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大人になってから、安心して考えられる場所が減った

    「正しい大人の機嫌の取り方」の正解はなんだろうか。 


    今年で39歳になる。 まごうことなきアラフォー。
    最近モヤモヤと考える時間が増え、
    ミッドライフクライシスをまともに食らっている。
    教科書通りにホルモンを乱し、命の母に手をかけるのも待ったなしの状況といったところか。

    ちょうど仕事の転換期でもあり、 
    苦手な事務作業や契約書、提出物に追われ締め切りまでのカウントダウンが迫る中、不安や焦りが頭の中でぐるぐるリレーし、毎日運動会をしている。

     20代のころは深刻な悩み事やヘビーな考え事も
    なんやかんや持ち前の酒力と馬力で殴り倒していたように思う。
    まだみんな独身だったこともあり、一人、また一人と集まっては街を練り歩いては店でくだを巻いた。
    「まじで病んでる!」なんて口では嘆いていても、夜な夜な話のネタや酒の肴となって消えていった。

    そして年月が経った今となっては 「そんなこともあったっけ?」と
    ちゃんと忘れるように出来ている。
    酒の浄化効果?記憶のアルコール消毒?
    人間ってすごい。


    あれからライフステージが変わった今、
    人生の生活線上で起こるイレギュラーへの使命感や
    責任義務に目くじらを立てる日が増えた。
    たまに、正義だったはずが怒りを上乗せして刃に化ける日もある。

    正義正論フルスロットルのわたしの横で夫のスマホの検索履歴に
    「妻 DV  モラハラ」 「妻 プレ更年期」
    という足跡が残されていた。

    深夜、寝る前に布団の中でこそこそ調べたのだろう。
    ハッとして申し訳なさが湧いたが「いやわたしが鬼と化す原因はお前にもあるが???」と、また角が生えそうになるなど。 

    2026年上半期、どうにも悪天候が続いている。

     

    とある日、LINEに一報が入る。 
    「一人旅に出ている」と友人からの連絡だった。

    彼は飲食店を経営していて、とにかく忙しい男だ。 
    某グルメアプリのあるジャンルでは全国1位を誇り、 ランチ・ディナー共に毎日行列必至の名店を持つ。 
    そんな繁忙店の連休、束の間の休み。
    その日からぽつぽつと道中のメッセージが届くこととなる。

    メインの仙台では
    震災跡地を回り、感慨深かった話や、
    青森で食べたマグロに感動した話。 
    たまに写真も一緒に送られてくるので、 より現場の温度や鮮度が伝わりこちらまで一緒に旅をしているような気分になった。
    様々な地域の良いものや、たくさんの一期一会を通して 、自分で選択し、経験、熟考、咀嚼していく丁寧な作業は 瞬時に誰かにアウトプットすることにより、いつも複雑に考えすぎてしまう彼にとって、自然と棚卸も叶ったようだった。 


    お互い意見を交換する中で、気づいたことがある。

    自分が感じたことを誰かに伝えたいと思った時、
    共感して欲しいという気持ちはあったとしても、必ずしも意見が一致しなくてもいい、という心地よさだ。 

    「〇〇に対して、こう感じた」として、自分はそうじゃないと思っても 
    『そう感じるほどに感情が動いたんだな』ということを理解するだけ。
     必ずしも同意する必要はない。 
    それがとても楽だった。

    年を重ねていくと日常生活を送っているだけでも責任が増える。 
    考えることは、いつの間にか解決するための思考ばかりになる。 だからこそ『ただ話す』というデトックスは 答えを急かさず、漂うだけの時間を過ごすという 忘れがちだけど実は貴重な瞬間で…。

    リラックスに没入し、
    安心して思考を遊ばせることこそ、
    40歳を迎えるわたしにとっては 一番の機嫌の取り方であり、メンテナンスなのかもしれない___。



     ・・・・・と、ここまで書いたが、 
    いやー、なーんか違う。
    まだ全然モヤッモヤしている。

    こんな綺麗事だけじゃないし、見つけた答えはこれじゃない気がする。
    先生!「一般論の共感性」とかに当てはめて、
    無理やり納得させようと書きまとめた自分がいます! 

     うん、そうだね。この文章は、ちょっと嘘だ。
    やっぱり少し、書き直す___。
    .
    .
    .

    そもそも、わたしの思考は誰かを説得しなくていいはずだ。誰かに責任を負わなくてよかったし、 好きなだけ、好きなように、思考を泳がせていい。 

    実際、友人が旅をしていたことよりもこの旅を見守っていたことでわたし自身が救われていたという事実だ。

    夫婦問題も。 
    プレ更年期も。 
    ミッドライフクライシスも。

    友人の旅を見て、聞いて、一緒に考え、言葉を交わしたあの時間は、
    あの時間だけは自分自身から少し離れることができていた。
    その副作用として、自分も棚卸されていた。
    だから気持ちが良かったのだ。


    39歳にもなると、機嫌なんてそう簡単に取れない。 
    お酒を飲めば治るわけでもないし、
    好きなご飯もいっぱい食べれなくなってる。
    旅に出れば解決するってわけでもない。
    夫の検索履歴だって、
    見なければ済むって話でもない…。

    気の置けない友人と失敗を恐れなくてもいい言葉を使い、結果を出さなくてもいいやり取りを重ねていく。 

    その中で、なんだかやっと、
    「大人になってから安心して考えられる場所が減ったこと」に気がついた。
    これが今回、辿り着いたの本質だ。

    【正しい大人の機嫌の取り方】という掲題を自ら掲げ、 それっぽい答えを出そうとして 綺麗な言葉を並べて、 「わたし分かってます」みたいな書き方して。
    自分を無理やり納得させようとした、自分自身に機嫌が悪いんだ。

    わたしはわたしに機嫌が悪かったんだ!(大事なことは2回言う。)


    友人は旅をして土地を移動したが
    わたしはその旅を通じて、視点が動いた。 
    それによってハシグチヒトミという重力から離れられた。これこそが本当の「安心して思考を遊ばせる」なのだ。

    旅に出ていなくとも、
    家にいても、
    夫婦問題も更年期も抱えたままでも!

    「自分を支えていた力を、
     一瞬だけでも手放すこと。」
     これがわたしにとっての機嫌の取り戻し方、かもしれない。


    うん、とりあえず、
    現段階ではこれくらいにしておこう。 

    今日もまだまだ不機嫌な自分と共存中。
    でも、ここまでは分かってるっぽい。

    2026年下半期はそんな感じでやってみよう。
    今んとこね。

    お粗末!

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