
ほたるのうた〈7. ほたる 8. 二番湯〉
7章 ほたる
おばさんによばれて一階に行くと、ごはんの準備ができていた。ちあと、まみこと、まみこのお母さんと、3人でテレビを見ながらソーメンを食べる。
「そろそろほたる出るから、食べ終わったら、ゆっくり歩いていきましょう」
おばさんが言った。
「まみこは、ほたるって見たことあるの?」
「あるよー。だって、ここ、おばあちゃんちだもん」
「それはそうだ。ねえ、ほたるって、虫だよね」
ちあがぼそっと言うのを聞いて、ふき出したおばさんが笑いながらこたえた。
「たしかに! そりゃあたしかに、ほたるも虫ね。でも、こわくないよ。あら、もう、あんなに人が集まってるわ」
「こんばんは~」
「おや、まみこちゃん。お友達も一緒かい? いいねえ。今日はねえ、たくさん飛んでるよ」
近所のおじいさんが、まみこに声をかけてきた。ほんとに、まみこのおばあちゃんちなんだなあと、ちあは思う。
「ちあ、見える?」
まみこに言われて暗やみに目をこらすと、うっすら、ぼうっと、ぼんやりと、ふわりふわ~り、光るものが飛んでいる。
「あ、見えた! 見えてきた」
「すごいすごい! たくさん飛んでるよ」
目がなれてきたのか、さっきまでは数ひきしか見えなかったのが、どんどん増えて、もう数えきれないくらいになった。
ほたるの光。田んぼの上や、林の方で、光ったり消えたりしながら、ふわふわ飛んでいる。
「今日は、雨が降って夕方前にはあがるという、バッチリなお天気だったからねー。むし暑いのもいいことなのよ」
「ちあ、よかったねー」
おばさんとまみこが、ちあを「ラッキー」だと言った。
(そっかあ、ほたるを見るには、雨が降っていた方が、いい天気ってことになるんだ)
「ほたるが、お誕生日をお祝いしてくれているんだわ、きっと」
おばさんは、ひとり言みたいに言った。
「こっち!」
ちあは、まみこに手をひっぱられて行くと、あぜ道のきわ、足もとの草やぶに1ぴき、ほたるがとまって光っていた。
「よく見えるね。ホントにおしりが光ってるんだ……あ!」
ふいに、ほたるは飛び立って、行き先をまよいながら、ぴたっ! ちあの胸のあたりに、とまった。
「わあっ」
「しぃっ、動かないで」
まみこに言われて、ちあは、息をするのもこらえる。
ぽーう、ぽっ、ぽーう、ぽっ。
「きれい~……」
ふたりとも、しばらく言葉なく、見とれていたら、
「ヘイケボタルよ。大人になったほたるは、光って、おしゃべりしているの。ぼくと一緒になりませんか? って。そしてパートナーを見つけて、赤ちゃんを生むの」
おばさんはそう、教えてくれた。
「わたしが子どものときは、もっとたくさん、自然なほたるがいたんだけど。どんどん減ってしまって、すっかり見かけなくなってしまったの」
「こんなにいるのに?」
「今は、ほたるを守る活動をしてくれている人たちのおかげで、こうしてほたるを見られるのよ」
「そうなんだ。しらなかった」
「ほたるって、一週間くらいで死んじゃうんだって」
まみこが言った。
「大人になったほたるは、水しか飲まないんだって。だからすぐに死んじゃうの」
「そうなんだ……」
「はかない命ね。でも、まさに一生懸命。この一生に命を懸けるって、漢字。ふたりとも知ってた?」
知らなかった。いっしょうけんめいって、命のこと、一生のことを、言っていたんだ。
「あ! ちあちゃんに、またほたる!」
「えっ」
おもわず、ふりはらってしまった。手に、小さくてかたいものがパチッとあたって、ほたるが1ぴき道に落っこちた。弱く、でも、まだ光ってる。
「ご、ごめんっ」
「ごめんって、ほたるに?」
「だって、ぶっちゃった。死んじゃうかな」
「仕方ないよ。わざとじゃないし、ちあ、虫にがてだし、お母さんがおどろかしたから」
「ごめん……」
「ふふふ、まみこの言っていた通りね。ちあが、すぐにあやまるんだって、まみこ言ってた」
「えっ、あ……ごめ……」
「ちあちゃんの、せいじゃないのよ。生き物はいつか死ぬし、命はこうして、出会ったり、ぶつかったり、ふれあったりしながら、生きているのよね。今は、見てあげましょう、このほたるの光を、さいごまで」
「さいごまで?」
「なんて言って、光ってるのかな~。ち・あ・ちゃー……・ん」
「うっそだぁ」
「なんで、わからないよ。言っているかもよ」
「き・て・くれて、あ・り・が・とー」
おばさんまで、ふざけてる。
「あ・り・が・とーお」
まみこが言った、ほたるの言葉で。
「見てあげられたことと、見せてもらえたことが、よかったのよ」
おばさんが、今度は真面目にそう言った。
そうか、さいごまで、ちゃんと見よう。ちあはそう思ったけれど、なんだかよく見えなかった。一生懸命に目を見開く。泣いたり、よけいなことを考えている時間、ほたるには、ないかもしれないんだから。
……あれ? なんかにおう。
「ちょっと! モフ、うんちしちゃった。まみこ、ふくろ持ってきた?」
