
〈エッセイ〉天井の波、朝空の月 _普通だったら話さない関係_
中学時代生徒会役員だった私は、ほぼ2年間、早朝からの挨拶運動に勤しんでいた。
1年生の時は校門で挨拶されるのが怖くて、小さな会釈しかしていなかった私。
なのに逆の立場でひたすら挨拶をしまくるのは修行のようで楽しく、同級生のメンバーと競い合うようにしていた。(今度は私が怖がらせるという地獄のループ)
と、私はここで挨拶運動の話がしたい訳ではない。
今から書くのは、挨拶運動の為に早朝の静かな学校に登校していた私と、クラスメイトの彼女と彼の話だ。
朝が弱い私は、生徒会に入って挨拶運動を義務づけられるものの、どうやって早い時間に学校に行くか頭を悩ませていた。
登校にかかる時間は徒歩30分くらい。朝の早い新鮮な商店街を抜けて、スタスタ歩いていた。
8:10からホームルームが始まるから、8:05前後に着けば問題ない。
それが7:45には挨拶運動スタート。それまでには荷物を教室に置き終え、門に戻ってこなくてはいけないのだ。
困った。朝は1分でも大きい。
毎朝がタイムトライアルの私には、これは大きな壁だった。
どうしようと親にグズグズ相談していたら、車で送ってもらえることになった。
一つ問題点があるとすれば、母親の出勤時間との兼ね合いがあるから、必要以上に早く学校に着くこと。
けれど図書委員として生徒会に入った私には、モーマンタイだ。学校にさえ着いていれば、あとはいくらでも本を読んでいればいい。
車と親というのは本当にありがたい存在で、どれだけ助けられたか知らない。この時も、今までよりほんのちょっと頑張る程度で、ミッションの増えた私の朝にも余裕を与えてくれた。
やっぱり早起きはちょっと嫌だった。
けれど次第に、私はこの朝の時間を好きになる。
人の気配が薄い。鳥や虫の鳴き声がよく響き、ざわざわと草木が揺れる音も鮮明。
特に夏服に切り替わったタイミングの朝が好き。
衣替え期間がスタートしたら、いの一番に夏服に変える。まだ少し肌寒い朝。
そのピンとはりつめた空気が、体にちゃんと朝を教えてくれるようだった。
変化があったのは、3年生に上がった時。
クラス替えで3年1組になった。仲が良い人が去年より少ない。しかも学年一の問題児を擁する、生活指導教員が担任のクラス。
別のクラスの一覧ばかり見ては、地味に落ち込んでいた。
ざわざわとした胸の不安を抱えたまま、新しい学年が始まる。
クラスに複雑な思いがあったからこそ、早朝の誰もいない教室は、一種の癒しのように感じた。
人のいない異空間のような学校を歩くのは楽しい。職員室に鍵を取りに行き、教室を開錠する。
荷物を片付けて椅子に座る。そのまま本を開けば、あとは空想の世界。
だが5分ほどして1人増える。
1年生の時同じクラスだった、Nちゃん。
1年生の時は割とよく喋っていて仲も良かったし、今でも2人になると話す。けれどテニス部で明るく可愛いNちゃんと、教室の片隅で騒いでいるオタクの私は、傍目に見て異色の組み合わせだろう。
お互いに「おはよう、早いねー」なんて言いながら、本に指を挟んで、Nちゃんとお話ししていた。
するとまた少しして1人増える。
今年初めて同じクラスになるTくん。
うちの図書委員の中で、図書室のヌシと言われる1人。会話することがあったり、なかったり。ヌシたちは一癖も二癖もあって面白い。閲覧室でたまに会話が始まれば、終始声を抑えて抱腹絶倒している迷惑な一団だった。図書委員のくせに。
私自身はNちゃんともTくんとも、そこそこ話す。だけどNちゃんとTくんが2人で話している姿は見かけない。
いや、この2人はどちらもテニス部だったから会話はあったかもしれない。だけど男子テニス部、女子テニス部の中にもそれぞれ派閥があって、やっぱりNちゃんとTくんに近いイメージはなかった。
3人で話す空間が苦手な私。
だって2:1の構造が生じやすい。自分がもう1人と盛り上がるのも気を遣うし、かといって盛り上がる2人を見るのも寂しい。
普段からのグループが違う3人だから、なんか気を遣うな…
折角の早朝の癒しの時間は、早々に失われた。
また読書に戻ろうか…と指で挟んでいたページを開くと、Tくんは何事もなかったかのように私たちの会話に入った。
最初はやっぱり、「おはよう、早いねー」だった。
何の話をしていたかは、一つも思い出せない。
だけど毎朝揃う私たちは、必ず3人で話していた。仲間はずれはいない。
登校する順番はいつも同じ。
