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目黒寄生虫館から東京タワー     を目指した日

    あらすじ
    大学で寄生虫を研究する
    「僕」羽室 悠真(はむろ ゆうま)は
    恋人の瀬戸奈緒(せとなお)から
    「あなたの愛は寄生虫のように重い」と告げられ、突然の別れに絶望する。しかし、その別れの裏には、遺産を巡り「僕」を精神的に追い詰めようとする叔父夫婦の卑劣な策略と、家族を人質に取られ「監視役」を演じざるを得なかった奈緒の悲劇的な境遇が隠されていた。
    何も知らない「僕」は、すべてを失った絶望から復讐の「修羅」へと変貌を遂げる。数年後、整形と名前の抹消を経て謎の投資家となった「僕」は、冷徹な手口で親族たちを共食いの破滅へと導こうとする別の場所で静かに暮らしていた奈緒にも裏切りの代償を・・・
    さらに叔父にも追い込んだ償いを・・・
    しかし、復讐を遂げた絶頂の瞬間、窓に映る自分の変貌に気づき、「僕」は戦慄する。
    さらに、奈緒がかつて自分を突き放したのは、叔父たちの魔の手から「僕」を・・・。
    唯一自分を愛してくれた人を自らの手で追い詰めた事に気づいた「僕」は、逃れられない罪悪感という寄生虫に蝕まれ、奈緒の幻聴に導かれるように夜の街へと身を運ぶのであった。
    僕
    羽室 悠真(はむろ ゆうま)
    恋人
    瀬戸 奈緒(せと なお)
     叔父(宿主を食らう者)
    羽室 征二(はむろ せいじ)
    叔母
    羽室京子(はむろきょうこ)
    叔父の娘
    羽室 恵麻(はむろ えま)
     主人公の父(本家の長男)
     羽室 慎一(はむろ しんいち)


    寄生と別離(現在〜過去)



    大学で寄生虫を研究する
    「僕」羽室 悠真(はむろ ゆうま)は
    恋人の瀬戸 奈緒(せと なお)から突然の別れを告げられる。理由は
    「あなたの愛は、寄生虫みたいに重すぎる」
    という皮肉なものだった。

    [偽りの邂逅]


    僕と奈緒が出会ったのは、大学の図書館だった。

    降りしきる雨の午後、僕が寄生虫に関する古い洋書を広げていると、隣の席に座っていた彼女がふいに声をかけてきた。

    「その虫の名前はなんていうのですか?」

    彼女の指先が、ページに描かれた二匹が合体して生きる寄生虫の図解をなぞった。驚いて顔を上げると、そこには吸い込まれるような瞳をした奈緒がいた。

    彼女は僕と同じ大学の学部で、まるで運命に導かれたかのように、僕の孤独な研究室や、行きつけの古本屋に姿を現すようになった。

    「あなたの研究の話、もっと聞かせて。なんだか、愛の究極の形みたいで素敵」

    そう言って微笑む彼女の言葉を、僕は純粋な好奇心だと信じ込んでいた。親族たちが遺産を巡って牙を剥き始め、僕が精神的に追い詰められていく中で、彼女だけが唯一の「安全地帯」だった。

    過去を思い出し深夜の公園で苦しみ震えている僕の手を握りしめ

    「何があっても、私はあなたの味方だから」

    と囁いたあの声

    そんな奈緒に僕は安らぎを感じて想いを伝えたら
    言葉は返さずに奈緒は笑顔で頷いてくれた。

    初デート先は目黒の寄生虫館だった。 
    午前10時、開館と同時に足を踏み入れると、そこには僕にとっての聖域、彼女にとっては「任務」の舞台が広がっていた。薄暗い館内に並ぶ、ホルマリン漬けの瓶。その一つ一つを、僕は愛おしさを堪えきれずに解説した。

    『見て、これがフタゴムシの実物だよ。前に図書館で話したやつ。幼虫の時に出会った二匹が、こうして腹部を癒合させて、一生離れずに添い遂げるんだ。ロマンチックだと思わない?』

    僕が熱っぽく語りかけると、奈緒は展示ケースに顔を寄せ、絶妙な距離感で身を乗り出した。

    『「うわー……」』

    二人の声が重なる。僕は純粋な感嘆、彼女は驚きを装った。

    「きもーい、本当に合体してる。でも、なんだか一途すぎて怖いかも」

    奈緒は少し肩をすくめ、困ったような、それでいて僕を立てるような微笑みを浮かべる。

    『凄いよね!この造形、無駄が一切ない。宿主の中で生き抜くために特化した究極の形なんだ』

    僕は興奮を隠せず、次から次へと標本を指差した。全長8.8メートルにも及ぶサナダムシの長い標本の前では、彼女はその圧倒的な存在感に一瞬、本気で言葉を失ったようだった。

    「これ、全部お腹の中にいたの? 信じられない……」

    『そうだよ。静かに、でも確実に、相手の一部として生きるんだ』

    僕の言葉に、奈緒は一瞬だけ、冷ややかな、それでいて何かを値踏みするような視線を標本に向けた。だが、僕が振り向くとすぐに
    いつもの【僕の好きな奈緒】の顔に戻っていた。

    一時間ほどの見学。僕にとっては自分の専門領域を最愛の人に共有できた至福の時間であり、彼女にとっては僕という「宿主」の懐に深く潜り込むための、完璧なリサーチの時間だった。
    様々な寄生虫を心ゆくまで堪能し、表に出た二人は、それぞれの意味で「大満足」の笑みを浮かべていた。

    その後にたまたま近隣を散策中に目黒から見えた 東京タワーに奈緒が突然

    「あそこ(東京タワー)を目指して歩こうよ」

    そのひと言に僕も続けて

    『良いね!二人で目指そうか』

    と、スマホのナビを使わず、目視と直感のみで行こうと約束して出発した午前11時

    五月の柔らかな日差しが、アスファルトを白く照らしていた。 東京タワー方面を目指して歩くも、近づくにつれ、巨大なビル群の影にその姿が飲み込まれていく。

    「あれ、さっきまで見えてたのに」

    奈緒が眩しそうに目を細め、高層マンションの合間を指差す。 視界を阻まれるたび、僕たちは歩道橋に駆け上がり、あるいは都心へと続く広い国道を探して、標識の文字を頼りに進んだ。 疲れたら、たまたま通りかかった児童公園の古びたベンチで、肩を並べて一休みした。
    喉が渇けばコンビニで冷たい茶を買い、お腹が減ればおにぎりを分け合う。
    そんな些細な時間が、まるで永遠に続く冒険のように思えた···
    しかし、近づけば近づくほど、街はコンクリートの迷宮と化し、東京タワーはさらにその姿を隠してしまう。

