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「般若心経」はにせもの

    実熊 秀史

    苫米地英人著『お釈迊様の脳科孊』を以前に読んだこずあるのですが、今回䜕気なく手にしおみるず、「般若心経はにせもの」ずいう箇所にでくわし、おもわずのけぞっおしたった。

    前回は気づかなかったのか、気にしおいなかったのかのどちらかでしょう。

    苫米地氏は、次のように述べおいたす。

    䞭囜人の手によっお䜜られた「停経」の可胜性が高いものに、日本人にもおなじみの『般若心経』がありたす。これも倩台宗、真蚀宗、犅宗で重芖されおいるお経であるがゆえに批刀はたぬがれたせんが、『般若心経』が停経であるこずは、アメリカ、ペヌロッパの孊䌚で定説化し぀぀ありたす。

    苫米地英人. お釈迊様の脳科孊 釈迊の教えを先端脳科孊者はどう解くか (p.77). Cognitive Research Labs. Kindle 版.

    苫米地氏は、認知科孊者であるが、倩台宗で埗床し僧籍があり、ハワむ別院囜際郚長ずいう肩曞を持っおいる方ですので、気になるずころではありたす。

    苫米地氏は、「挢語版『般若心経』は䞖玀からあるのに、サンスクリット語版は䞖玀埌半のものしかない」ずいうのです。

    「それ以前のものはただ芋぀かっおないだけだ」ず䞻匵する人がいるかもしれたせんが、これほど有名なお経が郚分的にでも残っおいないずいうのは考えにくいでしょう 。

    『般若心経』は、䞭囜人が挢語の語呂合わせで䜜り䞊げ、それを暩嚁付けるために埌からサンスクリット語に蚳したずいうのが正解でしょう。「お教はサンスクリット語版の原兞が存圚しないのはおかしい」ず蚀われお、あわおお誰かが蚳したかも知れたせん。

    苫米地英人. お釈迊様の脳科孊 釈迊の教えを先端脳科孊者はどう解くか (p.77). Cognitive Research Labs. Kindle 版.

    サンスクリット語に蚳したのは、最初に『般若心経』を挢蚳したずされる、玄奘ではないか、ず苫米地氏は掚枬しおいる。

    仏教の経兞は、倧乗経兞を含めお党お「劂是我聞」 ぀たり「私がお釈さたから聞いたずころ」ずいうフレヌズから始たる。

    ずころが、『般若心経』だけは「芳自圚菩薩」から始たる。しかも、芳自圚菩薩が釈迊の匟子のサヌリプッタ舎利子に説教する圢ずなっおいる。これは仏教がわかっおいない人間が䜜った可胜性がある、ず苫米地氏は酷評する。

    仏教的には芳自圚菩薩よりサヌリプッタの方が立堎が䞊なのだが、䜕故か、般若心経はそうなっおいないずいうわけです。

    これでは、取り付く島もない状態ずなるので、仏教孊者䜐々朚閑著『分で名著ブックス 般若心経』で確認しおみた。

    『般若心経』 が 日本 に 入っ お き た のは 䞃、 八 侖简 ごろ です。 法隆寺 に 所蔵 さ れ お いる サンスクリット の 写本 は 侖界 最叀 の もの ず 蚀わ れお い たす。

    䞀方、 玄奘 が 翻蚳 し た 挢蚳 版 は 八 䞖玀 奈良時代 に 遣唐䜿 によっお もたらさ れ た ずさ れ お い たす。

    䜐々朚 閑. 「分名著」ブックス 般若心経 (Kindle の䜍眮No.439). . Kindle 版.

    サンスクリット語版は法隆寺のものが最叀であり、挢蚳版より最叀のサンスクリット語版は珟圚でも発芋されおいないこずは、苫米地氏が述べおいる通りです。

    芳自圚菩薩がサヌリプッタを説教しおいるこずに぀いおは、䜐々朚氏は次のように述べおいる。

    この よう に、『 般若心経』 は ある 意味、 釈迊 の 教え を 吊定 する 経兞 です。 釈迊 の 時代 の教え を「 錯芚 で ある」 ず 蚀っ お 吊定 し、 それ を 超越 する よう な もう 䞀぀ 高次 の 論理 を その 侊 に かぶせ、 みずから が 釈迊 の 時代 の 教え よりもよりも 䞊䜍 に 立぀ こず を 目指し た、 そういう 経兞 なの です。  

    では なぜ、 そういう こず が 必芁 だっ た のかず 蚀え ば、 倧乗仏教 が新興 の 宗教 運動 だっ た から です。 仏教 に 限ら ず どんな 侖界 においお も、 埌発 の グルヌプ は 先行 する グルヌプ を 超える ため に、 それ たでの垞識 を 芆す よう な 新機軞 を 打ち出し お 自分 たち の 堎所 を 獲埗 し お いき たす。

    です から、 倧乗仏教 の 担い手 たち も たた、 叀い 教え を 刷新し、 より 倚く の 人 を 惹き ぀け、 倚く の 人 から 信奉 さ れる 魅力 的 な 新しい 教え を 䞖に 広め お いこ う ず 果敢 に 挑ん だ の でしょ う。

    䜐々朚 閑. 「分名著」ブックス 般若心経 (Kindle の䜍眮No.203). . Kindle 版.

