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雨宿りのわらしべ長者

雨の匂いは、時に記憶の扉を鮮やかにこじ開ける。

今朝、大粒の雨が地面を叩くのを眺めていたら、ふと店先で雨宿りをする若者の姿が目に入った。その心細げな肩のラインが、遠い日の自分と、あの日出会った一人の少女の姿を連れてきたのだ。

まだ10代の頃。夕立に見舞われた帰り道、私は親に持たされたビニール傘を手に、雨の中を淡々と歩いていた。視線の先に、軒下に立ち尽くす女子高校生がいる。何度も時計を気にしては、泣き出しそうな顔で降りしきる空を見つめている。その「どうしても今、行かなければならない」という切実な風情が、すれ違いざまの私の心に刺さった。

人見知りの性分だ。声をかけるべきか、いや余計なお世話か。5分ほど歩きながら葛藤し、ようやく決心して来た道を戻った。彼女はまだ、困り果てた顔でそこにいた。

「これ、安いから返さなくていいです。家もすぐそこなんで」

そう早口にまくしたて、半ば強引に傘を押し付けるようにして、私はその場を走り去った。それが、当時の自分にできる精一杯の勇気だった。

けれど、現実は物語のように格好良くはいかない。「すぐそこ」と嘘をついた我が家までは、まだ15分も歩かなければならず、雨はさらに勢いを増していく。結局、私もまた、ある食堂の軒先で雨宿りを余儀なくされた。

ずぶ濡れで肩をすぼめる私を見かねたのだろう。店の奥から出てきた方が「風邪引くよ」と、清潔なタオルと使い込まれた傘を差し出してくれた。そのタオルの温もりと、ぶっきらぼうながらも温かな一言に背中を押され、私はようやく家へと辿り着くことができた。

数日後、借りた傘を返しに再びその暖簾をくぐった。親が「ちゃんとお礼をしてきなさい」と持たせてくれた菓子を添えて差し出すと、お店の方は驚いたように目を丸くし、それから本当に嬉しそうに顔をほころばせた。

「律儀だねえ。まあ、そこに座りなさい」

そう言って促されるまま腰を下ろすと、厨房からパチパチと小気味よい揚げ物の音が聞こえてくる。運ばれてきたのは、湯気をたっぷりと立てた熱々のかつ丼。甘辛い出汁の香りが鼻をくすぐり、一口運ぶごとに、雨に濡れたあの日の心細さが溶けていくようだった。

けれど、その美味しいかつ丼を頬張りながら、10代の私の頭を占めていたのは、もっとずっと世俗的で「卑しい」計算だった。

この出来事を親に話せば、きっと感心してまた菓子を持たせてくれるだろう。そうすれば、またここへ来る口実ができて、何かご馳走してもらえるかもしれない。そんな子供じみた欲望が、温かな湯気の向こう側で頭をもたげていたのだ。

あの日、私の手元から離れた一本のビニール傘が、巡り巡って誰かの真心が詰まったかつ丼に変わった。それは美談のようでいて、実は私の小さな打算も入り混じった、どこか可笑しな「わらしべ長者」の始まりだった。

見知らぬ誰かの困った顔を放っておけなかったあの日の幼い正義感が、巡り巡って自分の胃袋を満たす企みへと化けていく。そんな人間の清濁併せ呑むような記憶こそが、今となっては愛おしく感じられる。

軒下で雨を待つ若者にも、どうかそんな、思わず苦笑いしてしまうような優しい巡り合わせがありますように。そう願いながら、私は再び歩き出した。

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