    「多分、こっちだと思うな」

    地図を持たない僕たちは、奈緒の直感と僕の知識を道標にして歩き続けた。 午後5時。
    傾きかけた太陽が街をオレンジ色に染め、足の裏の痛みは限界に達していた。 ひたすら歩き続けたことによる極度の疲労感。 さらに、一向に姿を現さない目的地への焦燥から、いつしか二人の会話は途切れ、重苦しい沈黙が流れた。
    その時だった。 ビルの隙間から、突然

    【ふっ】

    と、夕陽を背負った巨大な朱色が目に飛び込んできた。

    『「あ……!」』

    思わず二人で顔を見合わせ、言葉にならない歓喜でハイタッチを交わす。 そこから数分、最後の手を振り絞って歩き、ようやく辿り着いた真下。 見上げる東京タワーは、空を突き刺す巨大な生命体のようだった。
    疲れも、イライラも、すべてが夕暮れの風に溶けていく。
    僕たちは無言のまま、熱を持った互いの手を強く握りしめ、赤く染まった鉄塔の足元で、いつまでも空を仰いでいた。あの日、僕たちは確かに、一つの運命を共有していると信じていた。
    あの日・・・
    ΧΧΧΧΧΧΧΧΧΧΧΧΧΧΧΧΧΧΧΧΧΧΧΧΧΧΧΧΧΧΧΧΧΧΧΧΧ


    鏡の中の毒(再会と暴露)


    別れを告げられた数日後に、二人の思い出の場所である目黒寄生虫館に再び一人で訪れた。
    未練がましい自分をリセットさせようと

    かつて奈緒が

    「キモいけど、離れられない美しさがあるね」

    と笑った全長8.8メートルのサナダムシの標本。その前で立ち尽くす僕の隣に、大きなバックパックを背負った謎の少女、エマが現れる。

    「ねえ、ここから東京タワーまで、一番『生き物』を感じるルートで歩かない?」

    唐突な誘いと彼女の棘のある言葉づかいに
    断ろうと思ったが奈緒との想い出にケジメをつける事が出来るかもしれないと思い

    『分かった』

    と伝え、会話の無い二人の奇妙な徒歩旅が始まる。目黒から麻布、そして芝公園へ。洗練された都会の隙間に潜む、古びた路地裏や増上寺の静寂。エマは道中、目に入るあらゆるものに

    「何が何に寄生して生きているか」

    を問いかけてくる。


    歩みを進めるうちに、僕は自分が奈緒に「寄生」していたこと、そして彼女もまた、僕という存在に依存していたのではないかという思いに気づかされていく。
    途中途中でエマには声掛けをした

    『喉が渇いてないか?』

    と自販機で買った水を渡し、ちょっと休憩しようか

    『疲れていない?』

    と公園のベンチに座るように促し、ちょっと待っててと伝え近くのコンビニでおにぎりとパンを購入して
    どちらか良いか?と選んでもらいエマはおにぎりを僕はパンをベンチに座り一緒に二人で並んで食べた。休憩をはさみながら進んで行ったら

    夕陽に染まる東京の街並みを抜け、ついに目の前に現れた真っ赤な東京タワー。

    鉄の塊にすぎないはずのタワーが、夜の闇に依存して輝く巨大な生命体のように見えたとき、僕は初めて、自分を縛り付けていた執着という名の
    「寄生虫」を切り離す決意をする。

    最後にエマが告げた、彼女自身の「目的地」とは。そして、東京タワーの展望台から見下ろす街の灯りは、昨日までとは違う色だった。

    ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

    エマ


    エマの生い立ち:泥の中に咲いた毒花


    エマが「僕」に向ける冷ややかな憎悪の裏側には、彼女自身が歩んできた地獄があった。
    彼女がまだ幼かった頃、叔父夫婦(エマの両親)は、本家の遺産を奪い取るという野望に憑りつかれていた。家の中は常に、誰をどう陥れるかという陰湿な作戦会議の場と化していた。

    「あのアパートに住んでいる甥(僕)さえいなくなれば、すべては私たちのものになる」

    それが、エマが子守唄代わりに聞かされてきた言葉だった。

    祖父の遺言には、ある特殊な条件が記されていた。

    「本家の血を引く男子が、成人した時にすべての不動産と資産の管理権はその者に帰属する。もし彼が自ら相続を放棄するか、あるいは死亡した場合に限り、親族一同で均等に分配する」

    というものだ。娘しかいない 叔父夫婦にとって、僕の存在は莫大な富の前に立ちはだかる、一つの強固な壁だった。 僕が父(叔父の兄)の子供で長男であったために、

    僕がいなくなりさえすれば、彼らは泥沼の生活から抜け出し、夢にまで見た贅沢な暮らしを手に入れることができる。その欲望が、彼らを狂気へと駆り立てたのだ。
    しかし、略奪した富は、彼女の家庭に幸福をもたらさなかった。
    手に入れた大金は、親たちの猜疑心を増幅させるだけの毒薬となった。
    叔父は

    「誰かが自分から金を奪いに来る」

    という被害妄想に取り憑かれ、叔母は虚栄心を満たすために散財を繰り返し、家庭は内側から腐り落ちていった。
    エマにとっての「家」は、安らぎの場ではなく、互いに監視し合い、寄生し合う檻だった。 学校に行けば「成金」と指をさされ、家に帰れば狂ったように金を数える両親がいる。
    彼女の決定的な転機は、ある夜、私が寝ていると思っていた時の両親の書斎のドア越しに聞いてしまった会話だった。
    それは、エマが十歳になったばかりの、ひどく寝苦しい夏の夜だった。
    喉の渇きを覚えて一階へ降りた彼女は、書斎から漏れる異様な熱気を帯びた声に足を止めた。半開きになったドアの隙間から見えたのは、高級なブランデーを煽りながら、獣のような目で書類を貪り読む父と、その肩にすがりつくようにして冷笑を浮かべる母の姿だった。

