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䞍登校 ストヌリヌ【あずがき】䞀組の芪子が歩いた䞉幎間――今思うこず

    ここたで曞いおきたのは、
    䞀組の芪子が実際に歩いた、䞍登校の䞉幎間です。

    あの頃、芋えなかった先を、
    今は振り返る堎所にいたす。


    子育おの先に、こんな時間が埅っおいるずは思っおもいたせんでした。

    蚀葉にするなら、
    私にずっおの嚘の䞍登校の時間は、

    地獄 絶望
    それ以倖の蚀葉が、今も芋぀かりたせん。

    この先に、未来なんお芋えたせんでした。

    色のない䞖界を歩いおいるようでした。

    身䜓の䞭に収たりきらない苊しさを、どこぞ持っおいけばいいのかも分かりたせんでした。


    䜓隓の䞭にあるもの

    䞀人の子どもの䞍登校を経隓したからずいっお、䞍登校ずいう倧きな䞖界を語れるものではありたせん。

    自分の子どもが䞍登校を経隓したからずいっお、䞍登校のこずなら䜕でも分かるわけはありたせん。

    䞍登校ずいう倧きなくくりの䞭に、
    すべおの芪子に圓おはたる䞀぀の答えがあるわけでもありたせん。

    もし、誰にでも圓おはたる解決の圢があるなら、これほど倚くの芪子が苊しみの䞭にはいないず思うからです。


    それでも芪は、䜕ずかしたくお、
    どうすれば䞍登校の解決に繋がるのか、
    その答えを探しに行きたす。

    「人の䜓隓談なんお、参考にならない」
    そんな颚にいう人もいたす。

    けれど、私にずっおは、それこそが必芁でした。

    私自身が欲しかったのは、
    倚くの共感を集める情報ではなく、

    「自分たちのような芪子も、いたんだ」
    ず思える、䞀぀の珟実でした。


    倚くの人に必芁なものではなくおも、
    同じような道を歩いおいる人にずっおは、
    ずっず探しおいた情報かもしれない。

    人は、䜕をきっかけに状況が倉わるか分かりたせん。


    私自身の心を動かしたのは、ほかの䜕でもない、
    私より少し先を歩いた芪子の姿でした。


    経隓の近さで届くものがある

    同じ䞍登校を経隓しおいおも、
    幎霢も、眮かれおいる状況も、考え方も、望むこずも、それぞれ違いたす。

    同じ悩みを抱えおいるからずいっお、
    すべおを分かり合えるわけでもありたせん。

    それでも、経隓が近いからこそ、届くものはあるず思いたす。

    たったく同じケヌスなどどこにもないけれど、
    同じような道を歩いた人の䜓隓の䞭になら、
    䜕か自分に重なるものが芋぀かるかもしれない。

    誰かの䜓隓の䞭に、
    自分たちの答えそのものはなくおも、
    垌望のかけらはあるかもしれない。


    そこから䜕か䞀぀でも拟うこずができたなら、
    もう䞀床、気持ちを立お盎すきっかけになるかもしれたせん。


    嚘がただ先を芋るこずができなかった頃、
    先に垌望を持ったのは、私でした。
    その先に、わずかでも光が芋えたこずで、
    私はもう䞀床、前を向くこずができたした。


    垌望は、子どもより先に、芪が持っおもいい。
    芪が持った小さな垌望が、
    芪子の歩みを倉えおいくこずもあるず思うからです。


    自分のケヌスを“䞀䟋”ずしお残す

    「䞍登校から倧孊受隓」
    たしお、難関倧孊を目指したこずたで曞けば、
    受け取り方はさたざただず思いたす。

    無理に孊校ぞ行かせ、受隓に向かわせた
    厳しい芪に芋えるかもしれない。
    成功䜓隓に聞こえるのかもしれない。

    私の䜓隓は、倚くの人に共感されるような話ではないず思いたす。

    それでも、プロフィヌルには、あえおがかさず曞こうず思いたした。

    あの頃の私が、こんな芪子を探しおいたからです。

    倚くの人に圓おはたらないから、曞かない。
    共感しおもらいにくいから、曞かない。
    それでは、特定の人には届かない。

    共感できる話は、きっず、誰かが曞いおいる。

    だから、あの頃なかなか芋぀けられなかった䞀䟋を、今床は自分が曞こうず思いたした。

    嚘は、䞍登校の時間を経お、
    もう䞀床勉匷に向かい、受隓を乗り越えたした。

    けれど、嚘が受隓を乗り越えたからずいっお、
    私の遞択が正しかったこずにはなりたせん。
    結果が良かったからずいっお、
    そこぞ至るたでの私の関わりたで、正しかったこずにはなりたせん。

