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Photo byredbandit

北インドの山奥で、ガチの修行僧の集いに紛れ込んでしまい、その中にいた明らかに悟って覚者となったっぽい人と対峙したときの話


    #創作大賞2026 #エッセイ部門

    インドには、普段は一切人里に降りてくることなく、ヒマラヤの奥地でひたすら修行をしている仙人のような人達が存在している

    しかし12年に1度、ある祭りのために、ひたすら修行に励んでいる修行僧が人里に降りてくることがある

    その祭りの名はマハクンブメーラといい、インド中にいる修行僧(サドゥーと呼ばれている)がインド全土から集まって来て、存在を確認しあったり、一緒に過ごしたりする

    修行僧と、その珍しい光景を見るために集まる一般の人を含めると、2億人〜4億人というとんでもない人数が集まる、ものすごい規模の集会だ

    その年はハリドワールという、ガンジス川の中流の町で、その祭りが開催された

    その祭りが終わった後、地球の歩き方の地図に地域ごと名前が伏せられたある場所に、ヒマラヤの奥地に帰っていく前の、祭り帰りのガチ修行僧たちが集う温泉がある

    インドの奥地を目指して旅をしていた私もまた、その温泉にたどり着き、偶然にも修行僧たちの集いとタイミングが重なった

    その地方には四つの町があり、最後の四つ目の町から歩いて5時間ほど行ったところに山の中腹に作られた、小さな里がある

    その小さな里の一番高いところから温泉が湧き出しており、その温泉水を堰き止めて作られた大浴場が里の上の方に作られている

    そして大浴場の大きな湯船から溢れたお湯を使って、下の段でシャワーのように水を浴びることができる

    私がそこに辿り着いたとき、何人もの修行僧がそのシャワーを使用しているのを目撃した

    彼らの髪の毛は全員が全員、2メートルぐらいの長さのドレッドで、その紐状の髪の毛をグルグル巻きにして頭に乗せている

    何人もの修行者が横並びになっているから、これからそのグルグル巻きを解くもの、2メートルぐらいありそうな紐状のドレッドを洗うもの、頭と髪の毛をものすごい速さでグルグル振り回して水気を飛ばすもの、その勢いを利用して頭を振り回しながら、頭の上に巻き巻きドレッドを作るものがいて、スペースが空くとまた次の修行僧がその一連の動きをし始める

    まるで修行僧の博物館に来たみたいに、同時進行で、修行僧の髪の毛の手入れの全ての工程が見られた

    しばらく見学をした後、私も横並びになって頭と身体の汚れを落とし、大浴場で修行僧達と混浴をした

    何も隠されることのない大浴場から里が一望できるため景色を楽しんでいると、温泉から出たほとんどの修行僧たちが、ある建物に吸い込まれるよう入って行っていることに気がついた

    温泉から出て、里の中心部へと向かう道中、その建物の中を覗いてみると、温泉あがりの修行僧たち15人ほどが一つの大きな輪となって座っている、何とも不思議な光景を目にした

    不躾にもその不思議な光景に釘付けになっていると、一番奥に座っている、明らかに一番存在感のある修行僧がこちらに気がついた

    目が合った瞬間、薄暗い部屋なのに何故かその修行僧が光り輝くように見え、包み込むような優しい雰囲気を纏いながら、自分の隣りのスペースを見た後、またこちらを見た

    こちらへ来なさい

    すぐそばで日本語でそう言われているような不思議な感覚になりながら部屋に入ると、周りの修行僧達も私に気がついた

    明らかに場違い

    それはお前も分かっているんだろうと言わんばかりの雰囲気を向けてくる者がいたり、ネガティブもポジティブもなくただただ真っ直ぐ見つめてくる者がいたり、一瞬怪訝そうな雰囲気を纏って、すぐに興味を失ったように隣りにいる修行僧と会話を再開したりする者がいたりで戸惑っていると、

    隣りにくるように誘ってくれた修行僧の方から存在感の光のようなものを感じてそちらを見ると、

    大丈夫、さあこちらへ

    と言わんばかりに、またもや優しさとぬくもりのオーラで包み込まれるような感じになって守られたかのような感じになった

    やはり招いてくれている

    そう思ってその修行僧の隣りに座った後、お礼を言って彼の目を見ると、吸い込まれそうな、いつの間にか違う空間に瞬間移動したような、不思議な感覚に陥った

    とたんに、この瞬間まで何の根拠もないのに謎の自信を持って、ただただこの世界に居座るように生きていて、でも実はこれまでに自分と真正面から向き合わずに現実逃避をしてきて、自分は目標もなくただ生きているという想いが湧き上がってきて、まるで思春期の少年のような不安定さになり、情けなくて恥ずかしくなった

