傘の中の、小さな空【不思議なお話#01】
三歳のころの記憶は、たいてい霧の向こうにある…
顔も、声も、何を話していたのかも、はっきりとは思い出せない。
けれど…
あの日のことだけは、切れ切れの映像になって、
今も頭の片隅に残っている。
保育園の門の前。
母が、迎えに来てくれた。
いつものように、自転車の後ろに乗せてもらった時だった。
空が、急にほどけた。
ぽつ、ぽつ、と落ちてきた雨は、あっという間に勢いを増していく。
母は、私の頭の上に傘を深くかぶせた。
自分の肩に雨が打ちつけることなど、気にする様子もなく。
傘の縁から見える母の髪が、少しずつ濡れていった。
服も、肩も、みるみる雨に染まっていく。
私は小さな傘の中から、その姿を見ていた気がする。

渡された傘の柄を、私は小さな両手で、ぎゅっと握りしめた。
離してはいけないものだと、幼いなりに思ったのかもしれない。
そのとき、風が吹いた。
すぐ脇を、トラックが走り抜けていく。
轟音と一緒に、ひときわ強い風が、私たちを叩いた。
――ビューン。

ふわり、と体が浮いた。
自転車の後ろから、私は投げ出されていた。
ところが。
握りしめていた傘が、風をはらんで、くるりとひっくり返った。
私は、その内側に、すっぽりとおさまっていた。
ゆらり、ゆらり。
雨粒が傘を叩く音を聞きながら、私は小さな舟のように、ゆっくりと降りていった。

そうして、かすり傷ひとつ負うことなく、地面に降り立った。
母が、駆け寄ってくる。
「けがない?」
その声は、雨音よりも切実だった。
無事だとわかった母の顔に、ほっとした色が広がっていくのを、私は見た。

これが、私の中に残る、かすかな記憶のすべてである。
あの一瞬を、記憶の中の私は、ただ静かで美しい景色として覚えている。
ただ、大人になった今、ふと思うのだ。
傘を握っていたのは、私だった。
けれど、雨に打たれながら、その傘を私に差し出してくれていたのは、母だった。
あの日、私を地面まで無事に運んでくれたのは、風でも、傘でもなく、
もしかしたら――母のその想いだったのではないか、と。
雨の日が来るたび、私は少しだけ、あの小さな空を思い出す。
……と、今日はちょっと物語っぽくしてみました😊
いつもの私とは、だいぶ雰囲気が違いましたよね(笑)
でも、これは私の記憶に本当に残っている、ちょっと不思議で、
あったかいお話です。
たまには、こんなふうに自分の記憶をたどりながら書いてみるのも、
いいなぁと思いました。
今日はちょうど、雨。
もしこのお話が、雨の日にふと立ち止まったとき、
皆さんの心にも小さな景色として残ってくれたら嬉しいです。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました🌱
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