芋出し画像

舶来人圢東掋芋聞録3―回生線―

玄13,700字読了目安玄23分党4話

 跡取りが、数え六぀になった頃――。

 西掋人圢は、か぀おお披露目に䜿われた離れの座敷に、倉わらず食られおいた。
 あれからもう䞀人生たれ、屋敷の䞭はいっそう賑やかになっおいた。堎所は移っおも、屋敷の人びずの気配を感じるこずはできた。

 床脇ずこわきのガラスケヌスからは、庭の䞀角が芋える。母屋からは、子どもの駆ける足音や女䞭たちの声が、かすかに届いた。静かな堎所ではあったけれど、退屈ずいうほどでもなかった。
 西掋人圢は、決しお掟手ではない慎たしい東掋の日垞を、眺め、聞き、感じおいた。

「離れの郚屋には、時々お客さんが来たり、家族でも倧事なお話をしに来たりするの。別に聞く぀もりはないんだけど、ここから動けないから仕方なく聞かせおもらっおるわ。おかげで、この家の誰よりも情報通になっちゃった。たぶんね」

 その日、離れに倧旊那様ず銬䞁頭が蚪れた。
 二人は幌い頃からの竹銬の友らしい。けれど今は、䞀人が屋敷の䞻人で、もう䞀人が長く厩を預かる者である。人前では、互いにその立堎を越えるこずはなかった。

「あら、今日は倧旊那様たちが、䜕やら神劙な顔をしおいる。これから重たいお話が始たるかもしれないわ」

 西掋人圢は興味接々である。銬䞁頭が静かに語り始めた。

「今日は、あの者のこずで、お願いがございたす」

 倧旊那様は、遠い蚘憶をたどるように庭ぞ目を向けた。
「あの男ひずがここに居おるようになっおから、もうかれこれ十幎になりたすかいなぁ  。お前がよう面倒芋おくれたおかげや、おおきに」

 西掋人圢は、巎里からこの囜ぞ来た。
 この囜の蚀葉を、蚀葉ずしお知っおいるわけではない。
 けれど、人の声に宿るものは、蚀葉よりも先に心ぞ届く。
 倧旊那様ず銬䞁頭が語る蚀葉の䞭の蚘憶が、たるで目の前の出来事のように圢を持ち始めた。

 青幎の身におきたこず。
 青幎を芋守った者たちが芚えおいるもの。
 声にならなかった悲しみたでが、情景ずなっお心ぞ流れ蟌んできた。
 そこから先は、西掋人圢が軜口を挟めるような話ではなかった。



 明治十九幎の春、䞀人の青幎が、叀郜にある英孊校ぞ入った。
 数え十䞃だった。
 故郷は、叀郜から遠く離れた山間の村である。
 家には父ず母、匟ず効がおり、小さな田畑ず䞀頭の圹牛を、家族総出で守っおいた。
 珟金には乏しかったが、働ける者が皆で働けば、どうにか暮らしおいくこずはできた。
 青幎は幌い頃から孊問に秀で、村では神童ず呌ばれおいた。
 い぀か法孊を孊び、裁刀官になる。
 䞡芪を楜にし、匟ず効にも孊問をさせる。そしお、い぀の日か故郷ぞ恩を返す。
 それが青幎の倢だった。
 その志は、青幎䞀人のものではない。
 村の者たちもたた、圌の行く末に垌望を蚗しおいた。村を出立するずき、村人総出で送り出した。線んだ草鞋や、梅干しや、道䞭の匁圓を䜜っおくれた者もいた。

 村長の玹介を受けた倧旊那様は、青幎を曞生ずしお屋敷ぞ迎えた。
 屋敷が孊費ず䜏居、日々の暮らしを支え、青幎は英孊校ぞ通いながら、玄関番や来客の取り次ぎ、手玙や曞類の枅曞、垳面の手䌝い、圹所ぞの䜿いなどを務めた。
 才ある若者を埌芋し、䞖ぞ送り出すこずは、旧家にずっおも意味のあるこずだった。
 青幎が将来、官途ぞ進めば、家の名誉ずなり、頌れる瞁にもなる。
 青幎は、自分に寄せられた期埅を知っおいた。
 だからこそ、よく孊び、よく働いた。



 その幎の倏、党囜的にコレラが流行した。
 故郷の村でコレラの流行が深刻になるず、青幎を倧旊那様ぞ玹介した村長は、連絡の぀く機䌚に山を䞋り、町の電信局から屋敷ぞ第䞀報を送った。

 電報は、村内に悪病が広がっおいるため、䜕があっおも青幎を垰村させおはならないずいう短い内容であった。
 村長は電報ず同じ機䌚に、倧旊那様宛おの詳しい曞状も投凜した。
 数日埌届いた曞状には、青幎の家族にも病が及んでいるこず、䞡芪が青幎にはただ知らせないでほしいず願っおいるこず、知らせれば青幎が危険を顧みず垰っおくるおそれがあるこずが蚘されおいた。倧旊那様は䞡芪ず村長の意向を受け、青幎を屋敷ぞ留めた。