私が1番最初。鍵を開けて電気を付ける。板書の日付と日直を今日に書き変えたり、黒板消しをはたいたりもする。
次にNちゃん。毎朝の換気を2人でする。教室両側の窓と、学年フロアの長い廊下の窓を、おしゃべりしながら1つおきに開けていく。
それが終わるころにTくん。もうすることは何もないので、そっからはだべりタイム。
それぞれの自席にポツポツと座ったままだったり、私とNちゃんは窓際に座ってみたり、位置は変わる。
きっと…今日の授業のこと。宿題のこと。近々ある学校行事のこと。昨日みたテレビのこと。誰かの面白かったエピソード。
そんな取り止めもないものだったと思う。
終わり方もだいたい決まっていた。
時間は空いて、4人目でくるのはNちゃんと同じグループの子。
ギャルなグループなので、背面黒板にAAAの歌詞を書いたりして、その良さを語り始める。
その辺からTくんは、会話を離脱して本を読み始める。私はもう少しで挨拶運動に向かわねばならないので、読書はせずにNちゃんたちの話に混ざる。
そろそろ校門へ行こうかな、という頃に、5人目がくる。Tくんのヌシ仲間だったり、そうじゃなかったりする。4人目以降は不規則だった。
Nちゃんあたりに「ばいばーい、行ってくるね」と声を掛けて教室を出る。
修行のような挨拶運動を終えて、ホームルーム直前に戻れば、あの3人で話した空間はどこへやら。騒がしく密集した、いつも通りの教室が出来上がっていた。
こんな言い方は大袈裟かもしれない。
だけど私は、その3人の空間を愛していたように思う。
朝が早いというたったこれだけの共通点が、結びつくはずのなかった3人の関係値を作った。
そしてもう一つ大切だったのは、Nちゃんと一緒に窓を開けていく作業。
朝の光と、爽やかな風が抜けていく。
校舎の中に朝を呼びこむ。
ちょうどすぐ隣にある学校のプールが、朝陽を受けて光る。その反射した水面が、教室の天井に映る。
ゆらゆらと網目状に天井をたゆたう影は、ひとけのない教室にはやたら神秘的だった。
そのプールの眩しさに目を細めて窓を開けると、浅い色の空に、薄く月が浮かんでいる。
私たちは夏場、あえて教室の電気を点けないこともあった。
「蛍光灯まで点けちゃうと、この時間には強すぎる」と。
まだ月の残る仄明るい中、天井を飾る水面の下で、何でもない話を沢山した。
4人目が来たあたりで、なんで電気点けてないの?とすぐに点けられるんだけど。
人が増えて騒がしくなると、そんな細やかで薄い景色は”ないもの”として扱われてしまう。
というかその喧騒の中では気づけない。
私たち3人の関係も一緒だと思う。
薄い関係。
薄いけれど、今までも確かに繋がっていたし、毎朝その薄い関係を続けていた。
3人で大親友になることもなければ、一緒に出かけることもなかった。今は何をしているかも知らない。
別の濃い関係には、勝てない関係。
クラスメイトが満ちれば、もっと気の合う仲間や、共通の価値観を持った相手といればいい。
だけど、この静かな朝の空間は気楽で、居心地が良かった。
上手な立ち振る舞いで空気を読む。なんて行為からは、一切離れていた。
嫌われたくない、とか、よく見られたい、みたいな思考は誰の頭の上にも無かっただろう。
それぞれが個として、何の衒いもなく向かい合っていたから。
朝の月が見えなくなる頃には、私たちはそれぞれのグループに戻っている。
無かったことになる。
4人目に来ることの多かったNちゃんグループの子は、私たち3人が早く来ていることには特に触れなかった。会話の続きには入って来なかった。
無かったことにされている。
きっと、それよりもNちゃんと話したいことがたくさんあるからだ。
凄く共感できる。
私も生徒会のメンバーと合流して、挨拶の合間にベラベラ喋る。同じ部活の子も多くて、共通の趣味のことで「◯◯ちゃんに、絶対この話しようと思ってた〜!」なんてお互いに言い合いながら、焦るような気持ちで楽しいを共有していた。
気の合う友人といっぱい話すのは本当に楽しい。
だけど、たまにちょっと疲れる。
生き急いでる感がある。
3人で居たのは、異空間でした。
そう言われても納得できるくらいの独特な空気があった。
月と波が仄かにある時間。
その間だけの、うっすらとした関係。
もしかしたらNちゃんとTくんはすっかり忘れちゃってるかもしれない。
それならそれでいい。
私だけの異空間トリップ体験として、薄くなってゆく記憶を大切に仕舞っておくのだ。