    「……これでいい。兄貴の会社の資金繰りはもう限界だ。明日、あの『投資話』をぶつければ、疑いもせずに実家の土地を担保に入れるだろうよ」

    父の濁った声に、母が低く笑いながら応える。

    「ふふ、あんなお人好しな義兄さんだもの。弟のあなたを信じ切って、地獄への片道切符に喜んでサインするわ。でも、問題はあの子……甥の悠真よ。あの若造が成人して相続権を主張し始めたら、私たちの苦労が水の泡じゃない」

    その言葉に、父は机を叩いて吐き捨てた。

    「分かっている。だからこそ、あの娘……奈緒を使うんだ。あのアパートに住む甥の隣に、徹底的に作り込んだ『理想の女』を送り込む。恋に溺れさせ、精神を依存させ、最後にはその愛を利用して、自ら相続を放棄するように追い詰める。人間、一番信じている者に裏切られるのが、最も効率よく壊れる方法だからな」

    母の細い指が、父の頬をなぞる。

    「ええ、あの子には徹底的に『悠真くんの味方は私だけ』だと思い込ませましょう。叔父夫婦に虐げられ、親も破滅し、絶望の淵に立たされた時、奈緒が『私と一緒に逃げましょう、そのためにこの書類にサインして』と囁けば、あの子は泣いて喜んでペンを取るわ」

    二人の笑い声が、静まり返った廊下に響き渡った。
    それは、血を分けた親族を「宿主」としか見ていない、捕食者の歓喜だった。
    暗闇の中で立ち尽くすエマは、自分の全身の血が凍りつくのを感じた。自分がこれまで受けてきた贅沢も、これから手に入れるはずの幸福も、すべて一人の青年の人生を組織的に食いつぶし、その骨までしゃぶり尽くすことで得られる「略奪品」に過ぎないのだと。

    その夜を境に、エマにとっての両親は「慈愛に満ちた保護者」から、他人の人生に巣食う「醜悪な寄生虫」へと成り下がった。
    ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ 

    僕


    東京タワーを目指して歩いている時は失恋のショック状態で上の空だった事もあり、全く気づかなかったが初対面のはずの彼女に既視感を覚え、会話を交わすうちに、僕は衝撃的な事実に突き当たる。彼女は、かつて僕を陥れた叔父夫婦の娘のエマだった。数年ぶりの再会だった。 あまりに大人びた姿に、エマだと気づけなかった。

    数年前、祖父が遺した広大な土地と資産を巡り、親族たちは醜く争った。エマの親にあたる叔父夫婦は、僕の父親と母親と更に当時学生だった僕を追い詰めるために卑劣な手段を選んだ。 彼らの狙いは、僕の父が管理していた本家の共有持分だった。
    叔父はまず、父が経営していた小さな印刷会社に、巧妙に仕組まれた架空の投資話を持ちかけた。信頼していた弟からの誘いに父は疑いもせず、実家の土地を担保に多額の借金を背負ってしまったのだ。 さらに叔父夫婦の攻撃は母にも及んだ。
    母が大切に守ってきた実家の家業に対し
    「材料を横流ししている」という根も葉もない黒い噂を業界内に流布し、長年の取引先を次々と奪っていった。
    資金繰りに行き詰まり、周囲の信頼も失った父は、自責の念から酒に溺れるようになった。
    母は心労が重なり、やがて病に倒れて入院を余儀なくされた。 叔父たちは、見舞いと称して病室に現れては、弱り切った僕にこう囁き続けた。

    「お前の大学の学費のせいで、お父さんは無理な投資をしたんだよ。お前のせいで両親は不幸になったんだよ」

    逃げ場のない呪詛に、僕は精神的に限界まで追い詰められた。

    「この書類にサインすれば、借金はすべて肩代わりしてやる。両親を楽にしてやれるのはお前だけだ」

    差し出された遺産相続の放棄書類。僕は震える手でサインし、最終的に家も財産もすべてを奪い取られた。結果として、僕の家庭は跡形もなく崩壊した。 サインをした翌週には、長年住み慣れた実家には差し押さえの赤紙が貼られ、僕たちは着の身着のままで追い出された。父は、弟に裏切られたショックと自責の念から完全に精神を病み、ある日「タバコを買いに行く」と言い残したまま行方不明になった。数ヶ月後、父の羽室 慎一が身元不明の死亡者として発見されたとき、父のポケットには僕が大学で使っていた古いペンが一本だけ入っていたという。 母の病状は悪化の一途を辿った。住む場所を失い、転々と移る安アパートの湿った空気の中で、母は次第に僕の顔さえ分からなくなった。最期は、叔父たちの名前を呪うように呟きながら、冷たい病室で一人息を引き取った。僕は葬儀代すらままならず、役所の手続きで淡々と処理される両親の遺骨を前に、ただ自分の無力さと、叔父たちへのどす黒い憎しみだけを反芻していた。僕は大学を中退し、日雇いの労働で食い繋ぎながら、夜はネットカフェの狭いブースで、奪われた人生の重みに押し潰される日々を送った。

    叔父の深淵 ─ 劣等感という名の宿主 ─

    叔父の胸中には、幼少期から「二番手」として扱われてきたことへの、どす黒い澱(おり)が溜まっていた。同じ屋根の下で育ちながら、長男である僕の父は「跡取り」として慈しまれ、次男である叔父は常にその影に甘んじてきた。祖父が口癖のように言っていた「本家を継ぐのは長男の血筋だ」という言葉は、叔父にとって祝福ではなく、自分を否定する呪文だった。

    「兄貴は、ただ先に生まれたというだけで、すべてを手に入れる。私は、そのおこぼれを貰うだけの寄生虫か?」

    その歪んだ自尊心は、叔父が結婚し、エマが生まれたことでさらに加速した。自分には娘しかおらず、兄には「本家の男子」である僕がいる。このままでは、自分がどれほど努力して会社を支えても、最終的な果実はすべて「兄の息子」の手に渡ってしまう。

    叔父にとって、僕の存在は希望の光ではなく、自分の人生を永遠に日陰へと縛り付ける「重石」に他ならなかった。

    「あいつさえいなければ、私が『本家』になれる。私がこの家の主役になれるんだ」叔父が父に架空の投資話を持ちかけたのは、単なる金欲しさからではない。自分を軽んじてきた『本家』というシステムそのものを破壊し、自分を虐げてきた兄を、自分の足元に跪かせたいという、復讐に近い渇望だった。
    彼は、僕の父が自分を「実の弟」として無条件に信頼していることを知っていた。その信頼こそが、叔父にとっては最大の攻撃材料であり、最も甘美な餌だったのだ。

