
“もう無理かも”と思いながら、それでも暮らしている
最近、限界だな、と思う。
ラテをひとくち飲んで、少しだけ心をほぐしながらぼんやり考える。
年齢は嘘をつかない。体力は、確実に落ちている。昔なら乗り切れていたことが、今はそのままダメージとして残る。無理をすれば、すぐに持病が顔を出す。
気づけば、口の中にはいつも口内炎が1つか2つ。
ステロイドを飲んでいるせいで、傷の治りは遅い。
何もしていなくても、じん、と痛む。でも、その痛みにも少しずつ慣れてきてしまった。慣れないようにしているのに、慣れてしまう。
それがなんだか少し怖い。
最近、「日常」が変わってきた気がする。
前は、“こなすもの”だった。
でも今は違う。“迫ってくるもの”になった。
次から次へと、やることや出来事が押し寄せてくる。まるで波みたいに。
うまく乗れる日もあるけど、飲み込まれて、揉まれて、流される日もある。ようやく足がついたと思ったら、もう次の波が来ている。
「うまくやる」とか、「乗りこなす」とか。
正直、そんな余裕はない。
子育てをしていると、自分でコントロールできないことばかりで、自分のペースなんてあってないようなもの。
じゃあ、何ができるのか。
どう解釈するか。
どう受け止めるか。
どう行動するか。
結局、選べるのはそこだけで。毎日静かに、でも確実に、自分のスタンスを問われている気がする。
「ちゃんとやる」とか、「頑張る」とかじゃなくて。
今日は、ちゃんと立っていられたか。
流されても、また戻ってこれたか。
自分が、元の場所に戻ってるかどうか、今自分がどこに立っているのか、確認するようにしている。
大きなことじゃなくていい。
むしろ、小さくて、確実にできることだけ。
毎日、少し甘めで、牛乳が多めのラテを淹れる。
牛乳多めがポイント。ちゃんと温かくて、少し甘いものが、思っている以上に、自分を現実に引き戻してくれる。
猫をもふもふする。
言葉じゃない安心感って、ちゃんとある。呼吸が、ゆっくりになる。
ちょこっと掃除機をかける。
(家のホコリは心のホコリ。)
全部やろうとしない。見えるところだけでも、整える。 それだけで、少しだけ「大丈夫」が増える。
洗顔のとき、可愛いヘアクリップを使う。
ほんの一瞬でも、「自分を雑に扱っていない」って思える時間をつくる。
小物はピンクで揃える。
理由なんてなくていい。 ただ、ちょっとだけ自分の機嫌が上がるものを選ぶ。
忘れず薬を飲む。
ちゃんと自分を生かす行動をする。それだけで、今日は十分合格にしていいと思う。
わかめと卵の入ったおそばを食べる。
疲れているときでも、身体に入っていくやさしいもの。「やさしい食べ物」が、私に優しくしてくれる。
早めに寝る。
全部を終わらせてからじゃなくていい。途中でもいいから、切り上げる。明日に持ち越すことを、自分に許す。
誰かと言葉を交わす。
ぐちゃぐちゃのままでもいいから、外に出して、少しだけ整えていく。それだけで、「ひとりで抱えてる感じ」が、少し薄れる。
こんなふうに、なんとか自分を元の場所に戻している。
完璧じゃなくていい。ちゃんとできなくてもいい。波に飲まれても、また戻ってこれたらそれでいい。
ちょっと自分に優しくして、ちょっと自分を甘やかして。
今日も限界を感じながら、ごまかしながら生きている。