    大丈夫 何も心配いらない

    修行僧の方を見て、再び目が合うと、その修行僧の目の中に空間があって、いつの間にかその空間に入ってしまったような、自分の目線がその修行僧からの目線になって自分のことを見ているような、先程よりももっと深い不思議な感覚になった

    大丈夫 何も心配いらない あなたはここに居てもいい それはこの場所のことだけじゃない あなたは意味があって常に存在している

    ありがとうございます 安心します でも私はあなたの目を見た瞬間に自分の存在価値が薄れたように、自分のことが恥ずかしくなりました

    分かっている あなたはこれまで自分自身の魂に意識を向けることなく、自分以外のものに目を向け、比較し、優劣や損得を大切にしてきた しかし今、存在するとはどういうことかを体現している者と出会い、これまでの価値観が崩れようとしている これはあなたにとって素晴らしいことなんだよ

    分かりそうなのに、多くの疑問があるせいか、すんなり受け入れることができません 自分以外のものに目をむけるのはダメなことなんでしょうか?

    だめではない そうしたければすればいい それはあなたの自由だ どう在りたいか どう在るのか それだけだよ

    それではなぜ、私がこの部屋に入ってきた時、あなたは私を歓迎してくれたけど、この部屋にいる人たちは、歓迎していなかったり、嫌な空気感をぶつけてきた人がいたのでしょうか 彼らも修行をしているだろうけど彼らにとって私は自分以外のものなのに、山奥で修行をして自分と向き合ってもあなたのようになれるとは限らないんじゃないですか?

    彼らのことは彼ら自身が決める 彼らもまた自由に自分を生きているからだ そして彼らがあなたを歓迎していなかったというのは、もしかしたら単なるあなたの思い込みという可能性も大いに在り得る あなたはあなたの見たいように世界を見ている あなたの認識があなたの世界を作っているんだよ 本当のところ敵はいない だから大丈夫なんだよ

    それはあなたが彼らを信用して彼らに優しい温かい雰囲気を向けているし、彼らもあなたの存在感を認めているように見えます そのような関係性があるからそう言えるだけなんじゃないですか?

    その通りだよ わたしの在り方がわたしの見える世界を作る あなたの在り方があなたの見える世界をつくる 在り方は、自分が世界に対してどのような認識をもっているのかで示される 彼らがはじめから一切拒絶していなかったとしても、あなたがそう思い込めばあなたの頭にはその世界が写し出される あなたがどのように在るか、それがあなたがどのような世界を見るか、どのような世界で生きているかと関係している 全面的に信用してごらん 全て大丈夫なんだよ

    頭ではすごくシンプルでかつレベルの高いことを仰られてると思うのですが心の奥まで落とし込めないです あなたは全て大丈夫というけど、わたしには色々なコンプレックスがあります 普段はそんなこと気にしていないし、いつの間にか忘れたことにしてそれに慣れてしまっていたけど、これまでの辛い経験のせいでわたしは周りの人を全面的に信用するなんてことをできなくなっているんじゃないかと思います 全て大丈夫と思いたいけどどうしたらそう思えるのか分からないです

    そう だから我々修行僧は山奥で修行をしているんだよ 何も特別な超能力を使えるようになるために山奥に篭っているわけではない 今世だけでなく、これまでの数えきれない人生で作った心の結び目と向き合うために、物理的にも精神的にも、自分という枠組みの中にある全ての原因と再び出会い、より純粋になっていく そして全ては自分の認識が世界を歪めていたことを知る はじめから大丈夫だったんだと知る そしてそれはいつでもそのことを受け入れた瞬間から取り入れることのできる真実なんだよ

    それではそう思いさえすれば修行なんていらないということになるんじゃないんですか?

    その通りだよ あなたのしたいようにすればいい 心の表面でそう思うことだけでもあなたの助けになる しかし実のところあなたも言ったようにこれまでのコンプレックス、心の傷だと思い込んでいる考え方の癖、それによって出来上がった認識は心の一番深いところから積み上がってできている どの段階、どの深さであれ、自分の認識が世界を歪めていることを知ることはあなたの助けになる 全ては自分次第 それなら大丈夫だとはじめから知るほうがいい そして修行者はそれを表面的にそう思うだけでなく、体感をもってより深く経験していく

    それでは深いところの認識が薄れたとして、何がどうなったら深いところから大丈夫だと思えて、そのように安心できるのでしょうか?

