メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

制床は倉わる、問いは残る——挆黒、来たる

     ヌヌその倜、ムギは跳ねおいた。
     文字通りに、である。
     居宅介護支揎事業所の䞀角、積み䞊げられた曞類の山を瞫うように、小さな䞉毛猫は飛び回っおいた。キュロットの裟が翻る。䞞県鏡が揺れる。
    「デオさん、デオさん ケアマネゞャヌにも凊遇改善加算が぀くんですっお 挞く、挞くですよ」
     デオは動かなかった。
     䜜務衣の袖に前脚を収めたたた、銀の瞞暡様がわずかに揺れただけだった。现い䞞県鏡の奥で、金色の瞳が曞類の䞀点を芋぀めおいる。
    「ムギ」
     䜎い声だった。
    「はい」
    「お前は今、䜕を喜んでいる」
     ムギは動きを止めた。着地した曞類の䞊で、ぎんず耳を立おる。
    「え  凊遇改善加算が、぀いたこずを——」
    「それは事実だ」 デオは静かに続けた。「然し、それはお前が喜ぶべき理由になるか」
     沈黙が萜ちた。
     デオは立ち䞊がり、窓際ぞ歩いた。倜の街が䜎く光っおいる。
    「介護報酬ずは䜕だ、ず問われれば、倚くの者は『サヌビスぞの察䟡』ず答える。それは間違いではない。然し、それだけか」
     ムギは銖を傟けた。
    「  制床が決めた、倀段、ですか」
    「うむ。制床が決める。囜が決める。瀟䌚が、決める」
     デオは振り返った。
    「凊遇改善ずは、䜎すぎる報酬を是正する詊みだ。然し問えよ、ムギ。䜕故、䜎かったのか。䜕故、是正が必芁になったのか。その構造を問わぬたた加算を喜ぶのは——」
     そこで、デオは蚀葉を切った。
     
     ヌヌ錻が、動いた。
     
     気配があった。
     
     気配、ずいう蚀葉でさえ正確ではない。それは気配の前にある䜕かだった。空気の密床が倉わる、ずでも蚀うべきか。郚屋の隅の圱が、少し深くなった。
     ヌヌデオの毛が、逆立った。
     ムギは芋たこずがなかった。あのデオが——論理を積み䞊げ、蚀葉を遞び、決しお動じるこずのない銀の猫が——尟の先たで硬盎するのを。
    「  久しいな、デオ」
     声は圱の䞭から来た。
     姿が珟れたのは、それからしばらく経っおからだった。挆黒。墚を流したような黒。光の角床によっお藍色に滲む毛䞊みが、ゆっくりず茪郭を結ぶ。现い尟が、鋭く䞀床、動いた。
     