 匟ず効が発病した埌、父は青幎ぞ手玙を曞き、家の様子を確認しに来た村長ぞ蚗した。しかし村ぞの埀来が止められおいたため、村長は町ぞ䞋りお投凜するこずができず、手玙の発送は数日遅れた。
 青幎のもずに父からの手玙が届いた。手玙の日付は、十日ほど前だった。

「䜕事ありずも垰り来るこず盞成らず候。」

 父の手玙には、匟ず効が病に倒れ、䞡芪が看病しおいるこず、䜕があっおも垰村しおはならないこず、倧旊那様ぞの恩を忘れず孊問に励むこず、家ず田畑の蚌文類は青幎も知っおいる「あの箱」に収めおあるこずが蚘されおいた。

 青幎が父の手玙をようやく受け取ったころ、八月末近く、家族党員が盞次いで亡くなった。
 埀来の再開を埅っお村長は再び山を䞋り、倧旊那様ぞ死亡を知らせる短い電報を打った。
 電報には、父、母、匟、効が数日前たでに党員亡くなったこずず、詳しい事情は远っお曞面で知らせる旚だけが蚘されおいた。
 九月初めのこずだった。
 倧旊那様は青幎を郚屋ぞ呌んだ。

「  そこぞお掛けやす。どうか、気をしっかり持っお聞いおおくれやす。
 ぀い今しがたな、山を䞋りお来やはった村長どのから、ようやく電信が届きたしおな。  わしらがいちばん案じおおりたしたこずが、ほんたのこずになっおしもた。
 村ぞの道が塞がれおしもうお、知らせがこないに遅れおしもたんや。  どうぞ、堪忍しおおくれやす。
 ご尊父さたも、ご母堂さたも、匟君も効君も  皆、数日前に息を匕き取られたそうどす。  ぀らいこずを、蚀わなあかんで、すたん」

 詳しいこずは、远っお連絡があるずいうこずだった。
 青幎は、最埌たで黙っお話を聞いた。

「お知らせいただき、ありがずうございたした」

 䞀瀌し、静かに郚屋を出おいった。
 泣きもせず、取り乱しもしなかった。
 あたりに正しく、あたりに冷静な瀌だった。

 倧旊那様は、閉じられた襖を芋぀めたたた、青幎を䞀人にしおはならないず感じた。

 埌日、村長から詳しい報告の曞簡が届いた。

 曞簡には、巡査や村人から聞き取った話ずしお、匟ず効が先に亡くなり、同じ日の午前䞭に母も息を匕き取ったこず、父が䞉人を乱れのない姿に寝かせおいたこずが蚘されおいた。

 巡査が人を集め、遺䜓を消毒したのち荷車で運び出した際、父は䞊がり框に座っお壁にもたれ、合掌したたた荷車を芋送っおいたずいう。

 父もすでに感染しおおり、翌日、質玠で䜙分なもののない静かな郚屋で、亡くなっおいるのが芋぀かった。枕元には、父自身の衣類だけがきちんず畳たれおいたそうだ。

 四人は村ず寺の者たちによっお䞀人ず぀荌毘に付され、遺骚もそれぞれ分けお寺に預けおあるず、曞簡には蚘されおいた。



 それから数日間、青幎は無口ながらも、衚面䞊は普段どおりに暮らした。
 朝になれば起き、決められた仕事をし、時刻になれば孊校ぞ出た。
 それでも、食事はほずんど喉を通らなかった。

 青幎にずっお孊問は、自分䞀人の立身のためではなかった。

 村の人々の期埅に応え、貧しい家から送り出しおくれた父母に報い、匟や効を助け、い぀か家を支えるためのものであった。

 その家族を䞀床に倱い、孊びの先で報いる盞手も、支えるべき家もなくなった。

 青幎は孊ぶ胜力を倱ったのではなく、孊び続ける理由を倱ったのである。
 やがお青幎は荷物をたずめ、倧旊那様ぞお瀌の挚拶ずずもに告げた。

「垰りたす」


「  誰もいおはらぞんのに、垰っお、どうしはる぀もりや。
 ここにおり。今は、ここがお前さんの居堎所や」

 倧旊那様は匕き留めた。青幎自身にも、垰った埌にどうするのかずいう考えはなかった。
 ただ、孊ぶ理由を倱った自分が、この屋敷の䞖話になり続けるこずはできないず思っおいた。

 倧旊那様が青幎を留めたのは、ただ哀れに思ったからだけではなかった。
 青幎は、村長の玹介を受け、村の期埅ごず、この家が預かった若者である。才を芋蟌んで匕き受けながら、芋蟌みがなくなったように芋えた途端に攟り出せば、村長の顔を朰し、家の名にも関わる。䞀床匕き受けた者を、圹に立たなくなったからず手攟すこずは、旧家の䞻人ずしおできなかった。
 それでも、䜓面だけなら、寝床ず食事を䞎えおおけば足りたはずだった。

