
信長は「平氏だから」将軍になれなかったのか?──「征夷大将軍」の正体③
「織田信長は、平氏だったから征夷大将軍になれなかった。」
そんな話を、
聞いたことがあるかもしれません。
源頼朝は、源氏。
足利尊氏も、源氏。
徳川家康も、源氏を称した。
一方、
織田信長は平氏を称していた。
だから信長は、
征夷大将軍にはなれなかった──。
なるほど。
いかにも、
それらしい話です。
しかし、
前回まで見てきた歴史を思い出すと、
すぐに一つの疑問が生まれます。
鎌倉幕府には、
藤原氏の将軍も、
皇族の将軍もいました。
それなのに、
なぜ信長だけが、
「源氏ではないから将軍になれない」
ことになるのでしょうか。
今回は、
その話です。
⚔️ 信長は「将軍になれない人」だったのか
時は、
天正10年(1582年)。
武田氏を滅ぼした信長の勢力は、
さらに拡大していました。
そして、
本能寺の変が起きる少し前。
朝廷では、
信長をある官職に就けることが検討されます。
候補となったのが、
「太政大臣」
「関白」
そして、
「征夷大将軍」。
いわゆる、
「三職推任問題」です。
ここで重要なのは、
信長が最終的にどの官職を望んだのか、
ということではありません。
もっと単純な話です。
候補の中に、
「征夷大将軍」が入っている。
平氏を称していた信長が、
です。
📜 「源氏限定」なら、そもそも候補にならない
もし、
「征夷大将軍は源氏しか就任できない」
という厳格なルールが当時存在していたのなら、
これは妙な話です。
朝廷が、
最初から就任資格のない人物を、
征夷大将軍の候補として検討していることになる。
しかも、
朝廷は征夷大将軍を任命する側です。
その朝廷が、
信長を候補として考えていた。
少なくとも、
「平氏を称しているから征夷大将軍にはなれない」
という単純な制度ではなかったことが、
ここからも見えてきます。
🤔 では、朝廷は信長に何を求めたのか
ただし、
ここからが歴史の難しいところです。
三職推任については、
「朝廷が信長に三つの役職を並べて、
好きなものを選ばせた」
とまで単純化してしまうと、
少し話が違ってきます。
本能寺の変直前の公家の日記などから、
信長を三職のいずれかに推任する話があったことは
確認できます。
しかし、
誰が主導したのか。
朝廷側からの提案だったのか。
信長側の意向がどこまで反映されていたのか。
そして、
信長自身が何を望んでいたのか。
細部については、
今も研究や議論があります。
歴史は、
後からきれいな物語にすると分かりやすい。
でも、
分かりやすいことと、
本当に分かっていることは、
必ずしも同じではありません。
🏯 信長は、なぜ将軍にならなかった?
ここで、
一番気になる問題が残ります。
征夷大将軍になる道があったのなら、
なぜ信長は、
将軍にならなかったのでしょう。
「信長は既存の権威など必要としなかった。」
「将軍を超える新しい権力者になろうとしていた。」
そんな説明をすると、
いかにも信長らしい。
物語としても、
格好いい。
でも、
信長本人に聞くことはできません。
最終的に、
太政大臣を選んだのか。
関白を選んだのか。
征夷大将軍を選んだのか。
あるいは、
どれも選ばなかったのか。
その答えが出る前に、
歴史が動いてしまいます。
🔥 1582年6月2日、本能寺
三職推任の話が出た、
その直後。
天正10年6月2日。
明智光秀が、
本能寺を襲撃します。
織田信長、
死去。
49歳。
そのため、
信長が最終的にどのような政治的地位を選び、
どのような政権を築こうとしていたのか。
その答えを、
私たちは知ることができません。
もし、
あと数か月。
いや、
あと数週間でも、
歴史が違っていたなら。
日本史の教科書には、
まったく違う肩書きの
「織田信長」
が載っていた可能性もあります。
💼 「なれなかった」と「ならなかった」は違う
ここまで三回、
征夷大将軍について見てきました。
もともとは、
軍事遠征を指揮するための役職だった。
源頼朝以降、
武家政権のトップを象徴する役職になっていった。
そして、
源氏だけが就任できたわけでもなかった。
そう考えると、
「信長は平氏だったから将軍になれなかった」
という説明は、
あまりにも簡単すぎます。
信長は、
「なれなかった」のではない。
少なくとも、
「平氏だから」という理由で、
その道が閉ざされていたわけではない。
では、
「ならなかった」のか。
それとも、
これから「なる」はずだったのか。
そこまでは、
分かりません。
📖 歴史には、「分からない」が残っている
歴史を調べていると、
ときどき、
答えが出ないことがあります。
でも、
それは歴史の欠点ではありません。
むしろ、
面白いところなのかもしれません。
後世の私たちは、
結果を知っています。
鎌倉幕府ができることも。
室町幕府が滅びることも。
本能寺で信長が死ぬことも。
徳川家康が江戸幕府を開くことも。
だから、
過去も最初から、
その結末に向かって進んでいたように見えてしまう。
けれど、
その時代を生きていた人たちに、
未来は見えていません。
1582年の信長にも、
その先は見えていなかった。
征夷大将軍。
関白。
太政大臣。
あるいは、
そのどれでもない何か。
信長がどこへ向かおうとしていたのか。
その答えは、
本能寺の炎の向こう側に、
永遠に残されました。
「源氏でなければ、将軍にはなれない。」
そんな、
もっともらしい一言から始めてみると、
征夷大将軍という役職そのものの歴史まで、
見えてきました。
歴史は、
知っているつもりの言葉を、
一度疑ってみると、
また違った姿を見せてくれるのかもしれません。
おふざけ歴史×経済のまとめはこちら👇
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