     八ニだった。
    「  なぜ、ここに」
     デオの声が、わずかに震えおいた。
     ムギはその声を聞いお、背䞭に冷たいものが走るのを感じた。この声を、デオから聞いたこずがない。問い詰めるでもなく、諭すでもなく——ただ玔粋に、動揺しおいる声だった。
    「通りかかった」
     八ニは蚀った。それだけだった。
    「  嘘を぀くな」
    「嘘を぀いおいない。ただ、お前が面癜いこずを蚀いかけおいたから、足が止たった」
     八ニの金——いや、琥珀か、それずも別の䜕かか——目がムギを䞀瞥した。ムギは思わず身を瞮める。
     然し八ニはすぐにデオぞ芖線を戻した。
    「続けろ」
    「  」
    「続けろ、ず蚀っおいる」
     デオは長い息を吐いた。
     それから䞉匹は、曞類の山に囲たれお座った。
     デオが先に口を開いた。声の震えは、もう消えおいた。
    「ケアマネゞャヌの報酬の根源は䜕か、ずいう問いだ」
    「うむ」ず八ニ。
     促すでもなく、ただ聞いおいる。
    「介護保険制床の䞭で、ケアマネゞャヌは『公正・䞭立』を矩務付けられおいる。特定の事業者に偏らず、利甚者の最善を远求する。この圹割は——理念的には——垂堎原理の倖に眮かれおいる」
    「眮かれおいる、が」
    「が。報酬は垂堎の䞭にある。制床改定のたびに䞊䞋し、他職皮ずの比范で語られ、人材䞍足の文脈で語られる」
     ムギが恐る恐る口を挟んだ。
    「それは  矛盟、じゃないですか」
     八ニの尟が、静かに動いた。
    「矛盟、ず呌ぶな」 八ニが初めおムギぞ盎接蚀葉を向けた。声は䜎いが、突き攟す色はなかった。「構造、ず呌べ。矛盟は解消するものだ。構造は、問い続けるものだ」
     デオが続けた。
    「ケアマネゞャヌの報酬を高めるためには、䞉぀の方向から問いを立おる必芁があるず、わしは考えおおる」
     ムギは姿勢を正した。
    「䞀぀。ケアマネゞメントの䟡倀を、可芖化する問い。わしらは䜕をしおいるのか。アセスメントずは䜕か。ケアプランが機胜したずき、䜕が倉わるのか。それを蚀語化し、瀟䌚に瀺すこずができおいるか」
     八ニは䜕も蚀わない。聞いおいる。
    「二぀。専門性の問い。ケアマネゞャヌである前に、その者は䜕者か。元看護垫か、元介護犏祉士か、元盞談員か。その背景が、ケアマネゞメントの質をいかに巊右するか。専門性の幅ず深さを、制床はどう評䟡するか」
    「䞉぀」
     ここでデオは間を眮いた。
    「ケアマネゞャヌが、自らの報酬を語れるか、ずいう問いだ」
     ムギが銖を傟けた。
    「  自らの報酬を、語る」
    「うむ。凊遇改善を喜ぶのはよい。然しお前が、自分の仕事の䟡倀を、自分の蚀葉で語れるか。瀟䌚に向かっお、これだけの報酬が必芁だず、根拠を持っお蚀えるか」
     ヌヌ沈黙。
    「蚀えない、です」 ムギは小さく蚀った。「ただ、蚀えない」

     「だから孊ぶのだろう」
     それはデオの声ではなかった。
     八ニだった。
     八ニは立ち䞊がっおいた。い぀の間にか、垰り支床をするように圱の方ぞ身を向けおいる。
    「蚀えるようになる必芁はない」
     ムギが顔を䞊げた。
    「え」
    「蚀えるようになろうずし続けるこずが、問いだ。蚀えた瞬間に、問いは死ぬ」
     八ニは振り返らなかった。
     圱が深くなった。挆黒の毛䞊みが、闇に溶けおいく。最埌に现い尟だけが、鋭く䞀床動いお——消えた。
     残された二匹は、しばらく沈黙しおいた。
     ムギが、ぜ぀りず蚀った。
    「  デオさん、あの方は」
    「わしの垫だ」
    「こわい方ですね」
    「うむ」
    「デオさん、さっき震えおたしたよね」
    「  黙れ」
     ムギは笑わなかった。笑えなかった。
     然し胞の䞭に、小さな䜕かが灯った気がした。
     問いずはこういうものか、ず思った。答えを教えおもらうのではなく、問いの圢を芋せおもらうのだず。そしお問いは、誰かから手枡されるのではなく、自分の脚で立ちに行くものなのだず。
     窓の倖で、倜が深くなっおいた。
     凊遇改善加算は、始たりだ。
     然しケアマネゞャヌが本圓に問うべきは、加算の有無ではない。
     自分たちの仕事は䜕か。その䟡倀を瀟䌚はどう量るべきか。そしおわれわれ自身は、それを語る蚀葉を持っおいるか。
     制床は倉わる。報酬は揺れる。
     然し問いだけは、自分のものだ。​​​​​​​​​​​​​​​​


    #創䜜倧賞2026

     
     
    介護支揎専門員。盞談揎助職の目線で蚘事を投皿しおいきたす。それを通じお自身の孊びも深めおいきたいです。  『䞖界䞀やさしいケアマネゞャヌの教科曞』、『猫のスヌパヌビゞョン』、『ケアマネゞャヌの仕事を解剖する』。時々随筆『閑日垖』を執筆しおおりたす。

    あなたぞのおすすめ