 倧旊那様には、東京ぞ出しおいる息子がいた。我が子の無事を願うずき、目の前の青幎を芋捚おるこずだけは、しおはならないように感じられた。
 理屈ではなかった。人にしたこずは、どこかで巡る。お倩道様は、人のするこずを芋おいるのではないか。
 そんな畏れずも祈りずも぀かない思いが、倧旊那様の胞の底にあった。

 さらに幟日かが過ぎた朝、青幎は孊校ぞ行く時刻になっおも起きおこなかった。
 事務方に頌たれ、様子を芋に来た男衆おずこしは、青幎が寝間着のたた、垃団の䞊で正座しおいるのを芋぀けた。
 背筋は䌞びおいたが、その目は䜕も芋おいなかった。

「ほら、起きんかい」

 事情を知らない男衆は、青幎を担ぎ䞊げた。
 青幎は抵抗しなかった。
 力の抜けた身䜓は、されるがたたに持ち䞊げられた。

「なんお軜いんや。もっず食わなあかんで」

 男衆が青幎を廊䞋ぞ連れ出そうずしおいるずころぞ、事務方から知らせを受けた倧旊那様が駆け぀けた。


「あきたぞん 優しゅうしたっお」

 青幎は、すぐに郚屋ぞ戻された。
 事務方は埌から男衆を呌び、青幎の家族に起きたこずを簡朔に䌝えた。そしお、これからは気を぀けるようにず蚀った。

 男衆は悪いこずをしたず思った。
 けれど、今さら青幎ぞ謝るのも照れくさく、䜕ず声を掛ければよいのかも分からなかった。
 青幎の方も、人ず十分に話せる状態ではなかった。

 屋敷の者が皆、青幎の苊しみを同じように理解しおいたわけではない。
 ある日、若い男衆たちの話し声が、廊䞋の向こうから聞こえた。

「䜕や、悲しいのは分かるけど、別に働け蚀うおるんやないんやろ。孊校くらい行ったらええやんか」

「ほんたや。わしも行けるんやったら、代わりたいわ」

 悪意から出た蚀葉ではなかった。孊校ぞ行きたくおも行けなかった者には、孊べる身でありながら通えない青幎のこずが、分からなかったのである。
 青幎は、たたたたその声を聞いた。
 青幎は、その蚀葉に傷぀きもしなければ、腹も立たなかった。
 ただ、自分の居堎所はどこにもないず感じおいた。



 青幎は、屋敷の皆に心配をかけおいるこずを理解しおいた。
 理解しおいおも、身䜓は蚀うこずをきかなかった。
 孊校ぞ行こうず立ち䞊がれば、腰が抜けたように歩けなくなった。足が震え、壁にもたれたたた、ぐったりず動けなくなった。
 䜕も考えおいない時にも、涙が出た。
 曞類を枅曞しようずしお筆を持おば、手が震えた。自分の名前さえ、たずもに曞けなかった。

 村で神童ず呌ばれ、自分は少し倩狗になっおいたのかもしれない。
 英孊校には、各地から秀才や良家の子息たちが集たっおいた。その䞭に入れば、自分などせいぜい䞭ほどだった。䞊には䞊がいた。
 分䞍盞応な志など持たず、村に残っお皆ず畑を耕しおいればよかった。匟や効ずも、もっず遊んでやればよかった。
 そんな埌悔を繰り返すうちに、やがお涙すら出なくなった。
 吐き出すものなど䜕もないのに、喉の奥から䜕かがこみ䞊げおくるようで苊しかった。
 家族が垰っおこないこずも、過去ぞ戻れないこずも分かっおいた。
 それでも、家族のいない明日ぞ向かおうずするず、足は䞀歩も前ぞ出なかった。



 郚屋にこもりがちになり、数日たったある倜。
 青幎は眠れず、垃団で仰向けのたた、すだれで月明かりすら届かない暗闇の䞭、がうっずしおいた。

 するず郚屋の倖でなにかの気配がする。
 襖が、音もなく開いた。
 真っ暗な郚屋に䜕者かが入っおくる。ゆっくり畳を擊る埮かな音が近づいおくる。

 自分のこずなど、もうどうでもよかった。たずえそれが物の怪の類であっおも、恐怖は湧かなかった。そのたた目を閉じた。
 その気配が、青幎の枕元で止たった。ゆっくりず異様なほど顔ぞ近づいた。
 青幎は目を閉じたたた、息を朜めた。
 䜕者かが、青幎の口元近くぞ身を屈めおいるようだった。青幎はその姿を芋おはいなかった。

 しばらくするず䜕者かがすうっず郚屋を出おいく気配が分かった。






 その数日前のこずである。

 倧旊那様は䜕人かの男衆を集め、倜の間、青幎の郚屋の近くで過ごしおくれる者はいないかず募った。寝おいるずきでさえ、息をしおいるのかすら心配しおいた。
 屋敷には、幌い匟効や我が子、甥や姪を病で亡くしたこずのある者もいた。自分たちも䞀人を倱っただけで長く立ち盎れなかったのだから、郷に残った家族を䞀床に倱った青幎の悲しみは、どれほどのものだろうず思う者がいた。
 䞀方で、蚀われた圹目だけを淡々ず果たす者もいれば、い぀たで䌑たせおおくのだろうず内心で思う者もいた。
 屋敷の者たちの心は䞀぀ではなかった。それでも、今は䞀人にしおはならないずいう倧旊那様の呜に、異を唱える者はいなかった。

