メインコンテンツへスキップ
見出し画像

Alternative Story|檻が見えてしまったあと

    檻が壊れていることに、
    気づく瞬間がある。

    昔ほど強くはない。
    ところどころ歪み、
    隙間もある。
    もう絶対ではない。
    それでも動物は、
    すぐには出ていかない。

    出られないのではない。
    出る方が、不安だからだ。

    長く檻の中で生きた動物は、
    不自由に慣れている。
    苦しい。
    でも、知っている苦しさだ。

    どこで黙るか。
    どこで笑うか。
    どこで頭を下げるか。
    どこで空気を読むふりをするか。

    その作法だけは、
    やけに上手くなる。

    外は違う。
    正解がない。
    肩書も薄い。
    誰かのせいにも、
    空気のせいにも、
    前よりしにくい。

    自由とは、
    気持ちのいい解放ではないのかもしれない。
    自分で選ぶことの重さを、
    自分で引き受けることだ。

    画像

    それが嫌で、
    動物は壊れた檻に残る。

    残るだけではない。
    ときどき自分でも、
    その檻を守り始める。

    空気を守る。
    作法を守る。
    古い安心を守る。
    壊れていると知りながら、
    まだ使えると言い張る。

    ここがいちばん不穏だ。

    檻に閉じ込められているだけなら、
    まだ話は単純だった。
    厄介なのは、
    檻に慣れた動物が、
    自分で檻を補強し始めることだ。

    苦しいのに守る。
    息苦しいのに譲らない。
    古い空気に傷つけられたはずなのに、
    今度は自分がその空気の番人になる。

    そうして檻は延命される。

    見えてしまった者は、
    そこに違和感を持つ。

    どうして壊れているのに守るのか。
    どうして苦しいのにしがみつくのか。
    どうして自由を前にすると、
    急に正しさの話を始めるのか。

    答えはたぶん単純だ。

    壊れた檻の中では、
    従う技術に価値がある。
    外に出れば、その技術は
    ただの癖になる。

    だから怖いのだ。
    檻を出たあと、
    自分に何が残るのかが。

    見えた者もまた、
    簡単には外へ行けない。
    見えた瞬間に救われるわけではない。
    むしろ、
    見えたからこそ
    前みたいに従えなくなる。
    でも、
    従わずに生きる技術もまだ弱い。

    中途半端に見えてしまった者が、
    いちばん不安定になる。

    自由が増えた時代だと言われる。
    道具も増えた。
    出口も、昔よりは多い。
    それでも動物たちは、
    今日も壊れた檻の中で
    静かに空気を守っている。

    不自由は苦しい。
    でも、慣れた不自由は
    ときどき自由より安全に見える。

    その安全は、
    もう安全ですらないのに。

    それでも動物たちは、
    壊れた檻の中で
    安心しているふりをやめない。

    外へ出ることより、
    外を選ぶことの方が、
    ずっと怖いのかもしれない。

    画像



    それでも
    前に進むしかない。

    ちゃんと檻を認識しながら、
    自分で自分を守るために。


    ホロメタボラ、オモロイ。
    人生はオモロイ。
    進化するGYOGYOGYO 🦈


    進化版は

    MainFrame2|檻の外側で

    画像

    これからの時代を生き抜くために
    構造を知る

     
     
    ズレてる? それ、仕様です。 ホロメタボラ進行中。 ここは、鏡の前の弁証法。 holometa method

    あなたへのおすすめ