    叔父は、父を破滅させる計画を練っている間、かつてないほどの生の実感を得ていた。それは、宿主の栄養を奪い取りながら、その内側で着々と自分の領土を広げていく寄生虫の歓喜そのものだった。

    ΧΧΧΧΧΧΧΧΧΧΧΧΧΧΧΧΧΧΧΧΧΧΧΧΧΧΧΧΧΧΧΧΧΧΧΧΧ


    エマ

    「あのアパートにいたお兄さんですよね」

    エマの瞳には、懐かしさではなく、軽蔑と冷ややかな憎悪が宿っていた。彼女もまた、親から「僕」を諸悪の根源としてずっと聞かされて育っていたのだ。
    地上333メートルの密閉された空間。美しい夜景とは対照的に、二人の間には泥沼のような過去が横たわる。エマは、あの紛争の後に自分の家庭がいかに荒廃したか、親がどのように狂っていったかを、静かな口調で告白し始める。
     
    「私たちは、あの金に人生を呪われたんです」

    彼女が今日、この場所に来たのは偶然ではなかった。彼女の手に握られた小さな封筒には、叔父からの僕に向けた「最後通牒」が収められていた。
    エマは封筒を僕に手渡し、群衆の中に消えていく。

    「赦してほしいなんて、誰も思っていない」

    という言葉を残して。
    一人残された僕は、封筒を開ける。軽く目を通したら、そこに入っていたのは謝罪でも和解の言葉でもなく、未だに僕を縛り付けようとする新たな法的な罠、あるいは過去の罪を掘り起こす告発状だった。
    まだ書類が入っていたが目を通さなかった・・・
    【とても見る気持ちになれなかった】

    東京の夜景は宝石のように輝いているが、僕にとっては足元から崩れ落ちる砂の城にしか見えなかった。僕たちの絆は、金の鎖で締め付けられ、二度と元に戻ることはないのだと悟る。


    鎖の円環

    「僕」がかつて心から愛し、そして遺産トラブルの激化とともに去っていった元彼女・奈緒。彼女との別れは、親族間の争いに疲れ果てた僕が、奈緒に依存しすぎてしまい

    「あなたの愛は寄生虫みたいに重たすぎる」

    と伝えられ振られたと思っていたが···しかし、エマの口から語られたのは、残酷な真実だった。

     展望台のガラスを背に、エマは

    「奈緒さんと私が、知り合いとは……知らなかったんでしょ?」

    奈緒は、実は僕を追い詰めた親戚側の「監視役」として差し向けられた叔父が経営する会社の社員の娘だった。あるいは、最初から僕の動向を探るために用意された駒。僕が最も信頼し、唯一の救いだと信じていた愛そのものが、遺産を巡る策略の一部に過ぎなかったのだ。
    僕の内部で何かが崩れ落ちてゆくのを感じた・・・

     

    深まる絶望


    エマが語るには、奈緒は僕と別れた後、親族からなにかしらの報酬を受け取り、今は別の場所で平然と暮らしているという。

    「あなたが一人で傷ついたふりをしている間、彼女は私たちの側で笑っていたのよ」

    エマの言葉は、僕が大切に守ってきた「奈緒との美しい思い出」という最後の聖域を無残に踏みにじる。親族との絶縁という過去の傷に加え、愛の裏切りという新たな毒が僕の全身に回っていく。
    ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

    奈緒  
    貧困と「恩義」という名の鎖

    奈緒は、叔父が経営する会社の中でも最も生活が大変な家庭の娘だった。
    病弱な母の為に医療費で多額の借金を抱えた父親とその娘の奈緒。
    そんな彼女に手を差し伸べたのが、本家の遺産を狙う叔父夫婦だった。叔父は彼女の学費と母親の入院費を肩代わりする代わりに、一つの「仕事」を命じる。それが、本家の正当な後継者である
    「羽室悠真」の監視と、精神的なコントロールだった。

    徹底された「理想の恋人」の演じ方

    彼女は「羽室悠真」に近づくため、徹底的に悠真の好みを調査した。大学の図書館でフタゴムシのページを開いたのも、行きつけの古本屋に現れたのも、すべては叔父の指示による計算された演出だった。彼女にとって「愛」とは、生き延びるための擬態に過ぎなかった。

    「あなたの研究の話、もっと聞かせて」

    その微笑みの裏で、彼女は羽室悠真の精神状態を逐一叔父に報告し、遺産放棄へ追い込むためのタイミングを計っていた。

    芽生えた「情」と、それを上書きする「恐怖」
     
    しかし、共に過ごす時間の中で、奈緒の心には計算になかった感情が芽生え始める。孤独に研究に打ち込む悠真の純粋さに、自分自身の汚れきった境遇を重ね、一時はすべてを打ち明けようとさえ考えた。
    だが、叔父夫婦はそれを許さなかった。彼女の裏切りを察した叔父は、彼女の家族を盾に脅迫を強める。

    「あなたが失敗すれば、お母さんの治療は止まるし、君の父親も仕事が続けられなくなる。さらに借金(学費)も一括で返済してもらわないといけなくなるよ?」

    彼女は悠真を守るためではなく、自分と父と母が生き残るために、悠真を裏切る道を選ばざるを得なかった。

     

    報酬の行方
    悠真と別れた後、彼女は約束を守った事で父親も叔父の会社で働き続けられ、母の治療も続けられる事に。
    現在は別の街で「普通の幸せ」を演じながら生きている。しかし、彼女が鏡を見るたびに映るのは、かつて愛した人を地獄へ突き落とした、冷徹な捕食者の顔である。彼女もまた、一生消えない罪悪感という寄生虫を抱えて生きていくことになった。


    絶頂の頂


    エマは去り際、一枚の古い写真を僕に突きつける。そこには、幼い頃のエマと、若き日の奈緒、そして僕を地獄に突き落とした叔父が、叔父の会社の懇親会で親しげに笑う姿が写っていた。
    東京タワーの眼下に広がる街の灯りは、僕を監視する無数の目に見える。親戚、エマ、そして奈緒。誰もが繋がり、誰もが僕を欺いていた。
    この地上333メートルの孤島で、僕は誰一人信じられる人間がいないことを、本当の意味で理解する。


