メインコンテンツへスキップ
見出し画像

誤解の大航海時代 #35 天国の待合室④

    謎の声

    ⸻

    長い沈黙のあと。

    待合室の奥から、誰かの声だけが聞こえた。

    「静かな海だったよ」

    姿は見えない。

    コロンブスは身を乗り出した。

    「……誰だ?」

    ガマは胸元の十字架を強く握る。

    「まさか……地獄からの声か」

    ディアスも震えた。

    「嵐の岬の、その先は……地獄だったのか……」

    係員は首を横に振った。

    「いいえ」

    「世界一周担当の方です」

    コロンブスは首を傾げる。

    「世界一周?」

    係員は帳簿を一枚めくった。

    「正確には、途中で殉職されました」

    「世界一周は部下の方が完遂しております」

    再び沈黙。

    コロンブスは天球儀を見つめたまま、小さく呟いた。

    「……世界は、まだ続いていたのか。ジパングがまだ先とは……」

    しばらく考え込み、さらに続ける。

    「インドへ上陸するというのも……なかなか難儀なものだな」

    誰も突っ込まなかった。

    ガマは静かに十字を切る。

    ディアスは喜望峰と、その先の海を見つめたまま呟く。

    「……あれは、本当に『希望の岬』だったのか」

    カブラルだけは、ゆっくり回り続ける天球儀を見つめながら一言だけ言った。

    「……事業は、人より長生きするのか」

    係員は事務的に帳簿を閉じる。

    「なお、お知らせがあります」

    四人が顔を上げた。

    「近年、大航海時代関係者の受け入れ数が想定を上回っております」

    「そのため、この待合室は近日中に『地獄待合室』へ改修予定です」

    四人は固まった。

    コロンブスが恐る恐る尋ねる。

    「……では、我々は天国へ行けるのか?」

    係員は淡々と答えた。

    「分かりません」

    「最終判定は別部署になります」

    待合室が静まり返る。

    ガマの背筋を、冷たいものが走った。

    生前、一度も疑わなかった。

    自分は当然、天国へ行くものだと。

    係員はさらに事務的に続けた。

    「なお、異議申し立ては受け付けておりません」

    誰も何も言えなかった。

    長い沈黙のあと、カブラルがぽつりと呟いた。

    「……我々の航路が、地獄行きの門を広げてしまったのか」

    誰も答えなかった。

    その時、もう一度だけ、奥から声が響いた。

    「世界は、思ったより広かっただろ?」

    姿は最後まで現れなかった。

    巨大な天球儀だけが、静かに回り続けていた。

    (終)

    ⸻

    ※本作は史実・諸説・逸話をもとに再構成したフィクションです。

     
     

    芝龍

     
     
    歴史好き。日本史・世界史問いません。大航海時代を中心にまとめています。日本は戦国時代から徳川幕府へ、世界は中世から近代へと大きく変貌を遂げていく時代です。そんな歴史の諸相を気ままにまとめています。

    あなたへのおすすめ