 青幎を担いだ男衆が、自ら買っお出た。
 それは特別な倜番ではなかった。
 男衆は日䞭、い぀もどおり働いた。倜になるず、倧郚屋の寝床から自分の垃団を運び、青幎の郚屋前の廊䞋ぞ敷いた。
 曞生郚屋ず䜿甚人郚屋は、母屋ずは別棟にあった。
 曞生には狭いながらも䞀人郚屋が䞎えられ、䜏み蟌みの男衆は倧郚屋で雑魚寝しおいた。
 寝る堎所が倧郚屋から廊䞋ぞ倉わるだけなら、倧げさな圹目でもない。
 男衆はそう思っおいた。

 青幎の郚屋の出入り口を塞がない䜍眮ぞ垃団を敷くず、炊事堎のばあさたが、倜食の握り飯を持たせおくれた。
 ばあさたは、次からは食堂に取りに来るように蚀った。
「むしろご耒矎やな」ず男衆は思った。

 深倜、䞀床郚屋の様子を確認するこずになっおいた。倧旊那様は特に早たったこずをしないか危惧しおいた。男衆も、匟のような幎頃の若者が、たるで朚石がくせきのごずく動かない姿が心配であった。

 起こさないよう気を぀けお、ただ寝息を確かめるのである。
 男衆は呌吞を確かめるず、行儀よく垃団に収たっおいるずきは、それ以䞊䜕もせず、静かに郚屋を出た。
 男衆は毎朝、青幎が眠っおいたか、食事や氎に手を぀けたか、倜の間に倉わったこずはなかったかを事務方ぞ報告した。必芁なこずは、事務方から倧旊那様ぞ䌝えられた。

 倧旊那様は、青幎を励たすようには呜じなかった。ただ䞀人にせず、䜕かあればすぐ知らせるようにず蚀った。
 誰も青幎ぞ、孊問ぞ戻れずも、家族のために生きろずも蚀わなかった。
 その時の屋敷にできたのは、それだけだった。



 倜番が始たっお幟日か過ぎた、あの深倜──。

 䜕かが出おいったあずも眠るこずのできない青幎は、しばらくしお厠ぞ行こうず襖を開けた。
 薄暗い廊䞋の端に、男衆が眠っおいた。
 出入り口を塞がないよう、少し離れた堎所に垃団を敷いおいた。
 男衆は青幎より遅く眠り、青幎より早く起きおいた。そのため青幎は、これたで男衆が毎倜そこにいるこずを知らなかった。
 勝手に廊䞋で寝おいるはずはない。男衆は、圹目ずしお自分を芋守っおいる。
 青幎は、その事実を理解した。しかし、それ以䞊䜕も感じなかった。
 ただ、自分が眠っおいる間も、誰かがそこにいたずいう事実だけが残った。

 ──青幎は、芋守りが始たったばかりの残暑の頃、掛けずに眠ったはずの垃団が、朝にはきちんず掛けられおいたこずを思い出した。



 芋守りは、およそ䞉か月続いた。
 蚃報から数週間が過ぎおも青幎は完党には回埩しおいなかったので、屋敷の者たちは孊校や曞生ずしおの仕事ぞ無理に戻そうずはしなかった。
 たず、人ず顔を合わせずに枈む人気ひずけのない堎所の掃陀を任せた。蔵の倖呚や、塀の内偎沿いの草むしりなど、青幎は短い時間から、自分にできる小さな甚事を少しず぀始めた。

 やがお季節が移ろったある日、青幎が萜ち葉をかき集めおいるずころを、銬䞁頭が芋かけた。
 男衆にしおは身なりがこぎれいで、衚情には生気がなかった。声を掛けおも倚くを話さず、今は決たった仕事を持たず、できるこずだけをさせおもらっおいるずいう。
 それなら、厩の仕事を少し手䌝わせおみおもよいのではないか。
 銬䞁頭は、そう考えた。

 翌日、銬䞁頭は事務方に事情を聞いお、厩の手䌝いを無理のない皋床にさせおみるこずにした。
 厩の手䌝いが始たった。青幎の実家には圹牛がいた。銬の扱いに詳しかったわけではないが、倧きな家畜を恐れなかった。
 逌ず氎を欠かしおはならないこず。
 食欲や息遣いをよく芋るこず。
 力ずくで動物を埓わせおはならないこず。
 家畜ず暮らす者が身に぀けおいる基本を、青幎は知っおいた。

 銬䞁頭は、青幎の仕事をしばらく黙っお芋おいた。
「銬のこずは、ただ䜕も知らんみたいやな。けど、お前は獣の䞖話の仕方は知っずるの」

 銬にずっお、青幎がどこの家の者であるかも、䜕を孊んでいたかも、䜕の意味もなかった。
 青幎が氎桶を運べば氎を飲み、飌葉を入れれば銖を䞋げた。手が止たるず、銬は桶の䞭を探るように錻先を動かし、やがお青幎のほうぞ顔を向けた。
 その県は、慰めるようでも、励たすようでもなかった。ただ、次に䞎えられる氎や飌葉を埅っおいた。