    それにはまず認識が薄れるということがどういうことかを知る必要がある それは、対象に対して良い悪いのジャッジがなくなる、薄くなるということなんだよ 

    詳しくいうと、目で見える世界、耳で聴こえ、鼻で香り、舌で味わい、肌で感じる感覚の良い悪いの他に、心で想うことの良い悪い、心に連動して身体の内側に現れる感覚の良い悪い、荒い感覚、微細な感覚に対する良い悪い、大変心地のいい快感に対する良い悪い、心の奥底に眠る自身の内側の最も汚い部分に対する良い悪い、静けさの世界、空の世界、それらすらなくなった領域、そうなりたいとおもう欲求、前にした体験をまた求める欲求、そうならないことで産まれる感覚、それらが叶ったときに産まれる感覚、それらすべてのことに対する良い悪い、その全てがなくなる、薄くなるということだよ

    どの段階だとしても、私が私だと思い込んでいたものが、自分の認識による思い込みであったことを知る 私は誰か これまで私だと思っていたものではない これこそが私だと思い込んでいたその認識こそが私を苦しめていた元凶だと知る そうなると私というものがなくなる そもそも守られるもの自体がない そこに苦しみはない しかしそれは確かめたからそうなったのではない 実は誰でも、知覚できていないだけで、紛い物の思い込みの不純物的私の裏側には、常に純粋なワタシがいる

    暗い部屋のロープを蛇だと思い込んで不安になっていたけど、電気をつけてそれがただのロープだとわかると、それ以上ただのロープに怖がることはない そしてロープは電気をつける前からずっとロープだった ワタシはあなたに、暗くて見えていないけど、それはただのロープだから大丈夫だよと言っている

    何となく分かったような気がします でも蛇じゃなくてロープだったのを確認したわけではないから、またいつの間にか思い込みの世界にどっぷりはまってしまいそうです

    つかめてきているね 自分ではまだ確認していないけど、真実を語っていそうな者の考え方を受け入れること それを信仰というんだよ 真実に触れ続けるには、強い信仰心を持つか、修行により体験から知恵を得ることで自ら暗闇を照らす灯りとなるか、そのどちらかしかない

    なんとなく話しの筋が見えてきたところで、インドの修行僧が好むチラムが回ってきた

    チラムとは、筒状の陶器の器具の中に大量のタバコと大麻樹脂を固めたものを混ぜて火をつけ、大量のニコチン成分とTHC成分を一気に吸い込むことで、通常の意識に変化をもたらす一種の宗教的儀式である

    他の修行僧たちはおそらくほとんど全員がチラムを吸っているけど、招いてくれた修行僧は吸っていないから、吸わない方がいいのか確認した

    わたしにはもう必要がらなくなっただけだよ チラムは修行をする者にとって精神に良い作用をもたらすけど、あなたにとって必要だと感じるなら受け入れればいいし、必要ないと思うのなら受け入れなければいい

    修行者でもないのにまだ完成されていないから必要だということに無意識的に決めて、受け入れる選択をした

    勢いよく煙を吸い込むと、大量のニコチン成分のせいか、毛細血管の隅々まで血液が重くなるような感じがして、1分程全ての身体中の回路が閉じられたような感覚になった

    そして閉じられた回路が少しずつ回復していくのと同時進行で、おそらくTHC成分が作用して、日本酒で酔っ払ったときのような、意識が底の方から揺れているような感じで、思考のまとまりが崩壊して意識が揺れる波のように変化したような感覚に支配された

    それまでの崇高そうな話しを、自分の中にどう落とし込むかといった高度な思考のことはもう何も考えられなくなり、修行に興味が出てきたけどどうしたらいいのかを聞くために思考を整理することも最早できなくなってしまった

    チラムは3回で1セットのセッションとして捉えられているらしく、3回繰り返すことで本当の効果が得られるし、またそうすることが礼儀でありマナーだと考えられているらしい

    もう何も考えられなくなり、揺れる意識の中で精神的につらい感じの感覚が内側から湧き起こってきそうになるのに耐えていると、2回目、3回目のチラムが回ってきた

    3回めを終え、もう最早何がなんだか分からなくなり、座っていることさえままならなくなってしまった

    精神はブレにブレ、先程真実のようなことを語ってくれた修行僧からの偉大なオーラのようなものを感じられなくなり、周りにいる修行僧たちのことを真っ直ぐに修行をしていてすごいと過剰に尊敬しだして、それに伴って自分のことを情けなく思い、歪で弱いダメな存在だと思い込んだ