    「正解」ず呌べるはずもない。

    私が間違えたこずも含めお、こうした䜓隓も、
    遠回りをしないための䞀぀の材料にはなるのかもしれたせん。

    誰かの䜓隓は、答えではなく、䞀぀の遞択肢を芋せおくれる。

    だからこそ、私も自分たちのケヌスを、
    䞀぀の䟋ずしお残そうず思いたした。


    芪には連れおいけない堎所がある

    嚘は、自分のすべきこずを考え、動き始めたした。
    少しず぀、自分の意思で前ぞ進んでいたした。

    そしお、その先に、
    私には連れおいけなかった堎所ぞ、
    嚘を連れお行っおくれた人がいたした。

    芪の力には、限界がありたす。
    母芪䞀人の力だけでは、
    どうにもならないこずがある。
    芪だからこそ、届かない蚀葉もある。

    そしお、誰ず出䌚うかで、
    子どもの芋える䞖界が倉わるこずもある。

    私たち芪子は、そのこずを、あの䞉幎間の䞭で知りたした。

    「今さら無理」そう思い始めおいた私たち芪子は、もう䞀床受隓に向かいたした。

    最初から同じ方向を向いおいたわけではありたせんが、願いは途䞭で重なり、い぀しか芪子で同じ先を芋るようになっおいたした。

    振り返れば、もっずこうすればよかったず思うこずばかりです。

    もっず早く気づけおいたら、
    枛らせた苊しみがあった。
    もっず早く、
    受隓に向かうこずもできたのではないか。


    けれど、
    あの時の私は、今の私が知っおいるこずを、ただ䜕も知りたせんでした。

    もし、䞍登校を経隓した芪ずしお、語れるこずがあるならば、私に分かるのは、私自身が経隓しおきたこずだけです。

    私の䞭には、明確に残っおいるものがありたす。


    芪子が気持ちを通わせるこずに党力で向き合う

    芪子が同じ方向を芋られるようになるこず。
    そこに、できるだけ早くから時間を䜿う。

    そしお、芪だけでは届かないその先ぞ、぀ないでくれる人をできるだけ早く芋぀けるこず。

    受隓を控えた高校生には、残された時間だけは、どうするこずもできないからです。


    その時々で
    「今、どう接すればいいのか」
    「こんな時はどう関わればいいのか」ず、
    腫れ物に觊るように、
    堎面ごずの察応方法を远うこずより、


    ただ、芪子の関係に目を向けるこずの方が、倧切だったように思いたす。

    芪子の気持ちが通じ合っおいれば、状況に振り回されるこずなく、その時に必芁な刀断や察応も、自然ず芋えおきたからです。


    今、䞍登校の真ん䞭にいお、
    「この先、どうなっおしたうんだろう」ず、
    人知れず暗闇の䞭にいる芪子に、
    こんな圢で歩み盎した芪子もいたこずが、
    わずかでも垌望を芋぀けるきっかけになれば。
    そんな思いで、この䞉幎間を残したした。



    いく぀もの季節が過ぎ、
    私たちは、あの頃ずは違う毎日を過ごしおいたす。

    それでも、振り返れば、
    今も忘れられない堎面が、いく぀も浮かんできたす。
    䞀瞬䞀瞬の颚景を思い出すたびに、胞がギュッずしたす。

    曞いおいるうちに、圓時は分からなかったこずに気づいたり、
    あの頃の自分の気持ちを、改めお思い出したりしたした。


    忘れたいような、
    忘れたくないような。

    あの䞉幎間は、
    今も私の䞭に、そんな時間ずしお残っおいたす。


    苊しい時間も、それでも、
    芪子で同じ時間を歩いおいたした。

    戻りたいずは思わない。
    それでも、なかったこずにもしたくない。


    あの頃、よく頑匵りたした。

    嚘ずの時間を、
    こうしお曞き残しおよかったず思っおいたす。


    あの䞉幎間は、
    今はもう、遠くにありたす。

    あの頃の私たちが、
    ただそこにいるような気がしたす。




    この蚘事が参加しおいる募集

     
     
     
    䞍登校を抜け出したくお、倧孊受隓を目暙に歩いおきたした。䞍登校、ASDをはじめ、子どもの぀たずく堎面を越えおきたした。私も20幎以䞊パニック障害に苊しみたした。すっかり解攟された今は、発䜜もなく、薬も服甚しおいたせん。 それぞれの苊しい時間を抜けた今、歩んだ道のりを残しおいたす。

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