。

    「  悪い。子䟛にする話じゃなかった。たあ、そういうわけだ。最初に蚀った通り、あんたが尊敬するような䜜家じゃない」

     謝眪をし぀぀、冷たく蚀い攟぀。
     感傷にひたる䞀方で、ここで倱望されおおくべきだろうずも蚈算しおいた。

     䌊奈矜での遺品探しは終わった。本来、栞里塚の居堎所は、瑞凪町ずいう圌女が生たれた小さな町だ。急ぎ足で倧人になろうずするのが子䟛だが、その過皋で出䌚うべき盞手は、少なくずも人生に倊んだ莋䜜家(にせさっか)じゃない。このあたりが朮時だろう。

     少女はそっず目を䌏せる。

    「  ようやく腑に萜ちたした。ずっず、ずっず、䞍思議でした。屑森先生の蚀葉はどうしおか、聞き芚えのあるような感じがしおいお。その理由がどうしおもわからず  ああ、そう、そうだったのですね。  赀原先生はもう、どこにもいなかった」

     そしお、少女がふたたびたぶたを開けたずき、信じられない蚀葉が聞こえおきた。

    「屑森先生。『皐月雚のパレヌド』ほんずうに玠敵な䜜品でした」

     それを告げた、栞里塚の顔さえ、たずもに芋られそうになかった。
     咄嗟に口を぀いた「やめおくれ」の䞀蚀は、耳には届かなかったらしい。こちらが項垂れたたたでいおも意には介さず、少女は切々ず語らい始める。

    「わたくしが特に奜きなのは、䞻人公の少女ず顧問の先生のやりずりです。䜜䞭では『奇劙な瞁』だず衚珟されおいたしたね。くすっずわらっおしたうほど軜劙な䌚話劇。枩かなやりずりの先の、ほのかに切なくも、途方もなく優しい結末」
    「  あんなのは  ありきたりな凡䜜だ。誰でも曞けるさ」
    「でも、幌銎染の男の子にも印象深いセリフが倚くお忘れられたせんね。圌が䞻人公ず梅雚空のもずでふたり語り合うシヌンなんお  。これたで重なっおいた誀解が氷解しおいき、最埌に晎れた青空にかかった虹を芋䞊げる䞀幕の、みごずな情景描写  感動的で、すばらしかったです」
    「あれは赀原先生の䜜品だ。だから、あんたも読んだ」
    「わたくしはそうは思いたせん」

     毅然ずした声がぎしゃりず錓膜を打った。

     次の瞬間には、芖界が明るく開けおいた。
     俯いお居たはずが、昌䞭に぀けた電灯の淡い光が、網膜に飛び蟌んでくる。たぶしいほどに光が近い。い぀もカヌテンのように前髪を䞋ろしおいたから、これほど眩(たばゆ)い䞖界には銎染みがない。

     栞里塚の指先がそっず額に觊れお、顔にかかる髪をすくっおいた。

    「『皐月雚のパレヌド』だけではありたせん。『明日ぞの垃石』も面癜かったです。  よかった。い぀か䜜者のかたにはお䌝えしたかったのです」

     想像だにしなかった読者の顔が、そこにはあった。
     目線を䞊げお少女を芋る。
     気づけば、目を逞らすのを忘れおいた。

    「いきさ぀はどうあれ、どのお話も、あなたが筆を折っおいたら、この䞖に生たれ萜ちるこずはありたせんでした。教えおください、あなたが曞き続けたのはなぜですか」

     理由なんお問われるたでもない。
     赀原先生に匕退しお欲しくなかった。
     そしお、屑森貎文が䜜家でありたかったからだ。

     昌も倜もなく暗い郚屋でキヌボヌドを叩きながら、ひずえに願っおいたのは、他の䜕者でもない俺だ。この指先の向こうで、ペヌゞをめくっお物語の幕を開く、その誰かぞ。

     ――この物語を読むあいだ、どうかあなたが幞犏であれ。

    「屑森先生、あたり読者を困らせないでくださいたせ。  わたくしはあなたのファンなのですから」

     栞里塚が花咲く笑みをたずさえお、答えを埅っおいる。
     それを盎芖するのが、どれほど芚悟がいるこずか。
     すこしも理解が及んでいなかった。

     それでも赀原先生は俺を信じおくれおいた。ずっくに䞊がりを決め蟌んで小説なんお曞かなくおもいいあのひずが、文壇に怅子を残し、そしお空垭に俺を座らせたのが、単なる停善で、ありふれた搟取なら良かった。読者の為で、俺の為だった。

     あのひずは決しお俺に曞くこずを棄おさせなかったのだ。

     それなのに、手前勝手に倱望しお、袋小路で困憊しお、救いも信じられないほどに臆病だ。他者吊定ばかりが達者なくせに、自尊心を守る術だけは䞀人前で、口も態床もでかいくせに床胞だけが足りおいない。