    普段は気丈に振る舞っていて、どんなことでも経験したいという好奇心を持っているかに見えていた自分が、実はこんなに情けない存在だったのかと、これまでに経験したことがないほどの絶望感に襲われ、現実を叩きつけられたような想いになった

    認識が思い込みを作っている たった今教えてもらった崇高な真実は、正体を現した弱くて情けない自分には、深いところと立ち向かう為の武器にはならず、ただの思考遊びの代物へと成り下がってしまった

    情けなくなりすぎて、最早その場にいること自体、耐えられなくなった

    心の奥のかなり遠いところから微かに、こんな貴重な出会いはもうなかなか訪れない、修行をした方がいい、逃げるなという声が聞こえた気がしたけど、情けなさすぎて自分の存在が恥ずかしいと思う想いに圧倒されてその場から離れる選択をした

    また明日来よう

    そう思って、招いてくれた修行僧に礼を言い、修行僧の集う小屋から出て、里に向かった

    翌る日、事前にとっておいたテント宿の中で目が覚め、頭が通常の状態に戻っていることを自覚して、また温泉近くの修行僧の集う小屋に行ってみた

    しかし小屋にも、その上にある温泉にも、最早一人の修行僧もいなくなっていた

    千載一遇のチャンスを逃してしまった

    人生の中であのように本気で悟っていそうな覚者と出会うことは、ほとんどないことだと思う

    おそらくもう旅立ってしまったのだろうと諦めて、再度温泉に浸かりながら、修行僧が教えてくれたこと、自分の身に起こったこと、起こらなかったことを振り返ることにした

    それにしても、あの時チラムさえ吸わなければ、いや、そのままあの場に留まり、どこまでも付いていくぐらいの気概があればと後悔の念が湧いてくる

    偉大な修行僧に真実を教えてもらい、宗教儀式とはいえドラッグを接種したことで、存在自体が恥ずかしいと思うぐらい情けなくなった

    しかし、昨日の情けない自分のことを、ただ単にドラッグによって偽りの自分を経験しただけのこととは、到底思えなかった

    むしろあの状態こそが、普段は心の奥底に押し込めている自分の真の姿で、シラフの通常の状態の方が偽りの自分なのではないかと感じた

    そしてその真の情けない自分は、他人と比較をする価値判断をベースに成り立っていて、本当の心の奥底を見ないようにするために、その場から逃げることで、情けない自分を全力で守り、成長する機会を棒に振ってきたのではないかと思った

    あのとき、自分で情けなさを自覚したのはチラムを吸ってからだったけど、おそらくチラムを吸う前からあの修行僧には全てお見通しで、その上で自分の思い込み、認識が全てを作り上げているという真実を教えてくれていたんだと思った

    用法用量 

    普段とは違う感覚を楽しむドラッグとして遊びで使うこともできれば、宗教儀式の祭具として、普段とは違う感覚によって心の奥底の部分と強制的に出会うための精神的な薬として使うこともできる

    あの場でもしもチラムを吸わなかったらもっと話を聞けたし、本当に覚悟ができているかは分からないけど弟子にしてもらう流れもあったかもしれないと後悔しかけたが、チラムを吸って情けなさを自覚するところまでが教えだったのかもしれないと思った

    そのあと耐えきれなくなってその場から立ち去ったことが、自分の奥底の情けなさを受け入れることが出来ない、隠された逃げ癖を現しているのではないかと思えた

    私はこうだという思い込み、見えている世界はこうだという思い込み、心の奥底でしている比較による強烈なジャッジ、深いところから積み上げられた心の癖、これまでに作り上げたすべての認識が、自分が見ている世界を作っているという真実

    思い込みで作られた世界はまやかしで、わかってしまえば何の問題もなく、全部大丈夫なんだと分かる

    それらの教えてもらった真実のようなものを信仰し、自分と対話し、向き合っていくことで自分を掘り下げていく 師匠に修行をつけてもらうことは出来ないけど、この出会いを無駄にしたくないと思った

    この先どれだけブレても、一時の間真実も、この出会いのことも忘れてしまうことがあっても、気がついたらジャッジなく、またこの探究の道に意識を向けていく

    自分自身で暗闇に明かりを灯していきたい

    そういう人で ワタシは在りたい


     
     
    旅の記録をゆるりと記していきます。 海外、日本の色々な所を巡り、様々な不思議体験や不思議な出会いを経験しました。 近年は瞑想にはまり、自分の内側の旅へシフトチェンジしました。多動な面があり連続投稿できないこともありますが、ゆるりとお付き合いさせて頂けたら嬉しいです。

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