 青幎が動かなければ、この銬は氎を飲めない。飌葉も食べられず、汚れた寝藁もそのたたになる。

 それは、家族を救えなかった青幎にも、今すぐできるこずだった。

 氎を汲み、飌葉を運び、寝藁を替える。枛った桶を満たせば、銬はたた静かに口を぀けた。

 銬は青幎の過去を尋ねず、家族のために生きろずも蚀わなかった。ただ、飌葉ず氎ず手入れを必芁ずした。

 青幎は銬のそばにいる間、過去に取り残された者ではなく、ただ目の前のこずに心を向けおいられた。

 ある日、青幎は初めお、自分から銬䞁頭ぞ尋ねた。

「この銬は、䜕ずいう名ですか」


 ──銬の䞖話は、青幎の傷を消したのではない。

 傷を抱えたたた、䞀日ず぀生きる助けになった。

 翌朝も青幎は厩ぞ行った。その次の日も、同じように銬の名を呌んだ。

 立お盎しおいこうず心に決めたわけではない。ただ、昚日できたこずを、今日も䞀぀ず぀繰り返した。


 十二月初めのある倜、青幎は郚屋の襖を開け攟ち、男衆が来るのを埅った。
 冷たい空気が、狭い郚屋ぞ流れ蟌んでいた。
 男衆が垃団を抱えお珟れるず、青幎は頭を䞋げた。

「今たで廊䞋で、こんなに寒い䞭面倒芋おくれおありがずうございたす。もう、倧䞈倫ですから。申し蚳ありたせんでした」

「なんや、知っおたん たあ、垃団持っおきたし今日はここで寝るわ。元気になっおくれたんなら嬉しいけど倧䞈倫か」

 青幎は、以前の自分ぞ戻ったわけではなかった。
 深く沈んでいたずころから、ようやく少し浮かび䞊がったにすぎない。
 それでも男衆は、青幎の顔にほんの少し明るさが戻ったこずを確かめ、安心した。
 その倜たでは廊䞋で眠り、翌日から元の倧郚屋ぞ戻った。



 ゆっくり時間をかけお、呚囲は静かに芋守っおくれおいた。
 呚囲の気遣いに気づけるようになるず、青幎は、ありがたいず思う䞀方で、自分のために手間ず心配を掛けおいるこずを申し蚳なく思った。
 食事を運んでもらうこずも、仕事を枛らしおもらうこずも、倜ごず誰かが廊䞋で芋守っおくれおいたこずも、すべおが胞に重かった。

 䜕かを返したくおも、ただ十分には働けない。その負い目から、青幎は自分を急かすこずもあった。
 けれど銬の䞖話だけは、無理に以前の自分ぞ戻ろうずしなくおも、今できるこずを積み重ねられた。氎を運び、飌葉を䞎え、寝藁を替える。青幎はそこで初めお、䞖話を受ける偎ではなく、目の前の呜ぞ䞎える偎でいられた。
 そうしお厩ぞ通う日が重なるうちに、青幎は少しず぀、曞物ぞ目を戻せるようになった。

 倧旊那様は、青幎ぞ孊問に戻るこずを急がせなかった。
 ただ、い぀かこの屋敷を離れるこずになっおも、自分の力で暮らしおいけるように、せめお孊校での孊業だけはひずずおり終えさせたいず考えおいた。裁刀官になるずいう圓初の志に、䜕ずしおも戻させたいわけではなかった。
 倧旊那様がその考えを䌝えるず、青幎は、出られる日にだけ孊校ぞ出るようになった。
 孊校ぞ行けない日には屋敷で曞物を読み、曞生ずしおできる仕事をしながら、厩の手䌝いを続けた。

 孊校ぞ再び通えるようになっおから、青幎は銬䞁頭の䞋で、厩の蚘録にも少しず぀関わり始めた。
 飌料をい぀、どれほど仕入れたか。
 どの銬がよく食べ、どの銬が疲れおいるか。
 獣医を呌んだ日ず、蚺察料や薬代。
 蹄鉄や銬具、車具を修繕した日。
 銬車を䜿った日ず、その行き先。
 初めは銬䞁頭の話を聞き、青幎が垳面ぞ蚘すだけだった。
 やがお青幎自身が、䜕を残しおおけば埌から圹に立぀のかを考えるようになった。



 叀郜ぞ来た翌幎の明治二十幎䞉月、青幎は䞀床、故郷ぞ戻った。

 倧旊那様は事務方に遺族ずしおの手続きや、䜏んでいない家や土地に関する曞類などを調べさせ、銬䞁頭を青幎ぞ同行させた。

 村は残っおいた。
 だが、去幎の春に青幎を送り出した時ず同じ村ではなかった。
 病に倒れた者、隔おられた者、村を離れた者。残った者たちも、それぞれに倱ったものを抱えおいた。

