第0話 好きな人をご紹介します
行楽日和のその日、わたしは好きな人との打ち合わせに向かっていた。
足取りはもちろん軽い。
とはいえ、ええっと。
新宿駅っていつも迷うんだわ。
中央西口であってるよなときょろきょろしていたら声をかけられた。
「藤咲さん、本日もお疲れ様です」
彼が、柔らかな笑顔とともにたたずんでいる。
スーツ姿に長身。
笑顔同じく柔らかそうな髪。
やっぱり、まぶしい……。
「いつものところでと思ったんですが。実は気になるカフェがこの近くに最近オープンして。お仕事のインテリアの参考がてらお付き合いいただけますか。趣味に突き合わせてしまって恐縮なんですが」
ちょっとだけ困ったような笑顔も、さらにまぶしい。
「行きます。行きたいです、そこにしましょう」
💛
ほお~~。
と、口から出ないように、心の中で思いっきり吐息をつく。
路地裏にぽつんとあったにしてはおしゃれだな~~。
アジアン風? トルコとインドを中和させた感じの店内。
タペストリーや金の置物が自然と置いてある。
テーブル席について、店員さんが置いてくれたコースターは彼のはプルシアンブルーの石に手編みのレースを模ったもの。
わたしのはピンクパープル。トルコの朝焼けみたいな色だ。行ったことないけど。そんなイメージ。
「いつも素敵なデザインありがとうございます。今回も引き受けていただいて」
と、いつものように彼はビジネスライクな会話から入る。
わたしの所属する中堅会社『アトリエ・ブラン』はデザイン事務所。
カフェ、アパレルショップなどのインテリアデザインを専門に請け負う。
20人ほどいる社員の一人。わたしは店舗デザイナー。クライアントの要望を汲み取りながら、図面を引いたり、素材を選んだり、現場の施工会社と打ち合わせをするのが仕事だ。
一方で、彼――石塚拓海さんの所属する『オーブ・クリエイション』 は、アパレルや飲食業を全国に展開するライフスタイル企業。彼は企画開発部・ブランディング課のディレクターで、店舗を立ち上げるにあたって度々、うちの会社にデザインを依頼してくれている。
つまりわたしにとって――大切なお客様(クライアント)。
「前回お願いしたワーキングスペース、好評みたいです。くつろげるデザインで、しかも機能的で使いやすいって」
だからこの一言もあくまで社交辞令として冷静に受け取り、謹んで感謝の意を述べなきゃならないのだ。
脳内でもうれつに照れて。悶えていたとしても。
「いやー。それはよかったです……」
「全体を円形にして、しきりを置き、真ん中に無音の世界の映像が流れているのが、作業中ほどよい刺激になるというご意見もいただいていて。いったいいつ思いつくんですか?」
「ええと、そうですね……」
拓海さんてば、社交辞令を社交辞令っぽく言わない特技がある。
でもうれしぃぃぃ。
「案外、机に向かって唸ってるときより、スパに一人で行ってリラックスしてるときとか。
深夜でカフェの紅茶でぼうっとしてるときとか」
「なるほど。余白が大事なんですね」
「そうです!」
心から興味深そうに頷かれたら、調子に乗って色々喋ってしまう。
奥ゆかしさを演じろとかいう恋愛指南とか、読んでももはや意味がない。
「なにも置いていない空間をどう生かすか。ただ埋めればいいってものじゃない。隙間が心地よさを生んだりするみたいに。余白、大事ですね!」
「勉強になります……!」
神妙な顔で深く頷く。もう何度も顔を合わせているのに、相変わらず生真面目さが崩れない。
そこが寂しくもあり、よくもあり。
「今回ご担当いただく墨田区のカフェも、子連れ世代の女性がくつろげる環境とデザインにしたくて。いいデザインスタジオ誰か知らないかと上の者にふられたときに、真っ先に藤咲さんが浮かんで。いけますと、手を挙げさせていただきました」
心の中、流れる川にさっと陽光が差し込む。
そうだったの。
あたしを選んでくれた……。
「藤咲さん?」
「あ、いえ。その。ととと」
とんでもないですと言おうとして、
ノートに書いた目標(恋愛指南本より)を思い出す。
褒められた時は否定するな。
にっこり笑って。
「ありがとうございます! すっごく嬉しいです。信頼にこたえるよう頑張りまっす!」
💛
カフェを出たら夕暮れの西日がビルの隙間に影を落としていた。
「今日の打ち合わせも大変有意義でした」
「あ……ありがとうございます」
なんて頭を下げあって、
「企画案、楽しみにしてますね!」
「はい。わたしも……今からデザイン案作るのが楽しみです」
なんでこういうこと自然に言えちゃったりするんだろう。
男性苦手なわたしが。
「あの。石塚さん」
「いつもありがとうございます。自由にデザインやらせてくれて。でも、要望も注文も明白で迅速で。時にアイデアまでくれて。すごく、助かってて」
こういうことを言った直後は、決まって仕事をアピールしてしまう。
「えっと、すごくやりやすいんです! こういうクライアントさんばっかりではないので」
なんて……。
言ってみても、彼はいつものように仕事の延長で微笑むだけで。
「一応うちも企画開発ですから。デザイン会社さんにお任せするばかりではなく、一緒に作っていくのが仕事だと思っています」
少しでも、この時間を長引かせたくてつい。
「あの……」
「ずっといてくれますか」
「え?」
「ええと、ずっとオーブさんに、いらっしゃるのかなあって」
「……そうですね」
西日の影が、彼の面差しにも小さな陰を作る。
「大企業とは言えませんから。発注も減ってきて厳しい現状も聞いていて」
「え」
「時々考えますね。会社このあたりで転向するのもありかなって」
「えええええ」
そんなあ……。
もう会えないのか。
背中から頽れそうになったとき、声が降って来た。
「そうしたら、その会社から、また藤咲さんにデザイン依頼しますね。末永く、よろしくお願いします」
「あ、もうほんとに時間がまずい。それじゃ」
「あ。……はい」
ちょっと。
爆弾残して去るなよ……。
しばらく動けなくて。
バッグからお気に入りのくまのハンカチーフを取り出して、顔を埋めた。