「えーっ、ないよ」
急展開にあわてる、まみことおばさんを見て、ちあは笑った。
「くさーい」
おかしくて、なみだがこぼれた。ちあは、ティッシュをさがしてポケットに手を入れた。すると、
「うそ、わたし、ふくろあった」
「すご、ちあ、さすがすぎる」
「さっき、車で来たから。エチケットぶくろ」
「そっか、車よいね」
「近かったでしょ? 平気だったでしょ? え、もしかして」
「あはは! してない、してない」
「わー、助かった。ほらモフも、ちあちゃんありがとーって」
「よかった、ちあがいて」
おばさんがかたづけをしている間、ちあとまみこは、もう一度、さっきのほたるを見た。
「あれ? いないよ」
「飛べたのかな」
「そうだよ、たぶん。ちあ、よかったね」
「あの子にも、仲良しが見つかるといいね」
「うん。そうだね」
「さあ、そろそろ帰りましょうか。お風呂のあとには、ケーキがあるのよ~」
「えー! すごーい」
「花火もあるんだよ」
「夏休みみたい!」
「ちがうよ、夏休みはまた別に遊びに来てもらうからね」
「来る、来る」
8章 二番湯
ちあたちは、ゆっくり、家へもどった。
「まだ見える」「もう見えないよ」
そんなことを言って、ふりかえりふりかえり歩いたから、まぶたのうらに、ほたるの光がのこったみたいになった。
「ちあちゃん、お風呂上がったら、タオルはうちの使ってね」
「はーい」
「今日は、二番湯だよ」
「なあに、二番湯って」
それは、きのうの残り湯を温め直して入るお風呂のこと、らしい。残り湯って言ったって、ほとんどもう水だから、そのつめたさったらない。もはやプールだ。
「ひゃっこー!」
「ぎゃー! こおる!」
さわぎながら、笑いながら、はだかんぼうのふたりは、どうにかおなかまでお湯、じゃない、水に入った。
「じごくー!」
「まっててね、ここからだんだん温まりますよ~。よいしょ」
まみこがレバーを二回ほどまわすと、外でボッと音がした。火がついた音。
「ジワジワきますよ~」
まみこが、にやりほほえんで言う。
「えーこわい」
水は、だんだんだんだんと、下の方から熱をおびはじめた。
「体がぶるぶる笑ってるみたいー」
「下はあったかいけど、上がさむーい」
「二番湯、おもしろいね」
「でしょ! おばあちゃんちの夏の風物詩なの」
「へえ~!」
しゃべっているうちに、水はとうとうお湯になり、ぽかぽかのお風呂になった。
「あったかーい」
「火のちからを感じるねえ」
「そうそう、そうなの。またとまりに来たら、やろうね」
「うん、来る」
「おばあちゃん、いてもいいよね」
「うん、もちろんだよ」
「ここが、わたしの家になったから」
「うん、そうだね」
「学校の話しも、おしえてね」
「うん、わかった。まみこの、学校の話しもおしえてね」
「えーっ……うん」
「ここが、まみこの今だもんね」
「うん」
「プラネタリウム、楽しみだな」
「花火もね」
「ケーキも!」
最後はふたりの声がそろった。
それが聞こえたのか、外でモフがほえた。
「サリーはげんき?」
「うん、げんきだよ。今度はまみこをうちによぶって、ママも言ってたよ」
「行きたーい。……ねえ、わたしに新しい友達ができても、ちあと、ずっと仲良しでいられるかな」
「あたりまえじゃん。それに、まみこならすぐに新しい友達もできるよ」
「うん、できたよ」
「なんだよ~! おもしろい子?」
「うん、いろいろ。いろいろいて、カラフルかも」
「へえ、いいじゃん! よかった、安心した」
「心配してくれてたの? ちあが?」
「どういうイミ~」
「ちあって、なんか、ほたるみたい。一生懸命で」
「えー、そんなことないよ」
「ねえ、ごめんって、言いすぎないでね」
「うん、わかった、ごめん、あ、ちがう、ありがとう、かな」
「あはは。ねーちょっと、わたしがとなりにいなくても、大丈夫ー?」
「大丈夫だよ! や、でもさ、となりだよ。まみこのとなりには、わたしがいる! ほかの子もいろいろいてもさ、わたしもぜったいいる。走ってくる」
「走って?」
「マップでしらべてみたの。走れなくもないよ、うちからここまで」
「走ってこないでいいよ、ちあ、おもしろい」
「笑うなー!」
「あははは」
明日、朝がきて、また明日も朝がくる。
そうやって進んでいくと、先に着くのは、ちあの誕生日だ。まみこの誕生日は、そのちょっとあとにある。ぜったいにわすれない。ぜったいに思い出せる。
「つぎ会うときは、きっとふたりとももう10才だね」
「メールするね」
「送りあおうね」
ほたるみたいに。
ほたるが光って、おしゃべりするみたいに。遠い星が時間をかけても光をとどける、そんなふうに。
ちあとまみこの、新しい一緒の、となりの、歩き方を、ふたりは、ほたるの光に、今、見つけられたような気がした。
-終-
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