
私の好きな肉
端的に言うと胸筋である。
あなたも肉の気配を感じてこの記事を見てますね?
この記事では少しの啓蒙と肉の素晴らしさを語っていこうと思う。
そう、胸筋でね。
まず、肉のプロフを書いておこう。
私の肉の体積(ベンチプレス最大)は140キロである。
この肉はコミュニケーションで素晴らしさを発揮する。
相対して会話をする時、錬磨された肉は相手の前面のパーソナルスペースを数%奪うのだ、物理的に。
すると、相手はこちらを最初から敬って会話を始めるのだ。
無礼な態度を抑止する「圧」!
つまり水戸胸筋、肉の印籠だ。
次に肉の同志達で一緒にトレーニングをすることがある。
隆起した胸のアルプスは荘厳だ、並列に並べた肉は見る者を美しさで圧倒する。
我々はベンチプレスを囲んで交代にトレーニングをする、この独特のインターバルのやり方を肉の衛星(ミート・サテライト)と言う。
筋トレとは重さとの対話であり、すなわち重力との格闘だ。
地球という惑星と綱引きをするとき、私達のナルシズムの対話は、宇宙の静寂へと繋がっていく。
夜のジムは重い。
体が重い、精神が重い、明日が重い。
その重さが自分の脆弱さを容赦なく突き付けてくる。
だが物理的な重さなのか、精神的な重さなのか、その境界が曖昧になった瞬間、重さは急速に自分を錬磨し始める。
新しいステージへの到達はいつも突然で、昨日まで越えられなかった壁を今日なぜか越えている。
成長と成果の境界は朦朧としたグラデーションのように曖昧だ。
重く暗い苦闘も、明るい明瞭な成功も本質的にはおそらく一つの現象にすぎない。
それは1枚のコインが持つ「表裏一体の真理」だ。
渇望していた肉の極地。
その最果てのステージに立つと、達成感と同時に筋トレをやめるとそれを失うという「やるせなさ」がこみ上げてくる。
成長はさらなる成長を飢えた獣のように要求してくる。
終わることのない、肉のナルシズムゲーム。
この肉に染みる陰鬱な心地と、実力がもたらす確かな高揚。
あなた達もベンチプレスで胸筋を錬磨してみなさい、さすれば桃源郷が見えるでしょう。
書いてて思いましたが、私の人生の幸福の器って小さいですね(笑)
今日から人生についてもう少し考えます。