    [エマの独白:脱皮のあとの静寂]

    東京タワーの雑踏に消えたエマは、一度も振り返らなかった。背負ったバックパックの重みは、物理的な荷物以上に、彼女を縛り付けてきた「家族」という名の呪縛そのものだった。 彼女はそのまま夜の街を歩き続け、増上寺の境内の隅で足を止めた。

    「……終わったよ」

    誰に聞かせるでもなく、彼女は小さく呟いた。 彼女が「僕」に渡した封筒。あれは叔父からの最後通牒などではなく、彼女が父親の書斎から盗み出した、不正蓄財と詐欺の証拠をまとめた告発状だった。 しかし、復讐心に目が眩んでいた当時の僕は、その中身を「敵を討つための武器」としてしか認識できなかった。 エマは自分たちを蝕んできた毒を、その源流である僕に託すことで、この呪われた連鎖を断ち切ろうとしていたのだ。 エマはスマートフォンの電源を切り、SIMカードを抜いて暗い側溝へと捨てた。 親たちは今頃、消えた娘と消えた証拠を追って狂ったように電話をかけ合っているだろう。だが、彼女はもう「駒」ではない。 彼女は近くの公衆トイレに入り、トレードマークだった長い髪を、持っていたハサミで無造作に切り落とした。鏡の中に映るのは、憎悪に燃える少女ではなく、空っぽになった一人の人間だった。

    「お兄さん、あなたはこれからどうするの?」

    自分を「鏡」だと言った男の末路を想像し、彼女は初めて、氷のような微笑を消して、一筋の涙を流した。 翌朝、彼女は始発のバスに乗り、東京を離れた。行き先は決めていない。ただ、誰にも寄生せず、誰からも寄生されない、泥のない場所へ。 彼女の背中は、朝日を浴びて、脱皮したばかりの虫のように、頼りなく、しかし自由だった。


     復讐の鉄塔 ─弔いと断罪の序曲─
      悪魔との契約


    エマが去った後、僕は東京タワーの屋上で、夜の闇に溶けるような絶望の中にいた。
    その時に耳がゾワゾワして脳内を何かがグニョグニョ動いているような感覚に襲われた。
    金、血縁、そして愛。すべてに裏切られた僕の心に灯ったのは、もはや悲しみではなく、どす黒いものだった。

    「すべてを失うなら、【人間(心のある)】である必要さえない」

    自身の良心と未来を

     【悪魔】
    (非合法な手段や、冷酷な復讐者としての別格)

    に売り払う決意をする。

    僕の心が金属のステンレスのように硬く冷たくなっていくのを感じた。
    (温めても温まらずに熱を奪い続ける)
    【赤い血液はドス黒く変色し、目の白い部分まで黒くなってしまったような感覚が】
    しかし、ここで僕が今まで培ってきた理性が働いた。
    【このまま悪魔に成り下がってしまったら誰かれ構わずに見境なくなってしまい関係のない人間まで巻き込んでしまいかねない】
    だから僕は叔父と取り巻きの親族、そして奈緒のみを標的にしぼるのみ。
    かつての温厚な僕は死に親族を根絶やしにするための「修羅」へと変貌を遂げてしまった。


    冷徹なる清算 修羅の孵化(空白の数年) 


     大学中退後、僕は人間としての営みをすべて捨てた。 住む場所は、かつて僕を追い詰めた叔父が用意したあの湿ったアパートよりもさらに酷い、光の射さない半地下の木賃宿だった。 日雇いの重労働で泥にまみれ、身体の節々が悲鳴を上げても、僕は病院へ行く金さえ惜しんだ。その金はすべて、ネットカフェの片隅で金融工学と法律の隙間を独学で叩き込むための「授業料」に消えた。 復讐という名のガソリンが、僕の脳を異常な速度で回転させていた。 空腹に耐えかねて水道水で腹を膨らませる夜も、僕の目には叔父たちの醜悪な笑い声が焼き付いていた。 「お前のせいで両親は死んだ」 その呪詛を逆手に取り、僕は自分を「人間」ではなく、復讐を完遂するためだけの「精密機械」へと作り変えていった。 まず着手したのは、自分という存在の完全な抹消だ。 鏡に映る「僕」の顔は、あまりにも叔父たちに蹂躙された過去の象徴であり、弱さの証だった。僕は海外の闇クリニックを渡り歩き、麻酔も満足に効かない劣悪な環境下で、骨格から変える大規模な整形手術を繰り返した。 腫れ上がった顔で術後の激痛に耐え、血を吐きながら、僕は新しい自分を構築していった。この痛みこそが、過去の自分を殺し、修羅として生まれ変わるための儀式だと自分に言い聞かせた。 同時に、法的手続きを駆使して戸籍を洗浄し、名前を捨てた。 かつての温厚な「僕」は死に、冷徹な数字の塊のような男が誕生した。 元手となる資金は、学生時代から続けていた寄生虫の研究で得た「効率的な捕食」のロジックを投資に応用することで得た。 株やFXの世界は、まさに強者が弱者を食らう寄生と捕食の戦場だった。 恐怖心というブレーキを焼き切った僕の「修羅の心」は、相場の荒波を冷酷に見極め、偶然さえも必然に変えて莫大な利益を積み上げた。 数年後、僕は潤沢な資金力と、政財界の裏まで通じる情報網を持つ「謎の投資家」として、再び東京の表舞台に立った。
    【修羅への第一歩:最初の捕食】
    「九条 凱」としての最初の牙は、かつて父の印刷会社で経理を担当し、叔父に裏帳簿を流した元専務に向けられた。 整形後の顔で正体を隠した僕は、彼が退職金をつぎ込んで始めた小さな運送会社に、好条件の出資者として近づいた。
    『あなたの会社には、拡大のポテンシャルがある』 僕は彼に、甘い蜜のような資金を注入した。それは寄生虫が宿主を太らせ、より多くの栄養を吸い取るための準備に過ぎない。彼が僕を「救世主」と崇め、僕の指示通りに無謀な車両購入と事業拡大に突き進んだ瞬間、僕は全ての資金を一斉に引き揚げた。 連鎖倒産。かつて父を裏切った男が、僕の足元で涙を流し、土下座して許しを請う姿を見ても、僕の心は一ミリも動かなかった。
    『裏切りの味はどうですか? 以前、僕の父が味わったものと同じですよ』
    冷たく言い放った自分の声が、自分のものではないように響いた。これが、僕が人間を捨て、冷徹な投資家という名の「捕食者」へ変貌した最初の成功例だった。
    かつて僕を陥れた親族たちの前に、彼らが喉から手が出るほど欲しがる「餌」を携え、正体を隠した「死神」
    新しい名前の「九条 凱(くじょう がい)」として現れる準備は整った。


