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写真の中の友だちに、もう一度会えた日

    この前の日曜日のことです。

    保育園で長女と一緒だった子たちと遊ぶ約束があり、公園へ集まっていました。

    ところがこの日は、30度予想の真夏日。

    暑すぎて遊べないということで、急きょ友だちの家にお邪魔することになったそうです。

    意外なことに、
    そのお隣に別の卒園生が住んでいました。

    長女と3歳まで一緒で、途中で幼稚園へ転園した同級生と、そのお兄ちゃん。

    気がつけば、同じ保育園で過ごした子どもたちが集まる、思いがけない同窓会になっていたそうです。

    おやつを食べたり、おもちゃで遊んだり。

    とても楽しかったらしく、
    結局夕方まで遊んでいました。

    ***

    ところが帰宅するなり、長女が大泣きしました。

    それにつられて次女も泣き、
    なぜか末娘まで泣き始めます。

    家の中は泣き声の大合唱。

    正直、何が起きたのかわかりませんでした。 「え、楽しかったんじゃないの?」と混乱。

    僕は用事で行けなくて、それが寂しかったのか。
    もっと遊びたかったのか。
    友だちと別れるのが嫌だったのか。

    最初は「パパにも来てほしかった」が理由かなとおもったのですが、どうも違う様子でした。

    本人が泣きながら何度も口にしていたのは、
    「もっと遊びたかった」 という言葉です。

    きっとそれも本当なのでしょう。
    でも、それだけではない気がしました。

    ***

    楽しい時間には、終わりがあります。

    アルバム写真の中にいた子たちが、
    今の姿で、目の前に現れた一日。

    一緒に遊べたことは嬉しい。

    でも、別れるのはもっと寂しい。

    その両方を抱えながら帰り道を歩き、
    家に着いて僕の顔を見た瞬間、
    張っていた糸が切れたのかもしれません。

    長女は落ち着いてから、
    ぽつぽつと話してくれました。

    帰りたくなかったこと。
    みんなと別れるのが嫌だったこと。

    我慢していた気持ちが、
    少しずつあふれ出るようでした。

    僕はその話を聞きながら、

    「この子は人との時間を大切にする子なんだな」

    そう、おもっていました。

    ***

    楽しかったから泣く。
    嬉しかったから寂しくなる。

    大人になると忘れてしまいそうですが、
    本当はとても自然な感情なのかもしれません。

    感受性が豊かで、涙もろい長女。

    あの日の涙は、かけがえのない時間を過ごした証だったのだとおもいます。

     
     
    子育てからの気づきを、言葉にしています。 育児の「当たり前」を見つめ直すヒントを。 決めつけず、一緒に考えるスタンスを大切に。 38歳、3人娘のパパ。育休経験3回。 ☕珈琲・本・音楽・建築やインテリアが好き

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