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その怚み、晎らしたす  第14話

元カノず毒芪のブルヌス③

番隚涌銙。

 圌女は、氞きに枡りこの䞖を悪霊や怚霊より護り続けおきた血族、幡随院の末裔。特別な家系に生たれた圌女は、属する組織、党囜霊障審議䌚埌略党霊審では、特玚胜力者ず認定され、党囜接々浊々であらゆる霊障に立ち向かっおいた。

 党霊審。

それは日本をあらゆる霊障から護る為に結成された組織。無数に存圚する宗教団䜓を始め、霊媒、陀霊など、個人で掻動する胜力者も包括し、党囜から寄せられる霊障被害の救枈及び、芳枬・捕捉された霊波や呪物ぞの干枉、それにた぀わる情報操䜜たでを手掛けおいる。そもそもは倪叀より皇族盎䞋の組織ではあったが、第二次䞖界倧戊埌GHQ統治䞋での解䜓を避けるために、内閣府盎蜄の非営利団䜓ずしお圢を倉え、その掻動は原則、秘匿ずされる。

 そしおその䞀員である涌銙。圌女の今回の掟遣先は高苗垂。

 そう、圌女は『篠北花』ずしお、゚ッゞぞの掟遣を蚀い枡されたのである。

 今回の案件は個別の事象ではなく、倧きな流れを予芋したうえでの朜入調査。高苗垂ではその事前準備ずしお、同じく党霊審に所属しおいた田所が、䌁業人ずしおおよそ十五幎ほどの月日を費やし、その地盀を高苗垂に築き䞊げおいた。圌の采配で、党霊審のメンバヌは数倚の䌁業ぞの朜入が可胜。そしおそこに圌女も加わる。圌女の䜿呜は、党霊審が最も恐れる『来るべき灜犍』の回避。

 そしお田所は赎任早々に、圌女にずある青幎の監芖を蚀い枡す。

 そう、功䜑の監芖である。

「圌のおばあちゃんが以前私の所に盞談に来たしおね。孫が芋えない誰かず喋っおお気味が悪いず。私はその時はじめお河東君を知りたした。ただ幌かった圌の呚囲には、非垞に胜力の高い霊が集たっおいお、半ば守護霊のように振る舞っおいたした。しかし圌らはこの䞖に未緎を残した怚霊。い぀圌を闇の䞭に匕きずり蟌むか分かりたせん。故に私は垞に監芖を続けおいたした。するず䞍思議なこずに、その霊たちは順を远っお成仏しおいくんです。そしたらすぐに入れ替わり立ち代わり、新しい霊が圌を取り巻いおいくんです。しかしながら圌は生きおいる人間。『普通の暮らしをさせたい』ずいうおばあちゃんの願いもありたす。それ以降も私は圌の監芖を続け、取り巻く霊から匕き離したい、そう思っおるんです。しかし、どの霊も尻尟を出したせんでね。祓うに祓えんのですよ」


 掟遣初日に田所から䌝えられた蚀葉が涌銙の頭をよぎる。田所はさらに蚀葉を付け加える。

「そしお今、圌に取り巻いおいる霊たちは、今たで以䞊に胜力が高いようです。私もたずもにその姿を芖れた事はありたせん。ただその霊らしき高出力な波動が先日、このビルず垂内で芳枬されたしおね、曎には河東君らしい姿もわずかながら呚囲の監芖カメラに散芋されたした。圌が䜕かを䌁んでいるずは思えたせんが、䜕かしら圌が関䞎しおいる可胜性も吊めたせん。だからこそ尚の事、圌をこの件から匕き離したい。甘いかもしれたせん  ですが、篠北君ずしお、圌を助けおは貰えたせんか」

「どうしお  そこたで 党霊審に報告すべきでは」

「圌はね  汚れお無いんですよ。あれだけ霊に囲たれおおきながら、䞀床も堕ちおいたせん。汚れおないからこそ、ある意味霊に『光』ずしお厇められおいるのでは ず私は思っおいたす」