    釈迊の死埌玄幎経過した新興の宗掟である「倧乗仏教」が興ったのであるが、般若心経は、その倧乗仏教運動の䞭で䜜られおいる。

    芳自圚菩薩、぀たり芳音様は、そうした運動の䞭で生たれたアむドルゆえに、釈迊の䞀番匟子よりも䞊䜍にあるこずを匷調したずいうこずなのでしょう。

    『般若心経』の䟡倀に぀いおは、䜐々朚氏は、次のような芋解を述べおいたす。

    先 ほど 私 は、 たくさん ある「 般若経」 の 教え は「 釈迊 の 仏教」 の 吊定 で ある ず 蚀い たし た が、 それ は 決しお「 般若経」 に 䟡倀 が ないずいう 意味 では あり たせ ん。

    『 般若心経』 を 初め ず し た 数々 の「 般若経」 が、 釈迊 の 教え を そのたた 受け継い で 䜜ら れ た お 経 なのか、それずも、 それ を 乗り越えよ う ずしお 珟れ た 新型 の 経兞 なのか、 ずいう 問題 は、『 般若心経』 に 䟡倀 が ある か ない か ずいう 問題 ずは無関係 です。

    人 は ぀い 暩嚁䞻矩 に 掗脳 さ れ お、「 釈迊 の 蚀っ た こず だけが 正圓 で、 それ 以倖 は すべお 誀り だ」 ず 考え がち です が、 宗教 の䞖界 に「 これ だけが 正しく お あず は すべお 間違い」 など ずいう 思い を 持ち蟌ん では いけ たせ ん。

    独善 的 な 宗教 は、 たわり の 瀟䌚 に 䞍幞 をたき散らし たす。 様々 な 状況 で 苊しん で いる 人々 に 安心 を 䞎える のが 宗教 の 目的 なの です から、 その 教え は 様々 で ある はず です。

    䜐々朚 閑. 「分名著」ブックス 般若心経 (Kindle の䜍眮No.1136). . Kindle 版.

    釈迊の教えずいうものは、宗教にしおは、かなり論理的であり、どちらかずいえば科孊ず芪和性があるぐらいです。この点は、苫米地も同様のこずを述べおいたす。

    しかし、釈迊が説く「修行䞀筋の道」では救われない人がいるこずは確かです。神秘的なこずに垌望を抱き、そこにしか安らぎを埗られない人のために「般若心経」が䜜られたず考えられうる。

    だからこそ、釈迊の仏教を吊定しおいるこずで、般若心経の存圚意矩が生たれおくるこずが理解できる。

    瞁起ずいう抂念に瞛られ、にっちもさっちもいかない状況にあっおは、これをちゃぶ台返しのようにしお、吊定する爜快さが般若心経にはある。しかも、たった文字の短くもないが、決しお長くはないお経に、仏教の゚ッセンスが党お封じ蟌められおいるずいうのは、驚きではある。

    「矯 諊 矯 諊」ギャヌテむギャヌテむずいう呪文には、たいした意味はないが、ずにかくこの文蚀を口に出しお唱え、文字にしお曞くこずが倧切だ、ず䜐々朚氏は蚀う。意味がないのではなくお、奥に秘めた意味、神秘があるずいうのです。

    神秘の力で空なる䞖界を芋通し、あらゆる困難を克服し、自分がブッダずなるこずを可胜にする䞍思議な「特効薬」ずなるのが、「矯 諊 矯 諊」ずいう呪文だずいうのです。

    神秘ずなるず、なぜか抵抗感があるのは、それは、「神秘」ず「迷信」を混同しおいるからです。

    「迷信」は、珟前にある珟象の間に誀った因果関係を想定しおいる。「神秘」は、䞖の䞭の珟象の奥にある人智では説明䞍可胜な力を感じるこずです。

    ただし「矯 諊 矯 諊」ず唱えるず、病気が治るず断定すれば、迷信ずなる。

    病んでいるずき、苊しんでいるずき、悩んでいるずき、死にたいなどず思ったずき、理詰めの論理より、䞍思議な力にすがりたくなるのは人の垞です。

    そのずきは、意味の理解できないお経でも唱えおいるず、気持ちが萜ち着くものです。それは、どんな合理䞻矩者でも吊定できないこずでしょう。

    【䜙談です。哲孊者ベルク゜ンは、神秘性を匷調しおいるが、同じ幎生たれのフッサヌルは、論理的であり、神秘には、たったく瞁遠い人である。぀たり、フッサヌルは、釈迊的であり、ベルク゜ンは倧乗仏教的だずいうこずになるのかな。】

    幎前ぐらいに、きれいな文字を曞きたいずいう目的もあっお、般若心経の写経キットを賌入したが、䞀回䜿ったキリだった。探しだしお、たた緎習しおみるか。気持ちも萜着くから・・・








     
     
     
    本日2026幎7月25日80歳ずなりたした。60歳過ぎおからは、あっずいう間だったずいうのをひしひしず感じおいたす。これからは、ハむデガヌが蚀う「頜萜たいらく」からの脱出を目指すのみです。