
忘れるには勿体なさ過ぎるくらい、あなたとの時間は素敵な思い出だから
頭では忘れようとしている。
でも心は「忘れたくない」と言っている。
私は人生で何度かこの感覚を経験してきた。
大切な人との別れ。
もう戻れない時間。
かつて確かにそこにあったものが、少しずつ遠ざかっていく感覚。
人は不思議だ。
苦しい出来事からは早く抜け出したいと思うのに、その苦しみの原因になった人や時間のことは忘れたくないと思う。
前に進みたい。
でも置いていきたくない。
楽になりたい。
でも薄れてほしくない。
そんな矛盾を抱えながら生きている。
中学校3年の受験の2ヶ月前、父が亡くなった時もそうだった。
毎日泣いた。
何を見ても思い出した。
でも、人は生きていく。
少しずつ笑えるようになる。
少しずつ日常が戻ってくる。
そしてある日ふと気づく。
「あれ、パパの声思い出せない」
その瞬間がとても怖かった。
悲しみが消えていくことが怖かったんじゃない。
大切だった人との時間まで失っていくような気がしたからだ。
最近、私はまた同じ感覚を味わった。
大切な人との別れ。
はじめて本当に好きになった人からの突然のさよなら。
出会いは偶然だったのかもしれない。
運命だったのかもしれない。
でも、最終的にその人は「私との将来」ではなく「自分の人生」を選んだ。
そして私はまた残された側になった。
冷静に考えたら、その人は「人生に”私”という存在を含めることが難しかった」というだけの話なのに、どうしても理解できなかった。
どうして好きじゃなくなった?
なんでもっと早く気づけなかった?
私の何が彼をそうさせた?
何か違う未来はなかったんだろうか。
そんなことばっかり考えていた。
でもある本を読んで、大事なことに気づいた。
出会いは運命かもしれないけれど、誰かのそばに居続けることは選択なんだ。ということ。
人はそれぞれ、自分の人生を選び続けている。
その選択が誰かを傷つけることもある。
そして、自分もまた誰かを傷つけながら生きている。
今回傷ついたことで、私は過去に自分が傷つけてしまった人たちのことを思い出した。
あの時、こんな気持ちだったんだ。
直接伝えることはできないけれど、ごめんなさいと思った。
人生は成長と気づきの繰り返しなんだと思う。
私は社会人になって1年、がむしゃらに働いてみたけど、
自分がなぜこの仕事をしているのか、
本当は何をしたいのか分からなくなっていた。
ただ単にものづくりがしたいと思ってた。
だからエンジニアを選んだ。
でも本当に作りたかったのは、「バグのないシステム」や「あれば便利なシステム」ではなかった。
私のそもそもの目標は「誰かの心に届く何かを作りたい」だった。
そのことに、「失恋」をきっかけに読んだ本で気付かされた。
恋愛で悩んでいたはずなのに、気づいたら仕事と人生について考えていた。
人間って意外と、悩んでいたことから逸れると、ふっと人生が変わって見える瞬間に気づくこともあるのだなと思った。
「ものづくりがしたい」と「誰かの心に届く何かを作りたい」は、何が違うんだ、と思うだろう。
私は、一人で抱えきれない悲しみに明け暮れた時、
「ある歌手のライブ」に救われたことがある。
なんの目標も持てずに人生から逃げてしまいそうな時、
「親友から贈られた言葉」に救われたことがある。
人のことをもう2度と信じることができないと嘆いていた時、
「一冊の本」に救われたことがある。
だから今度は、自分が誰かの心を救う側になりたいと思った。
たった一人でいい。
自分と同じように苦しんでいる誰かに届けばいい。
そんな何かを作りたい。そう思う。
本の中でこんな言葉を読んだ。
「諦めた回数は自分を信じた回数」
「傷ついた回数は誰かを信じた回数」
その言葉を読んだ時、少しだけ救われた。
こんなに傷ついたのは、本気で信じたからだ。
人を心から信じた。
この人なら全部預けられる、
この人ならどんなことをされても許せると本気で思った。
その人といる未来を信じてた。
だから苦しい。
でもそれは、自分が誰かを心から信じられた証でもある。
今もまだ完全には前を向けていない。
忘れたい日もある。
忘れたくない日もある。
だけど最近思う。
人生は、忘れることで生きていくのに、忘れたくないものでできている。
だから私は今日も、頭では忘れようとしながら、心では忘れたくないと叫ぶ矛盾を感じながら、その矛盾を楽しみながら毎日を生きていこうと思う。