    【奈緒への報い 】

    彼女は僕を陥れた後に、北関東の静かな地方都市へと逃げ延びていた。そこで「過去を知らない優しい夫」と、まだ幼い三歳の息子に囲まれ、陽だまりのような小さなカフェを営みながら、絵に描いたような幸せを享受していた。 僕はまず、素性を隠した投資家として、彼女の夫が勤める地元の不動産会社に接近した。言葉巧みに彼を心酔させ、特別な「再開発プロジェクト」という甘い毒を飲ませた。欲のないはずの彼が、愛する家族にさらなる豊かさを与えたいという一心で、僕を信じ切るまで時間はかからなかった。 彼が家族の全財産と、奈緒が大切に守ってきたカフェの土地を担保に、銀行から巨額の融資を引き出した瞬間、僕は裏で手を回してその債権をすべて買い叩いた。そして、彼女が最も幸福の絶頂にいた翌朝、一気に全額回収を宣言した。 家も、店も、夫が築いてきた社会的信用も、僕が指を一つ鳴らすだけで、一夜にして砂の城のように崩れ去った。 絶望に打ちひしがれ、借金取りに追われることになった家族の前に、僕はかつての面影を完全に消し去った、冷徹な執行人として姿を現した。

     「はじめまして、奈緒さん
     九条 凱と申します
     素敵なご家族ですね」  

    僕の声を聞いた瞬間、彼女の顔から血の気が引いた。震える声で
     
    「どうして」

    と繰り返す彼女に、耳元で優しく囁いた。 

    「君が教えてくれたんだよ。愛は寄生虫だって。だから僕は、君の幸せという宿主に寄生して、内側から食い破ることにしたんだ」

      彼女が手に入れた「裏切りの報酬」で築いたささやかな幸せを、法と経済の力で跡形もなく粉砕する。彼女が最後に見たのは、かつての恋人の冷徹な眼差しと、自分を「詐欺師の妻」と罵り軽蔑の目を向ける夫の姿だった。

    架空の愛

    奈緒が結婚した相手は、実は奈緒の父親が借金していた知り合いの息子だった。 
    父親にどうしてもお見合いをして欲しいと泣く泣く頼まれてしまい
    「後で断われば良いから、頼むから顔を立てて欲しい」
    と父親からの願いに奈緒も嫌々ながらも
    父の面子を保つために受けざるをえなかった。
    その後、トントン拍子にお見合いをする事になり
    相手側の両親にも息子にも気に入られてしまい
    後で断われば良いと言っていた自分の父親でさえ
    「二人はお似合いだよ」
    と言いだし、手のひらを返してきた。
    相手の男性も両親も悪い人では無さそうだなという感じはしたのでお見合い結婚をせざる得ない流れとなった。が
    結婚をして子供が生まれたら 
    夫家族は豹変した····
    息子に義理の母親がお菓子を与えようとした時に

    「アレルギーが有るといけないので確認させてもらっても良いですか?」

    と義理の母親に優しく伝えた所、突然豹変した態度になり

    「借金した父親の娘の分際で何を言う」

    「お菓子ごときでアレルギー?」

    と母親に怒鳴られ、私のフォローを求めて夫に目を向けたら夫から追い込まれる様に

    「お前の父親がうちの親から借金しているのにどういう神経しているんだ」

    味方になってくれず、更に突き放された。
    息子を可愛がる義理の母親とその姿を愛おしそうに見ている夫を見た瞬間に分かった。
    ただ跡取りが欲しかっただけなのだという事を知りえた。
    その日から奈緒に対する夫家族の態度は様変わりした。
    息子に対しては笑顔で接し、振り返り私に見せる顔は能面のような無表情で無感情だった。
    小さなカフェを開いたのは奈緒が開きたいと言った訳ではなく、専業主婦なんてしていないで将来の為にお金を稼ぐ行動をした方が良いとの義理の母親からのゴリ押しで奈緒でも出来そうなカフェを開く運びになっていたのだ。

    「借金はあなたの父親のものだから、あなたがこのお店で稼いで返しなさいよ」
     
    義理の母親からの言葉にうんざりしながらも
    黙って頷く事しか出来なかった奈緒の姿が。
    実は絵に描いた幸せなどでは全く無かった
    という事実。

    その後に起きた僕との事件で、奈緒は結婚した相手家族から、さらなる罵詈雑言をあびせられながら生活して、最終的に夫から

    「離婚届けを書け」

    と脅されるように伝えられ、奈緒が

    「子供の親権は?あの子は私が育てないといけない」

    と伝えるも
    夫は

    「今の事態に陥った原因って何だっけ!」

    と軽蔑の眼差しと恫喝するように言い放たれ
    奈緒も

    「それは···ごめんなさい、申し訳ありませんでした」

    と謝るも
    夫の目は腐った嫌なものでも見るような感じの態度で

    「今すぐ、書け」

    と怒鳴り壁を叩いた。
    奈緒は恐怖で震えながら受け取り、震える手で
    離婚届を泣く泣く書いていた。

    その後奈緒は離婚をして家を追い出されて、愛する子供と生活する事も出来ず引き離されてしまい、絶望に引き裂かれた奈緒は最期は自らの命を絶ったという事実が····

    その話が後日、僕の耳に入ったが「修羅」と化した僕はもう、何も感じる事は無かった。

     
    【共食いの宴】

    叔父以外の親戚たち——僕の両親を嘲笑い、遺産の残飯に群がった叔母や従兄弟たちへの復讐は、より残酷で、より「寄生虫的」な手法を選んだ。 僕は彼ら一人ひとりに、異なる「独占的」な投資案件を持ちかけた。ある叔母には