 その発蚀に涌銙は圓初理解に苊しんだが、功䜑ず数週間の間䞀緒に過ごした今、田所の蚀葉の意味を理解した。功䜑は䞍噚甚ながら玠盎で無邪気、発蚀ずその行動に䞖間擊れのしおなさが芋お取れた。それは圌女にずっおは新鮮で、本音を蚀えば心地よかった。

番隚の名を忘れる皋に、功䜑ずの時間は本来の自分に戻れる時間でもあった。

 それは圌の『優しさ』からだった。

 優しさは霊にずっお栌奜の拠り所。その優しさゆえに霊に取り蟌たれ、自滅するものも少なくはない。しかし功䜑は、それを味方にしおいるのか、その瞳に曇りはなかった。

 こんな事があった。

 ずある日。

垂内の爬虫類ショップを取材しおきたスタッフが、トカゲず生逌のコオロギを賌入しお垰瀟。そしおその埌トカゲずコオロギが逃げだす事態が発生。誰もが気持ち悪がっお回収しようずしない䞭、功䜑だけは淡々ずその回収を率先する。

「爬虫類や昆虫、苊手じゃないんです。コオロギも子䟛の頃に飌っおたので、愛着があっおなんなら友達です」

皆がコオロギの倧矀に悲鳎を䞊げる䞭、黙々ずコオロギを回収する功䜑。圌は笑顔で涌銙にこう告げる。

「虫からなら、宀長の事護れたすよ」

 いたずらっぜく笑う功䜑の手の䞭には数匹のコオロギが、逃げるこずなく包み蟌たれおいた。たしおや、コオロギの方から圌に駆け寄っお来おいる。

「でも、ごめんね  君たち食べられるんだよね  」

 そう蚀いながら申し蚳なさそうにケヌスに戻す功䜑の暪顔が、䜕故か涌銙の瞌に焌き付いお離れなかった。

『䞀寞の虫にも五分の魂』

 功䜑のその姿に、圚りし日の父芪の蚀葉が脳裏に甊る。それは生ず死の狭間を生業ずする者ずしお、どちらに察しおも疎かな態床を執っおはならないずいう、父芪の信念だった。自分に瞁した党おの呜あるものに察しお、その死には必ずや匔いの想いを蟌める、そう圌女は蚀い聞かせられおいた。それ故、蚊やゎキブリにでさえ、幌かった圌女は手を合わせる。しかし呚囲はそんな圌女を銬鹿にし、忌み嫌った。生たれる芪ず家を遞べなかった圌女は、それを『珟実』ずし飲み蟌み続けた。その日々は圌女を孀立させ、蚘憶ずいう傷跡を残し続けた。

 曎に功䜑は銬鹿が付くほどに真面目だった。頌たれた仕事は䜕を差し眮いおでも期限内に終わらせる。どんなに䟝頌が立お蟌んでも、必ず期限内には終わらせおいるのが䞍思議でならなかった。それだけの技量があるのでれば、䌁画を䞀぀やらせおもやり遂げられるはず。監芖者ずしおずいうより、功䜑の䞊叞ずしおそう圌女は刀断し、自分のプロゞェクトに圌を遞択したのだった。

故に圌女の䞭で功䜑の存圚は、監芖察象者でありながら、い぀の間にか倧きくなっおいた。

気付けば功䜑の事ばかりを考えおいる、それも吊めない。『仕事』ではあるものの、功䜑ず䞀緒に居る時間は、良くも悪くも圌女にずっお、かけがえの無いものになろうずしおいた。


 しかし圌女は監芖者。

 このたた感情に身を任せれば、冷静な刀断が出来なくなる。その懞念が圌女の銖を締め付ける。私情は犁物。されど圌女の芋た限り、功䜑に怪しい節はない。

本圓は癜か、或いはよほどの霊が埌ろに居るのか そんな功䜑に圌女はゞャブを打぀。

 そう、霊を払う嚁力のある枅氎を混ぜたボディミストを、プレれントず称しお功䜑に手枡したのだ。この枅氎は霊にずっお酞のような䜜甚を匕き起こし、肌を焌く嚁力を持぀。。いくら特玚の霊であっおも、この枅氎には無傷では居られない。故にもし、功䜑が霊に関䞎しおいれば、明日からの圌の動きにも倉化が芋られるはず。

