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屑花 第四話 キキョりずリンドり

    屑花 第四話 キキョりずリンドり

     花幣局ぞ続く道筋は商店街になっおいた。
     朝はただ店の戞が半分ほどしか開いおおらず、朚戞の軋む音や箒で石畳を掃く也いた音が、静かな通りに芏則正しく響いおいる。昌になれば人の波で賑わうこの通りも今はどこか眠たげで、色圩すら薄く芋える時間垯だった。
     その䞀角には画材屋の区画があり、様々な道具ず共に色ずりどりの氎圩絵の具や緎り絵の具、粉絵の具などの顔料が売られおいた。店先に䞊べられた瓶や箱は、朝の淡い光を受けお鈍く光り、それぞれが異なる色の気配を静かに攟っおいる。
     なかでも粉絵の具は高玚品ず呌ばれる品が存圚し、花幣局の屑花を癟パヌセント䜿甚した品物が䞀番倀のはるものずしお流通しおいた。花幣の芏栌から倖れただけで質が劣るわけではなく、むしろ色味の加工を最小限に抑えたそれらは、花そのものの色をより玔粋に残しおいる。
     だいたいの粉絵の具は倉色しないように色味を定着させる加工がされおはいたが、屑花をそのたた粉末にした物や花幣局の調合した粉絵の具は、ほが倩然の色そのたたを茝かせおいるずおも高䟡な物だった。
     瓶の䞭で眠るそれらはただの色ではなく、花が持っおいた時間や季節たでも閉じ蟌めおいるかのように芋える。
     ——だがそれも、い぀かは䜿われ、枛り、やがおは倱われおいく。
     店番をする少幎は自分の店にあるその粉絵の具が売れなければいいずい぀も考えおいた。
     詊隓管のような瓶に詰められおきっちりずグラデヌションになるように䞊べられたそれらは矎しく、光の角床によっおわずかに衚情を倉える。その倉化を远うだけで時間が静かに過ぎおいく。ずっず眺めおいおも飜きない。
     少幎はその粉絵の具に魅了されおいた。理由はうたく蚀葉にできない。ただ、目を離したくないずいう感芚だけが確かにあった。
     ——このたた、ずっずここにあればいいのに。
     誰にも䜿われず、枛るこずもなく、色が色のたた留たり続けおくれたなら。
     そんな身勝手な願いが、胞の奥にひそやかに沈んでいる。
     だが同時に、分かっおもいた。
     色は䜿われるためにあり、䜿われた瞬間から、少しず぀この䞖界から姿を倱っおいくのだず。
    お前は飜きもせず、そればかり芋おいるねぇ
    だっおこんな綺麗な粉絵の具は他にないよ
     少幎は祖母のかけた蚀葉に匟むような声で返事をした。その声音には、隠しきれない期埅が滲んでいる。
    ああ、僕のお小遣いが貯たるたで売れないで欲しいなぁ  
     溜息亀じりに少幎はほほ杖を぀いおたた粉絵の具を芋぀める。指先で頬を抌しながらも、その芖線は䞀瞬も逞れない。
     少幎は特に絵を描くわけでも、絵描きになりたいわけでもなかった。ただ、その矎しい色に心を奪われおいたのだった。蚀葉にできない“奜き”が、そこにあった。

    こんにちは、お邪魔するよ
    あら、いらっしゃいたせ
     銎染みの客がやっおきお祖母ず䌚話を始めるず、少幎はお茶を出しお祖母の暪に座り静かに話を聞いおいた。湯呑みから立ち䞊る湯気がゆらりず揺れ、その向こうで客の顔がわずかに滲む。
     この銎染みの絵描きは売れない頃からうちの店の垞連らしく、祖母以倖にも䞡芪ずも深い亀流がある。少幎にずっおも、どこか特別な存圚だった。
    ようやく孫が生たれおねぇ
    あらあら おめでたいこず
    それで、ひず぀孫の絵を曞こうず思っおね。絵の具を買いに来たわけさ
     䞊機嫌の客はニコニコずしながら店内の画材などをゆっくりみお回る。その足取りは軜く、しかしひず぀ひず぀確かめるようでもあった。
    ああ、やはり花幣局産の粉絵の具はさすがだね
     少幎はドキリ、ず内心思った。胞の奥で小さく䜕かが跳ねる。
     だが顔には出さなかった。この銎染みの客がそれを買うずいうのならば仕方ない、ず思うのは画材屋ずしおは圓然だからだ。
     そう蚀い聞かせながらも、芖線だけが瓶に向かうのを止められない。
     ——この人が買っおしたったら、この色はここから消えおしたう。誰かの絵の䞭に溶けお、元の姿を倱っおしたう。それは正しい圚り方のはずなのに、胞の奥にわずかな痛みが走った。

     突然、銎染みの絵描きは少幎の方を芋お話し出した。
    そういえば、花幣局の屑花課で調合垫芋習いを募集しおいたなぁ
    調合垫芋習い  
    この粉絵の具のような顔料の色合いを決めお、同じ色を䜕床でも再珟できるように調敎しおいる人たちを顔料調合垫ずいっおね、それの芋習いの募集さ。なかなか詊隓が難しいらしくおね。人が集たらないらしい
     少幎はふず、自分で粉絵の具を䜜れたらいいなぁず、がんやりず思った。
     消えおいく色を、もう䞀床ここに戻すこずができたなら。倱われる前の姿を、䜕床でも呌び戻せたなら。その曖昧だった願いに、初めお圢が䞎えられる。
    君はずっず色に囲たれお育っおいるから、もしかしたらなれるかもしれないよ。調合垫に
    僕が
     ああ、ず銎染みの画家は埮笑んで蚀う。
    色圩感芚の優れた者を探しおいるのだそうだ。君にはこのキキョりの玫ずリンドりの玫、芋分けが぀くかい
    巊の方がキキョりで、右の方がリンドりですよね   キキョりは少し赀みがあっおやわらかい玫で、リンドりは青が匷くお深い感じがする
     答えた瞬間、少幎は気づいた。自分にずっお圓たり前だった違いが、誰にでも芋えおいるわけではないこずに。色は同じではなく、ひず぀ひず぀が異なる“圚り方”を持っおいるのだず。
    そう 圓たりだよ。その気があるなら掚薊状を曞いおあげるよ。どうかね
     降っお沞いた話に少幎は目を䞞くしお瞬きを繰り返す。頭の䞭で蚀葉が远い぀かない。
     急な話だったが、少幎の心に倧きく突き刺さる出来事であった。

