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Photo byburart

解像度の低い、私への愛について ③ ──ボール

    女だから、弱いから


    ドッジボールの授業だった。
    私は内野にいて、外野には男女すでに何人か居たが、ひとりの男子が反対側の内野の男子とパスし合い、
    私たち内野に残された数人は、ひたすらそれから逃げる。
    球技は得意ではないのに、かなり最後の方まで残ってしまった。

    敵の内野の、容赦なしの男子がボールを持った。
    私に向かって投げてきた。
    終わる、当てられる!
    目の前まで迫ってくるボールが、スローモーションで見える。
    その瞬間、横から、急に同じチームの男子が私とボールの隙間にスルリと現れた。
    彼はボールをキャッチし、私は当たらなかった。

    庇われた。
    あぁ、助けてくれたんだ。
    これでまた残ってしまうではないか。

    彼の手を離れたボールが、相手の内野に返り、すぐにまた外野へ回った。
    肩を限界まで引き、体を大きくねじるようなフォーム。左足を上げたその瞬間、外野の彼と目があった。飛んでくる!

    こわい!
    瞬時に目をつむり、腕で頭を隠すようにする。
    だが、私がそうするのと全く同じ瞬間、彼はくるっと向きを変えた。
    急に無理に方向を変えたからよろけている。
    それでもボールを掴み直し、別の人を当てた。

    見学していた女子が、少しざわついた。
    彼は私を認識して、投げるのをやめた。
    あぁ、当てないようにしてくれたんだ。

    ボールはこわい。どんなに柔らかくても、体格差の出てきた男子によって本気でパスされ続けるボールは、私の恐怖心をより強くする。

    2度も、露骨に守られた。
    こんなこと、昔にもあった。

    なぜ違う扱いをするんだ。
    怪我しないことなんて分かっている。
    彼らは私に好意があったのか。

    では、それを差し引いても
    違う扱いをされたくないと思うくせに、
    なぜ私はこわがる。
    なぜ受け取る姿勢を取らない。

    結局、当たりたかったか?
    それとも当たりたくなかったか?

    「守られたい」と、
    周りがそうせざるを得ない空気感を、
    私が出しているのか。
    だとしたらこの感覚は、「情けなさ」に昇華するべきなのか?

    授業が終わり、着替えながら、
    柔軟剤の香りのような優越感と、
    汗の臭いのような居心地の悪い気持ちを纏い、
    更衣室を後にした。

     
     
    揺れながら自分の価値観を守って生きる、その独白を書いています。

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