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不登校から難関国立大学受験へ―親子で歩んだ記録|娘のASDと、私が乗り越えたパニック障害


はじめまして

この場所に来てくださって、ありがとうございます。

ここでは、これまで経験してきたこと、
そして、そこから乗り越えてきた道のりを綴っています。


娘が高校生の頃、私たち親子には、
3年間にわたる不登校の時間がありました。
そこからもう一度、学校へ、そして受験へと歩き始めました。


やがて娘は受験に挑み、
難関国立大学に合格し、大学院へと進みました。


けれど、その道のりは、苦しいことの連続でした。
悩んで、迷って、何度も心が折れそうになりました。


不登校のさなかは、親子で何度もぶつかり、
何をしてもうまくいかないように思える時間でした。

世の中に、こんなに苦しいことがあるなんて、想像もできませんでした。


休ませる選択や、学校以外の道に迷いながらも、
「学校へ戻したい」「受験までたどり着きたい」
という思いを持ち続けてきました。

「きっと、いつか自分の力で動き出せる時が来る」
そう信じて、その時々を必死に乗り越えながら、踏ん張って、ここまで歩んできました。


その先に、大学合格と、不登校を抜け出す道がありました。



娘は、大学院生になってから、ASDだと分かりました。

振り返れば、幼い頃から、娘の個性をどう受け止めればいいのか分からず、悩むこともたくさんありました。

ASDだと分かってから、これまでの出来事の見え方も変わりました。


私自身は、これまで不動産の仕事をしてきました。

子育てが一段落したら、宅建士として第二の人生を歩むつもりでいました。


けれど、その思い描いていた未来は、
不登校をきっかけに大きく変わりました。

新たな一歩を踏み出そうとしていた、まさにその頃、
不登校と受験、そして親の介護が重なりました。
 


人生、思い描いていた通りには進みませんでした。

悔しさも残りましたが、その分の思いを、精一杯家族に向けてきました。


私は、パニック障害にも苦しみ、回復までの長い時間を歩いてきました。

その経験が、不登校の子どもと向き合う中で、思いがけない形で重なる場面がありました。

私にとって、

パニック障害は死の恐怖。

不登校は、絶望。

どちらも、抜け出すまでには長い時間がかかりました。

こうした経験を通して、私自身、物事の見え方はずいぶん変わりました。

娘にとっても、困難を自分の力で乗り越えたことは、大きな自信として残りました。


noteでは、
不登校から大学受験まで、娘とともに歩んできた日々。
ASDとは知らないまま、娘の個性と向き合ってきた日々。
そして、
私自身のパニック障害から回復するまでの道のり。

そんな経験を中心に、日常のことも書いています。


今の私は、当時の苦しさからすっかり解き放たれています。

あの頃を、冷静に振り返っています。

専門的なアドバイスではなく、

少し先を歩く人の姿に、救われました。


試行錯誤に費やす時間が、少しでも短くなるように。
そんな思いを込めて、
この経験を残したいと思います。




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