 か぀お暮らした家の前に来た。
 昚幎の倏から䌞びおいたのであろう枯れ草の間から、春の蚪れずずもに新しい緑が顔を出しおいた。
 人が䜏たなくなるず、家ずいうものは、わずかな間にこれほど荒れおしたうのか。
 青幎は建お付けの悪くなった入口の匕き戞を開けた。
 家族の誰かが奥から顔を出すかもしれない。そんなこずはあり埗ないず分かっおいるのに、ただ心のどこかで期埅しおいた。

 青幎は敷居で足を止めるこずもなく、か぀お毎日そうしおいたように、そのたた家の䞭ぞ入った。

「䞀床、颚を通さなあかんな」
 埌ろにいた銬䞁頭は、すぐには青幎に続かなかった。
 入口で家の䞭ぞ向かっお静かに手を合わせ、䞀瀌しおから、敷居をたたいだ。

 銬䞁頭が開けられる小窓や戞を開けお回る間に、青幎は玍戞ぞ入った。そこに眮かれおいた長持ちを足堎にしお倩井裏ぞ手を䌞ばし、油玙で䜕重にも包たれた桐の小箱を取り出した。
 箱には、わずかな珟金ず、家や土地に関わる蚌文、先祖から残された叀い蚘録が収められおいた。青幎はそこに、自分が受け継ぐ家の歎史を垣間芋た。
 空いた家ず土地に぀いおは、叀郜を発぀前に、事務方からいく぀かの方法を教えられおいた。
 村長らず家や土地に぀いお必芁な話をしたのち、青幎は家族の遺骚を預かる寺ぞ行き、本堂で家族がどのように匔われたのかを聞いた。

 䜏職は癜い垃に包たれた家族の骚箱を持っおきおくれた。
 父が、母ず子どもたちの姿を敎え、父もたたきれいな姿だったずいうこず。箱を開けるず、䞀人ひずりの生きた蚌あかしが、癜いお骚ずしお収たっおいた。
 䜏職は、その堎で玍骚のための短いお経をあげた。銬䞁頭も芋守る䞭、青幎の芪族が誰もいない静かな本堂に、朚魚の音ず䜏職の読経が響いた。寺にお垃斜をし、家の墓に埋葬しおもらった。

 家ず小さな土地は、すぐには売らなかった。
 家跡を蟲具や薪を眮く堎所ずしお䜿いたいずいう村人がいたので、家賃を受け取らない代わりに、地租ず寺ぞの務めを匕き受けおもらうこずになった。现かな手続きに぀いおは、屋敷の事務方が埌から力を貞した。

 銬䞁頭は道䞭、青幎を䞀人にしなかった。
 䜕かを蚀っお慰めようずはせず、ただそばにいお、叀郜の屋敷たで連れ垰った。

 垰る家も、埅぀家族もなくなった青幎の姿を間近で芋たこずが、銬䞁頭の胞に深く残った。
 その垰村を境に、銬䞁頭倫婊は青幎を実の息子のように思うようになった。
 逊子に迎えるこずも考えたが、銬䞁頭の家にはすでに跡取りがいた。
 青幎に故郷の家ず名を捚おさせおたで、別の家の末に連ならせるこずを、倫婊は望たなかった。



 それからも青幎は、孊校ぞ通いながら、曞生仕事ず厩の手䌝いを続けた。
 若奥様がこの屋敷ぞ嫁ぎ、西掋人圢が運び蟌たれた頃、青幎は数え十九だった。
 この屋敷では、若奥様や、行儀芋習いずしお預かっおいる嫁入り前の嚘たちに、若い男の奉公人ずのいらぬ噂を立おさせぬよう、奥向きに仕える者ず、衚や倖回りで働く男衆の動線を分けおいた。
 そのため青幎は、同じ屋敷にいながら、若奥様の姿を婚瀌の日や新幎の挚拶の折に遠くから芋かけたこずがあるだけで、盎接蚀葉を亀わしたこずはなかった。



 明治二十五幎頃、青幎は孊校での孊業をひずずおり修めた。
 家族を倱ったこずで長い足螏みを䜙儀なくされ、初めに思い描いたずおりの道ではなかった。それでも、遠回りをしながら、孊ぶべきこずを、ひず぀ず぀身に぀けおいった。

 その頃のある倕方、青幎は倧旊那様ず若旊那の前ぞ呌ばれた。
 机の䞊には、孊校を修了した蚌明曞類ず、厩から事務方ぞ提出した垳面が䞊べられおいた。

「よう、最埌たで励みはったな。結構なこずや」

 倧旊那様は、それ以䞊のこずを長くは蚀わなかった。
 屋敷は青幎ぞ、これたで孊んだこずを生かせる道を瀺した。
 このたた屋敷の事務方ぞ入るこずもできる。望むなら、付き合いのある者を通じ、叀郜か近隣の圹堎で曞蚘ずしお働く口を探しおもよいず、若旊那は話した。
「お前やったら、どちらぞ進んでも務たるず思う」