    「他の親族には内緒だが、本家の隠し資産を還元するスキームがある」

    と囁き、別の従兄弟には

    「叔父が独り占めしている資産を奪還する協力をしてほしい」

    と偽の証拠を握らせた。 彼らの根底にあるのは、他者を出し抜いて自分だけが肥え太りたいという浅ましい「欲」だ。 僕が仕掛けた偽の情報は、親族間という閉鎖的な生態系の中で、疑心暗鬼という名のウイルスとなって増殖していった。

     「あいつが裏で僕の取り分を減らそうとしている」

    「あの叔母は、叔父と結託して私を嵌めようとしている」

    かつて僕という共通の敵を叩くために結束していた彼らは、今や互いの喉元を食い破ろうとする獣へと成り下がった。 法事の席や親族会議の場は、罵声と怒号が飛び交う修羅場と化した。僕はその様子を、投資家という安全な特等席から眺めていた。彼らが互いに民事訴訟を起こし、隠し事を暴き合い、最後には全員が破産と絶縁という破滅へ向かうよう、背後から糸を操り続けた。 かつて僕の家庭を壊した彼らが、今度は自分たちの手で、自分たちの血縁をズタズタに引き裂いていく。その光景は、一つの死体に群がった寄生虫たちが、食い扶持がなくなって互いを喰らい合う、醜悪な共食いの宴そのものだった。


    絶頂  叔父への審判


    そして、主犯である叔父。僕は彼を単に破産させ、社会的に抹殺するだけでは満足しなかった。彼が最も執着した「支配」と「健康」を、内側から食い破る必要があった。
    僕は、叔父の羽室征ニが全幅の信頼を寄せる主治医、佐藤内科クリニックの院長・佐藤和夫に狙いを定めた。

    都心の一等地にある会員制のバー。琥珀色の液体が揺れるグラスを前に、僕は「九条凱」として彼と対峙した。表向きは新薬開発を手掛ける投資会社の代表だが、僕の手元には彼の「裏の顔」を記した分厚い調査報告書があった。

    「佐藤先生、お疲れのようですね。経営難に喘ぐ地方病院への多額の寄付、そして……ご子息の海外留学費用。立派な父親を演じるには、今のクリニックの収益では少々心許ないのではありませんか?」

    僕が静かに告げると、佐藤のグラスを持つ手が微かに震えた。彼は動揺を隠すように鼻先で笑ったが、その瞳には明らかな恐怖が宿っていた。

    「……何の話だ。君のような若造に、私の何がわかる」

    「わかりますよ。あなたが『善医』という仮面を維持するために、どれほど汚れた金に手を染めてきたか。そして、叔父である羽室征二が、その弱みを握ってあなたをどれほど安くこき使ってきたかも」

    僕はテーブルの上に、一通の小切手を滑らせた。そこに記された数字は、彼の借金を一瞬で清算し、余生を遊んで暮らせるほどの巨額なものだ。佐藤の目が、吸い寄せられるようにその数字に釘付けになる。

    「これは前払いです。叔父はあなたを信じ切っている。彼にとって、あなたの言葉は神の宣告も同義だ。……彼に『偽りの絶望』を与えてほしい。最新の検査結果を偽造し、膵臓の末期癌だと告げるのです。余命は三ヶ月、手術不能と」

    「そんな……それは医師としての死を意味する! 犯罪だ!」

    「いいえ、救済ですよ」

    僕は身を乗り出し、彼の耳元で呪文のように囁いた。

    「叔父は寄生虫です。あなたの人生を食いつぶし、都合よく利用してきた宿主だ。その宿主を切り離し、あなたは自由になる。この金があれば、誰に頭を下げる必要もない。……それとも、このまま叔父の影に怯え、破滅を待つ道を選びますか?」

    佐藤の額から脂汗が流れ落ちる。僕は彼の肩に優しく手を置いた。その手は氷のように冷たかったはずだ。

    「先生、あなたは悪くない。人間はミスを犯す生きものです、どんなに優秀な人間だとしても。誤診で末期癌の宣告をしたとしても何も問題は有りませんよね……実際に末期癌ではないのだから。誤診として何の罪にもとらわれないし。さあ、そのペンを取って、新しい人生にサインを」

    数分の沈黙の後、佐藤は震える手で小切手を掴み、深く項垂れた。その瞬間、一人の医師が死に、僕の忠実な「共犯者」が誕生した。彼の良心を金とで塗りつぶすのは、拍子抜けするほど容易いことだった。


     数日後、叔父の羽室征二は、佐藤のクリニックの診察室で「死」を宣告された。  「……膵臓です。それも、かなり進行している」  佐藤の乾いた声が、静まり返った室内で異様に響いた。叔父は最初、冗談を言われたかのように鼻で笑ったが、突きつけられた精巧な偽造データと、佐藤の見たこともないほど沈痛な面持ちに、次第に顔から血の気が引いていった。  「嘘だ……何かの間違いだろ? 金ならいくらでも出す。最高の病院を紹介しろ!」  「手遅れなんです、羽室さん。余命は、持って三ヶ月……」  診察室を出た叔父の足取りは、生まれたての小鹿のように覚束なかった。支配者として君臨し、他人の人生を食い潰してきた男が、初めて「自分が食われる側」になったことを理解した瞬間だった。  そこからの叔父は、まさに迷走を極めた。  彼は死の恐怖から逃れるため、あらゆる人脈を使い、高額な民間療法や怪しげな聖水にまで手を出し始めた。しかし、彼が頼ろうとした親族たちは、僕が仕掛けた「共食いの罠」によって互いを疑い、叔父の窮地を救うどころか、弱り目にたたり目とばかりに資産を奪い合う準備を始めていた。  
    「誰も信じられん……誰もが私の死を待っている!」  孤独と恐怖という寄生虫に内側から蝕まれ、叔父の精神は急速に崩壊していった。そんな折、彼は佐藤から「ある人物」を紹介される。  
    「羽室さん、最後の手助けです。政財界に太いパイプを持ち、未承認の画期的な治療薬を独占している投資家がいます。九条凱という男です。彼なら、あるいは……」
     藁にもすがる思いで、叔父は指定された廃墟のようなビルの一室へと向かった。