     ずうに理解(わか)っおいた。

     ――この怅子はもう降りるべきなのだ。

     憧れを守るための嘘に終止笊を打っお、為すべきこずは決たっおいた。そのためにひずえに机に向かっおきた。研鑜を積めば積むほど、駄䜜が増えお自信喪倱の䞀途を蟿るずいうのに、俺は未だに新䜜を曞こうずもがいおいる。

     俺に、できるだろうか。赀原琢人のゎヌストラむタヌではなく、屑森貎文ずしお、䜕かできるのだろうか。そんな自問自答ばかり繰り返しおいた。

    「  栞里塚」
    「はい、なんでしょう」

     名前を呌ぶず、額を撫でた可现(かがそ)い指先が流れるように泳ぐ。

     そしおほのかな䜓枩が遠ざかっおいく。
     少女はそうっず折り畳んだ五本の指を、胞の前で祈るように組んだ。

    「俺はあんたより長生きしおる。ただ、そんなのはな、生きたぶんだけ良くも悪くも物を知っおるっおだけだよ。どうっおこずない。偉くもなんずもねぇよ。だからたあ  」

     口の端から溢れるたたに語るに぀れ、思わず笑っおしたいそうになる。

     どうしおこうも冗長なのか。結論を急ぐこずができないのか。
     迂遠で長倧な長話ばかりが埗意な俺には、やはりこれが倩職なのだろう。

    「䜜家先生扱いはやめおくれ。  屑森貎文は、なにひず぀䞖に問うおない孀立無揎の無名䜜家だ。そんな奎がいっちょたえに先生なんお呌ばれおたたるか。こっちはな    これから昇るずころなんだよ」

     答えを受けお、栞里塚はころころず嬉しそうに笑った。

    「それはなんだかずっおもおかしな匁解ですね、屑森先生」

     それからふず、い぀もの癖で状況を俯瞰する。
     事実は少説より奇なり。その蚀葉は、䜜家にずっおは敗北宣蚀に等しいため、幟ら故人の残した栌蚀でも黙認はしがたい。ゆえに認めはしないが、自分に降りかかった出来事をふりかえっお思うこずは単玔だ。

     ――こういう結末は想像だにしおいなかった。
     悪い想像ばかりしおいたのだ。物事の負の面ばかりを芋぀めお、他人の顔を正面から芋぀めもせず怯えおいた。それが俺の悪癖なのだろう。もう無邪気に垌望に瞋るほど幌くはなく、しかし絶望に倊むほど聡くもない。

     足掻こう。足掻けるだけはどこたでも。

     心が決たれば、あずはたやすく行動に移せる。その日の倜には、線集者に連絡をずっおいた。出版瀟に勀める圌――黒柀垖次朗(くろさわちょうじろう)ずは、倧孊時代からの盟友だった。

    「曞けるのか」

     屑森貎文ずしお新䜜を曞きたい。
     そう告げるず、もっずもな疑問が返っおきた。

    「わからん。やっおみねぇこずには結果はわからねぇだろ」

     俺ずいうゎヌストラむタヌの存圚は、赀原先生ず芪亀が深い線集者には呚知の事実だ。果たしお、赀原先生ではなく、䜕もかも䞀新した屑森貎文に振り向いおくれる読者がいるのか。保蚌はひず぀もない。䞉文䜜家の悪あがきだず、煙たがれるだけかもしれない。

    「だがたあ、幜霊気取りの代筆業は終いだ。その䞊で、俺に尜くせる手はすべお尜くす。よっおお前ずいう䌝手も䜿い倒す。知恵を貞しおくれ、黒柀」
    「無論だ。私が䜕幎、その䞀蚀を埅っおいたず思っおいる。バックアップに総力を尜くすさ。名䜜を曞けよ、倧先生」

     情に厚い黒柀の性栌は、ずもに過ごした孊生時代から倉わっおいない。線集者志望の奜青幎に、新䜜を曞けずせっ぀かれおいた日々の蚘憶は、昚日のこずのように思い出せた。

    「  驚いたぞ。お前が突然やる気になるずはな。新䜜甚に䜕か、斬新なネタでも぀かんだか」

     尋ねられおふず、脳裏には鈎蘭のように可憐な圱がたちのがる。

     花咲くようなほほえみ。うさぎのポシェット。

     のらりくらりず蚀い募る匁解を、蚀葉遊びに興じるように䟛述するのは忍びない。ひずたずは芖界を遮るくしゃくしゃの毛先を、指の先で぀たみあげおおく。

     たあ、あれだ。誰かのためなんお、ちっずも柄じゃないけれども。そういう物語は、䞖にはありふれおいるだろう。

    「そうさなあ。読者をあっず蚀わせるネタも、空前絶埌のアむデアも、ひず぀も浮かんでないんだが。  俺の぀たらん話を面癜がっおくれたら良い盞手は、ひずりくらいは思い浮かぶさ」

    完

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    #創䜜倧賞2026 #ミステリヌ小説郚門

     
     
     
    Honami Haruno / 䜜家・シナリオラむタヌ。キャラクタヌ文芞・䞀般女性向けゲヌムシナリオを曞きたす。既刊『吉祥寺う぀わ凊 挆芞家・棗芜枅乃の事件手垖』発売䞭。

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