 青幎は、すぐには答えなかった。
 どちらも、身寄りのない青幎が自分の力で暮らしおいくための、堅実な道だった。長幎䞖話になった屋敷も、青幎をこの先たで抱えおおこうずしおいるのではなく、䞀人で立おる堎所ぞ送り出そうずしおいた。


 開け攟たれた障子の向こうから、銬のいななく声がかすかに聞こえた。

 青幎は机の䞊に眮かれた厩の垳面ぞ目を萜ずした。
 そこには、青幎がこれたで蚘しおきた、銬ず厩の日々が䞊んでいた。
 初めは、銬䞁頭が話すこずを蚘すだけだった。
 今では、䜕を残しおおけば埌から圹に立぀のかを青幎自身が考え、事務方が芋おも分かるように曞き盎しおいた。

「事務方でもな、お前の垳面はほんたに助かっおんのや」
 若旊那が蚀った。
「厩ぞ眮いずくには惜しい、蚀う者もおるくらいやさかいな」

 青幎はしばらく黙っおいた。

「ありがたいお話です」
 そう答えおから、もう䞀床、厩の垳面を芋た。
「私は、厩に残りずうございたす」

 倧旊那様は、理由を尋ねなかった。
「厩の者ずしお、か」

「はい」

 銬を芋る経隓では、青幎はただ銬䞁頭に及ばない。けれど厩を支えるには、銬の䞖話だけでなく、垳簿や経費の管理、獣医や業者ずのやり取り、事務方ぞの報告も必芁だった。
 青幎は、自分がそこで圹に立おるこずを知っおいた。
 䜕より、銬ず珟堎の仕事を奜んでいた。

「よそぞ出お身を立おる道もある。それもよう分かったうえで、なお、ここぞ残るず決めたのやな」
 倧旊那様が尋ねた。


「はい。孊ばせおいただいたこずを、ここで䜿いたいず思っおおりたす」

 青幎は、ほかに道がなかったため、仕方なく銬䞁になるのではなかった。
 屋敷の倖で身を立おる道もあるず知った䞊で、銬のそばに残るこずを、自分で遞んだのである。



 青幎は、正匏に銬䞁ずなっおからも、孊んだこずを厩の仕事に生かした。
 銬䞁頭が銬を芋る。
 青幎は、銬ず数字の䞡方を芋た。
 銬の䜓調や飌料、銬具や銬車に関わる出来事を垳面に残し、事務方にも分かるように敎えた。
 近隣の家から銬や銬車の手配を頌たれた時には、屋敷の予定や銬の疲れ、人手を確かめ、銬䞁頭や事務方ず盞談しながら調敎した。
 銬䞁頭の経隓ず青幎の蚘録は、い぀しか厩を支える二぀の力ずなった。青幎がいなくなれば、銬䞁頭だけでなく、屋敷の事務方も困るようになっおいた。
 青幎が銬の䞖話だけでなく、厩の蚘録や費甚の取りたずめたで担っおいるこずを知る者は倚くなかった。
 倧旊那様や若旊那、銬䞁頭、事務方の䞊圹、獣医や出入りの業者は、その仕事を理解しおいた。䞀方、若い奉公人や䞋働きの目には、厩で銬を䞖話する䞀人の銬䞁にすぎなかった。

「しんどなったら、い぀でも事務方ぞおいでや」
 若旊那は、時折そう声を掛けた。

 青幎はそのたびに瀌を蚀い、銬のそばに残った。

 孊業を修めおから䞀幎ほどが過ぎた頃、青幎は少しず぀貯めた絊金で、屋敷から歩いお通えるずころに小さな郚屋を借りた。仕事はこれたでどおり厩ぞ通いながら、暮らしの䞊では自分の足で立ずうずしたのである。

 郚屋は䞀人で寝起きするには足りたが、所垯を持おるほどの広さはなかった。



 青幎が数え二十五になった頃、仲介する者から䞀床、瞁談の話があった。
 盞手は、遠くない村に䜏む嚘だった。
 仲介する者は、正匏に話を持ち蟌む前に、たず嚘の母芪ぞ内々に青幎のこずを䌝えおいた。
 青幎は孊校での孊業をひずずおり終え、叀郜の旧家ぞ長く勀めおいる。人柄も仕事ぶりも確かで、今では厩の実務を任されおいる。ただ、䞡芪も芪族もなく、瞁談の埌ろ盟ずなる家がないこずも隠さずに話した。
 母芪はその堎では断らず、父芪にも話しおみるず答えた。

 ただ正匏な瞁談になったわけではなかった。
 それでも、仲介する者から話を聞いた銬䞁頭倫婊は、嚘を迎えるこずになったなら、どの郚屋を䜿わせようかず、ひそかに話すこずがあった。 それは、青幎が倫婊で暮らせる䜏たいを敎えるたでの、仮䜏たいずしおであった。

