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宝物をお守りにして

    ( #ショートショート  本文:883字)

    「あなた、お守りよ」

     棋士編入試験の最終局を迎える朝、妻が小さな皮袋を私に手渡した。手のひらに収まるほどの大きさで、丁寧な縫い目が美しい。

    「革職人さんにお願いして作ってもらったの」
    「本革なのか? 高かったんだろ」
     そう聞くと、妻はいたずらっぽく笑った。
    「ふふふ。どこにでもある合皮よ」
     私は袋を指先でなぞってみた。しっとりと手に吸い付くような、上質な質感だ。
    「合皮にしては、ずいぶん手触りがいいな」

    「でも、合皮のこと、詳しく調べないほうがいいよ。本革との違いとか、寿命とか、知っちゃうと、この袋を見るたびに『本革じゃない』って思っちゃうかもしれないでしょ」
     私は苦笑した。
    「そんなことで気持ちは変わらないさ」

     袋を開く。
     中には、青く透き通った小さなシーグラスが入っていた。初めて二人で海へ行った日、波打ち際で妻が拾って「宝物にするわ」と笑った、あの青いガラス片だった。
    「今度は、あなたの宝物。あなたは絶対に勝てるわ」

     私はお守りなど信じない。だが、妻の言葉は信じる。

         ◇

     将棋の棋士編入試験は現役プロとの五番勝負。ここまで二勝二敗。今日勝てばプロになれる。負ければ、夢はまた遠ざかる。

     盤上は終盤戦。読み切ったはずの変化を、もう一度頭の中でなぞる。
     指先がお守りの皮袋に触れた。合皮でも、本革でも関係ない。支えてくれているのは、妻の気持ちだ。

     私は静かに最後の攻めへ踏み込んだ。あと一手。もうすぐ詰みだ。
     相手は長く盤面を見つめていたが、やがて小さく息を吐き、頭を下げた。
    「負けました」
     その一言で、長かった夢が現実になった。

         ◇

     控室へ戻ると、妻が飛びつくように抱きしめてきた。
    「合格だ!」
     私は皮袋を掲げて笑う。
    「このお守りのおかげかな」
     妻は首を横に振った。
    「違うわ。あなたが勝ち取った合格よ」
     私は皮袋を握り直す。

     中身がシーグラスでも、袋が合皮でも、このお守りは私にとって本物だった。

     妻が朝、「調べないほうがいいよ」と言った理由が、今ならわかる。調べて分かるのは、袋の素材だけ。私はただ、その温かさをもう一度確かめるように握りしめた。

    (了)

     おめでとうございます。


    はれるや( ´ ▽ ` )ノ。です。
    はらとけいさんの企画に参加します。
    よろしくお願いします。
    #せりふ三題噺 #調べないほうがいいよ #合皮シーグラス将棋

    では、今日はこのへんで。
    はれるや( ´ ▽ ` )ノ。

    #お守り #棋士編入試験 #皮袋 #本革 #合皮 #シーグラス #宝物

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