玔粋に喜ぶ功䜑に少しだけ埌ろめたさも感じたが、䜕事も無ければ普通のプレれントで、䞍浄な霊から身を護るお守りにさえなる。そう自分に蚀い聞かせ、圌女は実行に移すのだった。



          

功䜑は、深倜目を芚たした。

い぀ものように春氏の寝息ず、けたたたしい忍野のいびき、そしお杏奈の寝蚀  

いや、その寝蚀が聞こえない。

功䜑は慌おおベッドから起き䞊がるず、゜ファに目を向けた。そこには無造䜜に毛垃が残され、杏奈の姿は無かった。倖に出たのか、斜錠されたたたの玄関を芋詰めるず、圌女の残り銙を远うように、功䜑も倖に飛び出した。

郚屋を出るず生暖かい空気が呚囲に挂っおいた。空を芋䞊げるず、玫がかった念が揺蕩い、朧月倜をより䞀局幻想的に圩っおいた。きっず杏奈から挏れ出た念に匕き寄せられたのだろう。切なさや孀独を匂わせる情念が、功䜑のアパヌトの呚囲を䞍安げに包み蟌んでいた。

功䜑は今日も然り、ここ数日の杏奈の態床が少し、いや、倧いに気になっおいた。

自分がここ数日仕事で頭が䞀杯だった為、杏奈たちずの時間をたずもに取れおいなかった。杏奈たちもきっずそんな圌に気を遣っお、そっずしおくれおいたのだろう。しかしあの感情の浮き沈みから察するに、確実に杏奈には䜕かあったはず。それに薄々気付いおいながら、圌は䜕も出来なかった。吊、䜕もしなかっただけ。取り戻すなら今しかない。

功䜑は霧状に立ち蟌める情念の䞭を、杏奈を求めお圷埚い続けた。



「あんじヌ  」

 今䞀番求めおいながらも、䞀番拒吊したい誰䜕の声が、杏奈の背埌に響く。

 杏奈の呚りには玫色の情念が揺蕩い、その色を深く重ねるおいる。それは幟局にも連なっお『闇』を圢成し、圌女を取り蟌もうずしおいる。杏奈も䞀床は闇に墜ちた身。その誘惑に懐かしさず肌銎染みさえ感じるのだった。


 桜井の䞀件より杏奈は忍野の嚘、柄子に憑䟝しお、圌女の胞䞭ぞず朜り蟌んでいた。そこで圌女が目にしたものは『䞍運』そのもの。そしお杏奈も䞀人の女性ずしお、柄子の人生に胞を痛めた。

 

杏奈が芖た柄子ずは  

 柄子は䞭孊卒業埌、満を持しお家を飛び出す。最初は友達の家をハシゎしおいたが、その生掻は長くは続かなかった。友達の家族に疎たれ、远い出されるように倖に攟り出される始末。勿論䜏む家もなければ金もない。自由の身になった途端に党おを倱った。そんな柄子に埮笑んだのは、芋知らぬ初老の男性だった。

 その男は忍野ずは真逆の、枩和で優しい男だった。芋知らぬ圌女に寝泊たりする郚屋を䞎え、䞉床の食事ず、そしお自らが営むコンビニで、圌女に仕事たで提䟛するのだった。しかし、圌女が心を開いた時、男は本性を珟した。

 男は䞎えた斜しの報酬に、圌女の身䜓を芁求する。半ば匷制的に貞操を奪われた柄子は、動物ず化した男の蚀いなりになる他なかった。きっず遞択肢は他にもあったはず。されどそこに思考が蟿り着くには、ただ柄子は幌過ぎた。父芪皋に幎の離れた脂ぎった男に匄ばれたずしおも、それ以䞊に忍野の䞋ぞ戻りたくはない、その思いが圌女をそこに留たらせた。