    【ドクン】

    薄暗い廊下の突き当たり、重厚な鉄の扉を叔父が震える手で押し開ける。部屋の中は、窓からの月光と数台のモニターが放つ青白い光に満たされていた。 革張りの椅子に深く腰掛け、背を向けて座っている男がいる。その男こそが、死の淵から自分を救い出してくれる唯一の希望、「九条凱」だと叔父は信じて疑わなかった。 「九条……さん、ですね。佐藤先生から伺いました。どうか、私を助けてください。金なら、いくらでも払う!」 叔父の悲痛な叫びに、椅子がゆっくりと回転する。 逆光の中に浮かび上がったのは、かつて自分が嘲笑い、踏みにじり、すべてを奪い去ったはずの甥の面影を、冷徹なまでに研ぎ澄ませた男の顔だった。

    と叔父の胸が、恐怖と驚愕で大きく跳ねた。自分が「救い」だと信じて縋っていたのは、かつて自分が踏みつけ、寄生しようとした甥そのものだったのだ。

    「あなたが飲んでいたのは、癌の薬じゃない。僕の憎しみを精製した毒だ。あなたは自分の全財産を払って、自分の体を壊す毒を買っていたんだよ」

    叔父の顔が、更に絶望と苦悶に歪んだ。心臓が限界を迎え、彼は喉をかきむしりながら床を這った。その姿は、宿主を失い、乾燥した地面で干からびていく寄生虫そのものだった。叔父は僕の靴を掴もうとしたが、その指先が届く前に、心臓発作の激痛の中で息絶えた。

    僕はかつての叔父の娘のエマの存在さえも利用し、彼に直接手を下すことなく、ただ「欲」と「恐怖」という名の寄生虫を植え付けることで、彼を闇へと葬り去った。


    結末:漆黒の景色


    復讐を遂げた僕が再び訪れたのは
    サンシャイン60。
    東京タワーや都内を一望出来る。
    足元に広がる街の灯りは、僕が滅ぼした人々の断末魔のように赤く点滅している。復讐は終わったが、売ってしまった魂はもう戻らない。
    隣に立つ者は誰もいない。かつて僕を愛した人も、僕を憎んだ人も、すべて僕自身の手で地獄へ送った。
    僕は、返り血のような夜景を見下ろしながら、独り、勝利という名の永遠の孤独に酔いしれていたが・・・

    ふと窓の外の夜景を眺めようと目を向けたら・・・
    ガラス窓の外にほくそ笑んだ、死んだはずの叔父の姿に身体が強張った

    〚えっ?〛

    一瞬、ゆっくり目を瞑り一呼吸してから再度
    目を開きもう一度、夜景を眺めようと
     
    〚幻覚か?〛
     
    目を見開いて見たら

    【死んだはずの亡き叔父の姿】

    が写っていた、何度目を反らし、目を瞑り見直して

    も死んだはずの叔父の姿・・・

    何故に叔父の姿が見えるのか?

    〚ま、まさか亡霊か?〛

    混乱し、取り乱しそうになるが

    「う、嘘だろ・・・」

    その姿が僕自身・・

    なのだと僕は認識してしまった・・

    その瞬間に身体が吐き気を催した
    頭の中でまた、何かがグニョグニョ動いているような感覚がしていた
    吐き気を催すほどに嫌いな人間だった
    その人間と同じ過ちを犯していることに、今さら気づいてしまった。
    同じ血筋だからか?
    同じ人間になってしまったのか?
    同じ過ちを・・・・

    悔やんで悔やんでも悔やみきれない

    走馬灯のように今まで出会った
     
    人間の顔達が浮かんできた

    良い思い出 楽しい思い出

    辛い 悲しい 憎悪の心


    地獄へ突き落とした人間の顔が・・・
    奈緒の顔が・・・
    その時、脳裏に声が響いた。 あの別れの日、背を向けて去っていく彼女が、僕に聞こえないほどの小声で、泣きながら呟いていた言葉。
    「……ごめんね。こうするしか、あなたを逃がしてあげられない」
    あの
    「寄生虫みたいに重い」
    という言葉は、僕を自分から、そして叔父たちの魔の手から遠ざけるための、彼女なりの必死の擬態だったのだ。 彼女もまた、家族の命を人質に取られ、僕を裏切るフリをしながら、僕を守ろうとしていた。 僕が「復讐」の名の下に踏みにじった彼女の今の幸せは、彼女が地獄のような罪悪感に耐えてようやく手に入れた、家族のための平穏だった。 それを、僕は内側から食い破った。 愛されていた。
    僕は、確かに愛されていたのだ。
    世界でたった一人、
    僕を救おうとしていた人を、
    僕は自らの手で地獄へ突き落とした。

    「悠真」
    「ごめんなさい」
    「ごめんなさい」
    「ごめんなさい」

    追い詰められて自らの命を絶った奈緒の謝る声が、幻聴となって耳にこびりつく。 

    この瞬間に冷徹で非情な【修羅】から以前の【僕】へと 戻してしまった。

    僕は最期にすべきことを悟った。

    《ハリガネムシがカマキリに寄生して水に飛びこませるように》

    展望台の柵を越え、眼下に広がる池袋の夜へ身を投じた。
    その瞬間に僕の耳から何かが抜けた感覚が···

    落下する僕の姿が、ビルのガラスに映る。そこに映っていたのは、嫌っていた叔父の顔などではなく、修羅と化した時の僕の顔でもなく、大学生の頃の何も知らずに奈緒との将来を夢を見ていた頃の僕の顔だった。


    【終焉】

    (※以下、あとがき)



    あとがき


    私は高校を卒業して上京し、当時19歳の頃に夢を実際に追いかけていた時に目黒の寄生虫館に同じ志の友達と見学しに行きました。寄生虫館の見学後にたまたま目黒から見えた東京タワーに『東京タワー行った事有る?』という友達との会話になり『遠目で見るだけで間近で見た事は無いね』と言う会話から、実際に東京タワーを目指して歩きました。
    (あの当時はまだスカイツリー等なく東京のランドマークだった頃です)
    当時は、スマホは無くガラケーもより初期のものでした通話とメールのみ。地図も持たずに目指しました。近づく程に見えなくなる東京タワーに高い場所や見晴らしの良い場所を探しながら歩きました。
    夕方5時過ぎに到着し、真下から見上げた夕陽に照らされた東京タワーは今でも目に焼き付いています。

    この話をもとに、AIに物語の色付けと肉付けを行ってもらい完成させました。AI、すごい。

    #創作大賞2026
    #エンタメ原作部門

     
     

    hkp

     
     
    基本、自分の体験談を書いております

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