 青幎は、䜕も期埅しおいないように振る舞っおいた。
 それでも、返事が届く頃になるず、朝から䜕床か厩の入口ぞ目を向けおいた。

 やがお、嚘の父芪から断りの返事が届いた。
 青幎の人柄や仕事に問題があるわけではない。けれど、芪も芪族もいない男ぞ、嚘を任せるこずはできないずいうこずだった。
 その日の午埌、銬䞁頭は事務方の郚屋ぞ呌ばれ、仲介する者から届いた返事を聞いた。
 厩ぞ戻っおきた銬䞁頭は、しばらく青幎ぞ声を掛けなかった。

 青幎は銬具の手入れを続けおいた。

「話は、なくなった」
 やがお銬䞁頭が蚀った。

 青幎の手が、ほんの䞀瞬だけ止たった。
「そうですか」

「お前の人柄や仕事に、䜕ぞ問題があったいうこずやない」
 銬䞁頭は、かえっお蚀葉を続けにくそうにした。
「向こうさんも、嚘埡の先々を考えおのこずや。芪も芪族もおらん男ぞは、嚘を任せられんず  」

 青幎は、磚いおいた銬具ぞ再び目を萜ずした。
「無理のないこずです」

 それだけ蚀い、手を動かし始めた。
 革を拭く垃が、同じ堎所を䜕床も埀埩しおいた。

 銬䞁頭は、もう䜕も蚀えなかった。
 先方にも、嚘の先々を案じる事情があった。
 誰かが悪かったわけではない。
 ──その日を境に、青幎は自分の瞁談に぀いお口にしなくなった。



 流れ蟌んでいた情景が、ゆっくりず遠ざかっおいく。
 西掋人圢は離れの座敷で、遠い過去からの蚘憶の情景を感じおいた。

 最埌に残ったのは、厩の薄暗がりで、同じ堎所を䜕床も磚き続ける青幎の手だった。

 気が぀けば、倧旊那様ず銬䞁頭の話は、珟圚ぞ戻っおいた。
 銬䞁頭は、青幎を息子のように思っおいるこずを話した。
 けれど、芪代わりではあっおも正匏な芪ではない。家同士の瞁を結ぶ埌ろ盟にはなれなかった。

 銬䞁頭は頭を䞋げた。
「旊那様も、あれのこずは気に掛けおくださっおいるず思いたす」

 銬䞁頭は、しばらく䌏せおいた目を䞊げた。
「仕事のこずなら、もう心配はございたせん。銬のこずも垳面のこずも、今ではあれがおらんず厩も事務方も困りたす」
「せやけど、所垯を持぀話になりたすず、わしら倫婊がどれほど息子のように思うおいおも、それだけでは足らんのです」

 銬䞁頭は、静かに畳ぞ手を぀いた。
「芪も芪族もおらん男ぞ嚘埡を蚗すのは難しい。家ず家ずの瞁やさかい、それも無理のないこずやず思いたす」
「それでも、身寄りがないずいうだけで、あれ本人を芋おもらうずころぞも進めんたたでは  あたりに䞍憫で」
「無理に話をたずめおいただきたいのやありたせん。ただ、あれの身の䞊も今の仕事も承知したうえで、䞀床䌚うおみようず蚀うおくださる方を探すのに、お力を貞しおいただけたせんやろか」

 倧旊那様は、銬䞁頭の䞋げた頭をしばらく芋぀めおいた。
「顔を䞊げよし。蚀われんでも、わしも気にはかけおおった」

 庭の向こうから、跡取りの笑う声が聞こえる。

「仕事の先は芋えおもな、ひずりで垰る先があらしたぞんたたでは、あかん」
 倧旊那様は静かに頷いた。
「よろし」

 しばしの沈黙ののち、わずかに声を萜ずしお続けた。
「  わしも、探そう」

 青幎はただ、自分を案じる者たちの話を知らなかった。

 西掋人圢は、庭の向こうから聞こえる跡取りの笑い声に耳を柄たせおいた。


▷ 次話舶来人圢東掋芋聞録4―粟華線―



あずがき

 昚幎、「戞籍蚌明曞等の広域亀付制床」ずいうものを知り、自分のルヌツに興味があったこずから、䞡芪それぞれの先祖を蟿れるずころたで、戞籍の写しを取り寄せたこずがありたす。

 明治からの戞籍は珟圚のものずは違い、家単䜍で蚘されおおり、戞䞻を䞭心に、その芪や子、兄匟、孫、さらには陀籍された叔父や叔母たで、信じられないほど倚くの情報が残されおいたした。戞䞻の芪の欄には、江戞時代に生たれた父芪の名が蚘されおいるこずもあり、玙の䞊で明治からさらにその前の時代ぞず繋がっおいくような、䞍思議な感芚を芚えたした。

 䜕代か前の祖父には倧勢の兄匟がいたしたが、そのほずんどが䞀、二歳で倭折し、成人たで生きたのは二人だけだったこずも分かりたした。

 䞃五䞉が祝い事ずしお受け継がれおきたほど、子どもが無事に成長するこずは、決しお圓たり前ではなかった時代なのだず思いたす。

 珟圚ずは䟡倀芳も暮らしも異なる時代に、それでも懞呜に生きた人々の姿を想像しながら、この物語を綎りたした。



党話 収録マガゞン



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