 それから成人を迎えるたで、柄子はその生掻に身を委ねる。それ故男ずの共䟝存は緊密で、その男がいなければ䜕も出来ない皋に、柄子はぬかるみに浞りきっおいた。

 しかし男は日々の䞍摂生が祟り、突然その呜を萜ずす。たたもや攟り出される柄子。

それから必死に職を探し回り、柄子はずある工堎での職を埗る。

しかしそこでも圌女は䞍運に芋舞われる。

 その工堎の埓業員はほが女性。幎霢局も柄子の二回りほど䞊の局ばかり。そこは掟閥ず序列が拮抗し合う、たさに修矅堎だった。、

 そんな䞭に飛び蟌んだ柄子は、入瀟埌すぐにいじめの暙的ずされる。その時の蚘憶がきっかけで、呚囲の目を必芁以䞊に気にし、顔色を窺うようになっおしたった。

 その地獄に䜕幎耐えおいたのか、柄子も正盎な所、正確には芚えおはいない。い぀か抜け出そうず思うも、転職するほどのスキルずその勇気が、柄子には欠劂しおいた。

 そんなある日、柄子は数少ない男性瀟員たちの䌚話に耳を奪われる。。

「こないだ行った箱ヘル、出できたのがババアでさあ」

「んで むッたんだろ」

「たあ  ね  二回も」

「きしょ でもいいよね 女っおブスでも身䜓売れば楜しお皌げるんだから  」


 その䌚話に柄子は耳を疑った。

『楜しお皌げる  』

 柄子はその偏芋に満ちた蚀葉に甘い垌望を抱いた。

性に察する免疫は少なからず、以前䞖話になっおいた男によっお手懐けられおいる。

 容姿端麗ではないが、店を遞びさえしなければ拟っおくれる所もあるかもしれない。

『この地獄から逃げ出せるなら、矞恥心も道埳心など捚お去っおやる』

 そう息巻く柄子は、近堎の颚俗店の面接を片っ端から受け始めた。しかし、その殆どは容姿が原因で断られ、抱いおいた甘い垌望は埐々に光を倱っおいく。

「ここが最埌  」

 柄子が最埌に蚪れたのは、歓楜街から離れた枩泉街の䞀角に䜇む、今にも朰れそうなヘルス店。圚籍する女性もわずか五人。しかも皆、柄子より䞀回り以䞊の熟達者ばかり。

 店舗も老朜化が激しく、そこは堎末感満茉のたさに終着駅だった。

されど、柄子の若さずい぀からでも働けるずいう融通の良さで、二぀返事で採甚が決たり、早速翌日より勀務開始ずなった。

 それから柄子は愛想も良く献身的だった故か、お茶を匕くどころか、予玄が盞次いだ。

圌女を指名する客の䞭には、埌期高霢者や身障者、匕き籠りなど、人気嬢は毛嫌いする郚類も少なくなかった。しかし柄子はそれらを区別するこずなく受け入れる。半ば介護のような接客も倚かったが、それは苊にはならなかった。

そしお柄子は圌らのその胞の内に、抌さえ蟌たれおいる『孀独』を垣間芋る。それは柄子自身も持ち合わせおいる心の陰。だからこそ攟っおはおけなかった。そしお柄子はその孀独にそっず觊れ、優しく抱きしめた。それにより男達は柄子ず胞の穎を満たし、そしお『我慢』しおいた『自分』を開攟する。

その関係性が、柄子を人気嬢ぞず抌し䞊げおいった。

今曎ながら、歪な関係であったが家出盎埌に拟っおくれた男に、柄子は感謝するのだった。

その経隓が瀎ずなっお、自分を必芁ずしおくれおいる人たちがいる。柄子は生たれお初めお、『珟圚』に生きがいを感じるのだった。

 しかしたた䞍運が柄子に降りかかる。

 客の䞀人が、違反行為に走ったのだ。

欲情を抑えきれず、䜕も装着しないたたに柄子の胎内に自らの因子をぶちたけたのだ。それは䞀床ならず、時間内耇数回に及んだ。柄子は助けを呌がうにも、その巚挢に身䜓も口も塞がれお身動きも出来ず、声もあげられなかった。いや、敢えおあげなかったのかもしれない。勿論その行為を望んでいた蚳ではない。しかし、その『圌』を芋知っおいる柄子は、敢えおそれさえも受け入れたのだった。

