
北海道の失われていく風景5・宗谷本線

宗谷本線(そうやほんせん)は、旭川市の旭川駅から日本の最北稚内市の稚内(わっかない)駅を結ぶJR北海道の鉄道路線です。
JR発足後<1987年(昭和62年)>宗谷本線の駅数は59を数えました。
ところが2024年3月16日には38駅になり、2025年3月14日に雄信内駅、南幌延駅、抜海駅が営業を終え35駅になりました。

更に、廃止対象駅は「瑞穂」「日進」「智北」「初野」「恩根内」「天塩川温泉」「咲来」「筬島」「佐久」「問寒別」「糠南」「下沼」「兜沼」の13駅あります。
瑞穂駅以外は名寄駅以北の駅になります。
全部廃駅になれば宗谷本線は22駅となり、37駅が無くなります。

水彩画 2025年3月 制作
廃止の理由は経営効率化。
JR北海道はこれまでも「地域交通を持続的に維持するため」として、利用客数の少ない路線の廃止・バス転換を進めてきました。
私のふるさと士別市には4つの駅がありました。
士別市の地形は横に広く中央を宗谷本線が縦断し北に向かって「士別駅」「下士別駅」「多寄駅」「瑞穂駅」でした。


旧下士別駅の踏切
下士別駅は1955年(昭和30年)に士別駅と多寄駅の間に仮乗降場として新設したのが始まりでした。
正式に「下士別駅」となったのは4年後の昭和34年です。
2020年に宗谷本線の廃止打診駅13駅の1駅に入り、翌年(令和3年)3月13日に廃止されました。
駅があったのは、絵に描いた踏切の右側でしたが今は跡形もありません。

駅は利用者の数にかかわらず維持管理費コストがかかり、とくに除雪の費用と人材確保が問題になるといいます。乗客がいなくても、駅の機能を維持するためにホームや待合室の除雪が必要になります。
線路は除雪列車を運行すれば除雪できますが、駅の設備は重機や手作業となります。
北海道の歴史は、屯田兵や囚人・開拓者が入植して拓いた大地です。
入植する人たちを運び、土地を拓いて種を蒔き農作物を作り生きてきました。津軽海峡を渡った多くの人たちを運んできたのが鉄道でした。
しかし、この鉄道は石炭を運ぶために敷かれたものです。人の移動は二の次でした。明治以降の日本国を大きく前進させた資源が背景にあったので、鉄道が敷き詰めることができたのです。
鉄道は人口の多い首都圏は特別として、人を運ぶためだけでは経営が成り立つものではありません。
駅の役割には大きなものがあります。
人で言えば「顔」の様なものです。駅が無くなると顔を失ったようなもので、旅をする人たちの目印がなくなってしまいます。
鉄路を外すのは、開拓で入植した人たちの梯子を外してしまうことになりかねません。
おしまい