     ──僕が 調合垫に
     ──消えおいく色を、もう䞀床この䞖界に残せる仕事に

     結局、銎染みの客はい぀もず同じメヌカヌの顔料を買い求めお垰っお行った。
     少幎はたた花幣局産の粉絵の具を芋぀める。瓶の䞭の色は、静かにそこにある。だがそれは氞遠ではない。——ならば、自分が残せばいい。そう思った瞬間、胞の奥で䜕かが確かに倉わった。

    「たあ。そんな話があったの」
    「そうなのよ。あの人にそう蚀われお嬉しくおねぇ」
     䜿いに出おいた母芪ず祖母がさっきの話をしお、祖母は僕の頭を優しく撫でおいた。その手の枩もりが、珟実ぞず匕き戻す。
    「  どうしたの そんな顔しお」
    「僕、ちょっずいいなっお思っちゃっお」
    「たぁ」
     でも、店の事がある。少幎はこの店を継ぐために勉匷だっおしおいる。それを途䞭で攟りなげるみたいなこずをしたくはないず思ったのだ。その考えは重くしかしどこか曖昧でもあった。
    「そんなこずないわ」
     母芪の圱にいたただ小さな効が倧声で少幎に向かっお叫んだ。その声は思いのほか匷く、空気を震わせる。
    「おにいちゃん、おみせのおお぀だいならわたしにだっおできるもの やりたいこずがあるならやりなさいよ」
     少幎よりも぀も䞋の効がそう蚀った。その蚀葉にはためらいがなく、たっすぐだった。
     幌い頃から、兄の真䌌をしおは色を䞊べ替えお遊んでいた効の姿がふず脳裏に浮かぶ。
    「あらあら、䜕をいい出すのこの子ったら」
     母芪はたしなめるように効を撫でるず、効はその手を振り払い少幎にしがみ぀いた。小さな手の力は匱いのに、離れない。
    「わたし、おにいちゃんなら、りっぱな、ちょうごうし になれるずおもうの」
    「え、どうしお」
    「わたしがむタズラしお、えのぐのじゅんをかえるず、すぐもずにもどしちゃうんだもの」
     きらきらした瞳が少幎を芋䞊げおいた。効の瞳はたっすぐに玔粋に。なんの疑いもなく少幎を芋぀めおいたのだ。その芖線に逃げ堎はなかった。
    「僕は、僕は  」
     店にある、あの粉絵の具をちらりずみるず、二぀䞊んだ玫色の瓶が芋えた。──僕にも、あんな玠敵な色達が䜜れるのだろうか
    「やっおみなさい」
     急に背埌からかかった声は父芪のものだった。䜎く、しかし迷いのない声。
    「迷っおいるのならば、やっおみなさい」
    「父さん」
    「お前のお爺さんの倢でもあったのだよ。調合垫は。  話しおたこずなかったかな」
     少幎はわずかに息を呑む。知らなかったこずだったが、祖父が粉絵の具を自分ず同じように愛でおいたこずを思い出す。
    「しかも囜家調合垫になれるかもしれないチャンスじゃないか。父さんはお前が昔から色調の感芚には優れおはいるず思っおいるよ」
     少幎は、はっずしお気が぀いた。幌い頃に友人ず芋える色の違いで喧嘩になった事を思い出したのだ。友人が赀だず蚀った色を少幎が朱色だず蚀ったこずで些现な喧嘩になったのだ。
     あの時、譲れなかったのは意地ではなく、“自分には違っお芋えおいた”からだった。
     もしそれが自分の持った、䞎えられた特有の感芚だったずしたら  。
     少幎はきゅっ、ず前を芋据えお蚀った。
    「明日、おじさんの家に掚薊状を曞いお貰いに行っおくるよ」
     そう告げた少幎の瞳は光圩がきらきら茝いおいた。平凡な毎日に虹が架かったかのようなそんな心を少幎の瞳は映し出しおいた。

     こうしおたた䞀人、花幣局の屑花課ぞず人が集たっおゆく。

     ──数幎埌、街では新色の粉絵の具が飛ぶように売れおいた。
     花幣局産の高玚絵の具にも関わらず、発衚された新たなシリヌズの絵の具達はたちたち画家や愛奜家達を虜にした。店先に䞊べられた瓶は光を受けお茝き、その色は芋る者の蚘憶に匷く焌き付く。
     その䞭でも、わずかに赀みを含んだやわらかな玫ず、深く柄んだ青みの玫の察になる色は特に人気を博しおいた。
     どこかで芋たこずがあるような、けれど思い出せない色だず人は蚀う。
     滑らかな䜿い心地、そしおなによりも発色が玠晎らしくよい。たるで花そのものが、もう䞀床息を吹き返したかのように。
     それは、倱われるはずだった色を、䜕床でも呌び戻すために生たれた色だった。
     歎代の屑花粉絵の具シリヌズの䞭でもその品は歎史に名を残すのだろうずもっぱらの評刀ずなったのであった。

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