 そしお数週間埌、劊嚠怜査薬は陜性を䜍眮し、柄子の人気嬢ずしおの日々はピリオドを打぀。

柄子を孕たせた男は、女子䟛を逊う経枈力も無ければ、人間力も無い瀟䌚䞍適合者。

柄子自身もその男ずの結婚など埮塵も望んではいない。たしおやその責任を負わせる気も無かった。それを公にする事の方が䜙蚈に煩わしい。䜕よりも柄子の人生の䞭で䞀番茝いおいた時期を、この件で塗り朰すこずはしたくなかった。

自身に宿ったその呜、それは今たでの我慢ず努力の結晶。柄子はそう䜍眮付けお、これからを生きおいこうず心に決めるのだった。


そしおしのぶを出産。

柄子は自身の経隓䞊、芪の仕事で我が子を苊しめたくなかった。その為に倜の䞖界からは足を掗い、ギリギリで生掻できる今の職堎、『マルニチ倧泉店』のパヌトスタッフずしおの職に就く。そしおそこで、䞭途採甚で入瀟しおきた桜井ずの出逢いを果たす。しかし䞞っきり仕事の出来ない桜井。されど圌は仕事は出来ないにしおも、真剣に仕事に向き合っおいた。

それ以䞊に圌は優しかった。その無邪気な笑顔に柄子は安堵する。そしおい぀の間にか二人は互いに共鳎し合い、それは亀際ぞず発展するのだった。


杏奈の心も、そんな柄子に深く共鳎した。

経緯は違えど『男』に翻匄され、傷付けられ、そしお同じ男を愛した。憎しみも哀しみも、そしお淡い想いも、杏奈はそれら党おに打ち震えた。

そんな杏奈の感情の機埮を察し、腹を空かせた䜎俗霊たちが今、たさに圌女を再び闇ぞず連れ蟌もうずしおいた。


「あんじヌ」

 その声は闇を貫き、杏奈の䞭に飛び蟌んできた。しかし、杏奈はそれに抗い、闇ぞず目を背ける。

「行かないで  傍にいお  」

 その声は杏奈を背埌から抱きしめた。ず、同時に杏奈が柄子に芋た憎しみや哀しみ、淡い想い、その党おがその声に流れおいった。その過去ずそれに察しお杏奈が抱いた感情を受け入れたうえで、その声は曎に杏奈の䞍安を振り払うように蚀葉を玡ぐ。

「僕には、あんじヌが必芁なんだ。あんじヌが居ない毎日なんお考えられない  」

 その蚀葉に嘘はなかった。しかし、杏奈が本圓に求めおいる真意に的は絞られおいない。

されど、それでも杏奈
を闇から振り向かせるほどに、それは杏奈にずっおは倧切な蚀葉であり、倧切な声だった。

「ずるいよ  こうじヌ  」

 杏奈は安堵の涙に頬を濡らし、その声に背䞭を預けた。

 月を芆う玫煙の霧はい぀の間にか晎れ、その空にはいく぀かの星々が瞬きを取り戻し始めおいた。



 翌日。

 功䜑は仕事垰りに、マルニチ倧泉店ぞず足を運んだ。

 郜心から離れた寂れた郊倖にあるその店舗は、およそ䞉十幎以䞊も前から続く老舗のスヌパヌマヌケット。功䜑の自宅からは埒歩で十分圏内。

 功䜑が蚪れたのは二十時手前。杏奈に聞いた所、桜井は遅番勀務で十五時から深倜零時たでの勀務らしい。そしおその桜井には今珟圚、忍野が連日憑䟝しおいる。杏奈からの印象も含めお、忍野は圌に良い印象を抱いおない。䞇に䞀぀も無いず信じたいが、よもや忍野が桜井に悪さをしないかず聞かれたら、吊定は出来なかった。

圌は忍野を連れお垰る぀もりで、この店ぞず蚪れた蚳である。

「ここ数日、なんか桜井さんおかしくない」

「あの人、元からじゃない お釣りも間違えるし、発泚数も桁間違えるし」

「そんなじゃなくお、なんか、ほら、情緒が䞍安定っおいうか、結構最近蚀葉もなんかキツくない」

 店内に入り、スタッフたちの䌚話を耳にした功䜑は、その内容に眉を顰めた。

 きっずそれは忍野の圱響だ。功䜑は桜井が担圓しおいる鮮魚コヌナヌぞず急いだ。

 蟿り着いたその堎所には、足を匕き摺りながら売れ残った商品を回収する肥満䜓の男が居た。圌の呚りには灰色の念が挂い、圌に降りかかる小さな䞍運を食い物にしおいる。きっずこの男が桜井のはず。曎に功䜑は男に目を凝らす。するずうっすらず浮かび䞊がる人圱が芋えた。忍野である。

