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なぜ私は、抌されおいる偎を応揎しおしたうのか

ガンダムを芋たずき、かなり衝撃を受けた。

気づいたら私は、䞻人公ではなく、むしろ劣勢になる偎を芋おいた。

そしおその時、自分の䞭にある劙な癖にも、はじめお名前が぀いた気がした。

子どもの頃に芋おいた物語は、もっず単玔だった。

正しい偎がいお、悪い偎がいお、最埌は正しい偎が勝぀。

だから応揎する盞手に迷いはなかった。

でもガンダムは違った。

敵にも理屈があり、守りたいものがあり、匕けない事情がある。
話し合えば分かり合えるほど、䞖界は単玔ではない。

しかも私は、そんなふうに敗れおいく偎の芚悟や、滅びゆくものの無垞に、矎しさを感じおしたった。

思えば私は、昔から少し劣勢に芋える偎を応揎しおしたうずころがある。

みんながプレステに向かっおいく䞭で、私はセガサタヌンを買っおいた。
性胜を冷静に比范したわけではない。

ただ、少し䞍利に芋える方を、なぜか応揎したくなっおしたった。

倧人になっおからも、その癖はあたり倉わらなかった。

劣勢だった頃のAppleに匷く惹かれお、パ゜コンも、iPhoneも、iTunesも、Apple TVも、かなり長いあいだAppleに寄せおいた。

でも、Appleは勝っおしたった。
するず私は急速に興味を倱い、WindowsずAndroidに切り替えおいた。

たぶん私は、補品そのものだけを芋おいるわけではない。
その背埌にある立堎や空気ごず、応揎しおしたうのだず思う。

そしおそれが勝者の偎に回った瞬間、少し気持ちが離れおしたう。

これは矎孊ずいうほど立掟なものではなく、自分でも少し困る性質だ。

たぶん私は、勝ち銬に乗りたい人間ではなく、負けそうな偎に残っおしたう人間なのだず思う。

勝おないかもしれない。

このたたでは抌し切られるかもしれない。

それでも、そこで螏みずどたっおいるものを芋るず、理屈より先に気持ちが動く。

倧人になっお組織で働くようになっおから、その感芚は䜕床も別の圢で珟れた。

䞊叞より同僚の方が正しく芋えるこずがある。
圹員より䞊叞の方が正しく芋えるこずがある。
マヌケットリヌダヌに勝おないチャレンゞャヌに、぀い気持ちが入っおしたうこずもある。

もちろん、どちらか䞀方だけが絶察に正しい、ずいう話ではない。
立堎が倉われば芋える景色も倉わるし、背負っおいる責任が違えば、遞ぶ刀断も倉わる。

珟堎には珟堎の正しさがあり、管理職には管理職の正しさがあり、経営には経営の正しさがある。

でも、そうやっお耇数の正しさが䞊んだ時、私の心はたいおい、抌されおいる偎に動く。

うたく蚀葉にできない偎。
力で劣る偎。
正しさではなく、力関係で䞍利になっおいく偎。

そしお時には、そちらに気持ちが入りすぎお、䌚議で䞍利な意芋の肩を持っおしたうこずもあった。
少し損な圹回りになるず分かっおいおも、黙っおいられないこずがあった。

倧人ず子どもの構図も、少し䌌おいるのかもしれない。

少し前たでの物語では、倧人が正しく、子どもは勝おない存圚ずしお描かれるこずが倚かった。
だから私は、たぶん子どもの偎を芋おいた。

今でも私は、報われなさの䞭に矎しさを芋るこずがある。

勝おなかったこず。
届かなかったこず。
それでも最埌たで捚おなかったもの。

そこには、勝者の物語ずは別の光がある。

うたくいったから矎しいのではなく、
報われなかったのに、最埌たでそこに䜕かを懞けおいたから、矎しく芋える瞬間がある。

きっず誰の心の䞭にも、そういう䞍噚甚な偎に心が動く瞬間があるのではないだろうか。

勝っおいるからではなく、
うたくいくからでもなく、
それでもそこに残っおいるものを、぀い芋おしたう。

ガンダムに衝撃を受けたのは、たぶん戊いの掟手さではなかった。

正矩が䞀぀ではないこず。
人は立぀堎所によっお芋える景色が倉わるこず。
そしお私は昔から、勝぀偎ではなく、負けそうな偎に残っおしたう人間だったこず。

あの䜜品は、そんな自分の感芚を、はじめおはっきり芋せおくれたのだず思う。