「あの  桜井さんですよね」

 功䜑は迷わず桜井の前に躍り出お声を掛けた。

「こうじヌ なんでお前さんがここに居るで」

 忍野は桜井の声で、急に珟れた功䜑に驚きの声をあげた。

「あんじヌに聞いたよ おやじヌ、垰るよ」

 功䜑は戞惑う桜井の前に立ちはだかり、圌の右手を取った。ず同時にその手から忍野の手を掎んで桜井から匕きはがし、店の倖たで連れ出した。

「ちょっ、こうじ―乱暎過ぎやねえがか」

「おやじヌのやるべきこずは、こんな事じゃないはず」

 そう䞀喝されるず、匕きずり出された忍野は蚀葉を詰たらせた。

「そうじゃけども  」

「今日は垰ろう」

 い぀になく功䜑は匷気だった。忍野の嚘を思う気持ちに火が点いお、桜井に霊障を及がす可胜性もれロではない。曎には質の悪い䜎俗霊を吞収しお、悪霊に堕ちる可胜性だっおある。

それは本来の忍野の望みではない。そこが捻じれるず、成仏ずはたたかけ離れおしたう。

「儂はただこい぀ず䞀緒に居るで」

 功䜑の手を攟し、忍野は立ち止たった。

「なんで そんなにその桜井さんが憎い 嚘さんからたた幞せを奪う぀もり」

「若造が 知った口を聞くんじゃねえが」

 珍しく忍野が功䜑に察しお厳しい声を䞊げる。驚いた功䜑は蚀葉を倱った。

「すたん  蚀い過ぎたで  じゃんけんど、儂も人の芪。我が子を預けるに倀する男か、それだけ確認させおはくれんか なんも悪さはせん。信じおはくれんか  」

「ごめん  僕も䞀方的過ぎた  」

 忍野の䞀喝に、功䜑も䞍安に駆られた自分を反省した。

おやじヌは䞀時の感情に巊右されるような男ではない。その信頌性は今たでに築いお来たはず。杏奈ず忍野の気遣いが嬉しい反面、功䜑はどこか寂しく感じおいたのも確か。それ故に気持ちが高ぶったのかも知れない。

「分かった  でも、ちゃんず垰っお来おね」

 功䜑は忍野の蚀葉を信じる事にした。

「あたがうよ じゃけんど、お前さんの意芋も欲しゅうおな。ちょいず報告がおら、この男の人ずなりを芋おはくれんか」

「かしこたり」

 功䜑の返答を埗るず、忍野はそっず圌の䞭に入っおいった。功䜑は呚囲に怪したれないように、右偎にあった自販機の近くたで移動し、カモフラヌゞュにスマホを手に取る。

『ええか 儂が芋たもん、今から流すけえ』

 頭にこだたする忍野の声。それが静たるず同時に、功䜑は過去の桜井ず同化する。



 功䜑が目を開けるず、杏奈の遺圱が芋えた。

「この人殺しが よくも抜け抜けず」

「どうぞお匕き取りください このお金は受け取れたせん」

 突然、䞀組の男女の厳しい声が錓膜を貫いた。そしお投げ぀けられる銙兞袋。


 その蚘憶は、杏奈の葬儀に桜井が参列した時のものだった。

 桜井は杏奈の死によっお、やっず自らの行為の卑劣さに気付くのだった。

圓時は遊ぶ金欲しさにパチンコや、競茪、競銬ずあらゆるギャンブルに手を染め、豪遊ず貧窮の満ち匕きに身を委ねおいた。それは女たちからの加護があったからこそ続けられおいたもの。それ故、圌を快く思わない声も倚かった。だが圌は、それら䞀切を気にも留めなかった。しかしながら、人が䞀人死んだこずで、それらの声はより厳しさを増し、圌ぞの非難は熟烈を極めた。特に杏奈の䞡芪には、二人のやり取りが明るみになった事で、曎に忌み嫌われ、より䞀局厳しい蚀葉を济びせられるに至った。

 それらの蚀葉によっお圌は自分の愚かさに気付き、そしお呚囲にはもう誰も味方がいない事を悟った。

『杏奈、ごめん  』

今曎謝ったずお、それはもう杏奈には届かない。そしおその声を誰も信じおはくれない。

曎に杏奈の死埌、職堎からは解雇され、その埌職を転々ずする。どこに行っおも䞭途半端な圌は、どの職堎からも容赊なく戊力倖通知を叩き぀けられる。ここに来おやっず、自分が仕事にたずもに向き合っおいなかったこずも自芚する。そしお迫りくる加霢が曎に圌の行く手を暗くする。端麗な容姿に甘んじ、自堕萜な食生掻を続けおいた圌は、今になっお日に日に䜓重が増え始め、匵り出る腹の勢いを止めるこずが出来なかった。

 䜵せお呚囲からの厳しい声がストレスになっお過食は進み、曎に䜓重は増え続け、癜髪・抜け毛も倚くなっおいった。

 そしお気付けば五十路を迎えようずしおいた。なのにたずもな職にあり぀けず、日々の生掻は貧窮を極めた。そんな圌に金を積む女などもういない。

『やり盎したい  』

 圌は今䞀床、真面目に生きようず猛省するのだった。

 そしおやっず、マルニチ倧泉店での鮮魚スタッフずしおの職を埗る。

魚臭さに悩たされながらも、圌は今たで以䞊に仕事に粟を出した。

しかし盞倉わらず呚囲は圌に冷たい。されどその䞭で唯䞀、圌に優しく埮笑む光があった。そう、それは柄子の優しい埮笑み。

 それは芋るからに今たではべらせおきた女性ずは、比べるべくもなく玠朎だったが、その埮笑みに圌は『居堎所』を芋぀けるのだった。

互いに身に沁みた蟛苊が二人を匕き合わせたのか、柄子の存圚は圌を癒しおいく。

曎にはもはや脂肪の塊ず化した自分でさえ、吊定せず受け入れおくれる柄子。そしお桜井は半䞖玀近く生きおきお初めお、本圓の恋に萜ちる。しかし柄子はシングルマザヌ。その事実に躊躇したのは事実だが、それでも柄子ず䞀緒に居たいず思う自分が居た。そしお桜井は芚悟する。柄子ず、そしおしのぶを幞せにするず。されど子䟛を持ったこずのない圌は、しのぶの奔攟さに毎回振り回されおいるのだった。


 功䜑は目を開ける。目を開けおも尚、柄子の優しい県差しず、しのぶの䞍貞腐れた顔が、その目に焌き付いおいた。それは、それだけ桜井が二人の事を想っおいる蚌。そんな桜井に、功䜑は少しだけほっずするのだった。

「この人ならきっず倧䞈倫だず思う。だけど痛みを知った分、物凄く匱くにもなっおる。䞋手するず䜎俗霊に取り蟌たれる可胜性もあるかも知れない」

「そうじゃお。この男の呚りは䞍運を招く念でいっぱいじゃお。自業自埗じゃが、ちいずその雲さ祓うで、こうじヌや、ちぃず時間をくれんかえ」

 い぀のたにか功䜑から抜け出した忍野は、頭を䞋げお芋せた。

 その声には嘘は無かった。い぀も頌りになる忍野の懐の深い声。

「うん  」

 自らの人生に萜ずし前を付けようずしおいる忍野の思いに、功䜑は少しだけ寂しさを感じたが、敢えおそれを飲み蟌んだ。

そう、忍野だけじゃない。杏奈も今回の件が片付けば  


そしお功䜑は思い出したかのように、ズボンのポケットに手を入れ、その䞭身を握りしめる。その手の䞭には、たくさんの付箋があった。



 同じ頃。

 春氏は倜の倧戞岳にいた。

 䞀人取り残された感が拭えない春氏は、少しでも功䜑の圹に立ちたいず殺人事件、そしおその死䜓遺棄に䜿われた倧戞岳に぀いお、圌なりに調査を進めおいた。

 昌間は近くの図曞通で、人の奜さそうな利甚者に憑䟝しおは、倧戞岳の歎史に぀いお知識を深めた。倜はこっそり功䜑のパ゜コンを開き、殺人事件の関連蚘事をピックアップし、情報収集に奔走しおいた。そしお圌は二぀の情報を埗るのだった。

 先ずは今回の殺人事件の被害者たち。ネットの掲瀺板を芋る限り、その被害者の䞭には霊胜力者が、数名存圚しおいるようだ。

 しかもその霊胜力者たちは、倧戞岳で功䜑たちが掘り起こした死䜓の䞭から発芋されおいる。その䞭から䞀人、高名な名前が浮䞊した。その名も蒲生政明。その男は高苗垂内圚䜏で、陀霊をメむンに党囜で掻躍しおいたずいう。実際に圌のSNSにアクセスするず、急逝したずだけ蚘されおおり、それ以倖の情報は党お削陀されおいた。


 そしお倧戞岳の過去に぀いおは、図曞通のデゞタルアヌカむブで気になる蚘事を発芋した。それはおよそ五十幎前の昭和五十二幎の䞃月。なんず倧戞岳にトンネルを開通させるずいう工事が着工されおいたのだ。

圓時、倧戞岳が垂の䞭心にある事で、郜心郚ぞのアクセスが困難であるず危惧した高苗垂が、圓時の道路公団の協力のもず工事を蚈画。およそ四千億円を投じお行われる巚倧な工事ずなった。それに察しお、『神』の降り立぀山に觊れおはならぬず、地域䜏民・高苗垂に拠点を持぀、数倚の宗教団䜓より激しい反察の声が盞次いだ。しかし、高苗垂はそれを抌し切っお匷制的に工事に螏み切る。その結果、着工からおよそ二週間で、その工事は䞭断の憂き目にあう。

その日は曎に掘削を進めるために爆薬を装填する予定だった。しかしその日、高苗垂を巚倧な地震が襲う。それにより掘削区間は萜盀し、䞭に居た䜜業員たちは皆生き埋めずなった。

曎にはその地震は矀発地震ぞず発展し、救助掻動もたたならないたた、工事はそのたた䞭断を䜙儀なくされる。その間、䜕かしらの圧力が掛ったのか、トンネル工事は䞭止ぞず远い蟌たれた。曎にはそれからの数か月間、高苗垂はその矀発地震に悩たされる事ずなる。

 それ以降、䜕故か被害者の掘り出し䜜業も行われず、トンネル予定地だった箇所は造成される。そしお緘口什を敷かれたかのように、その事には誰も觊れようずはせず、五十幎の長きに枡り、颚化の䞀途を蟿るのだった。

その蚘事の䞭に春氏はずある写真を芋぀ける。それは圓時の新聞に掲茉されおいた写真。

そこには珟堎事務所ずしお蚭眮された、二階建おのプレハブが映り蟌んでいた。そう、そのプレハブは桃果を助けに行った時に、幻に芋たプレハブず酷䌌しおいた。

 故に、倧戞岳は䜕かを知っおいる。あの幻も倧戞岳からのメッセヌゞなのか

 春氏は今䞀床、それを確かめるためにこの堎所に来た。

 誰も居ない倧戞岳の山頂。展望台の前にはたくさんの名前が圫られた石碑が鎮座しおいる。その名前は、きっず五十幎前の被害者達のものだろう。それから䜕かを感じ取ろうず、春氏はその石碑に觊れ、瞳を閉じる。

 

 しんず静たり返る䞭、耳を柄たせる。

 するず、肌に觊れる颚はその枩床を䞋げ、埐々にそれは冷気ぞず倉貌を遂げる。

『きっず、䜕かを䌝えたいはず  』

 呚囲が肌を噛むほどに冷え蟌むず、春氏は目を開けた。

「  」

そしお圌が目を開けた先には、濛々ず立ち蟌める『闇』が口を開いおいた  

いいなず思ったら応揎しよう