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神社で神様に願いが通りやすい方法は?(真実の話)

    HIRONOMICHI🐧🎥っ〜💨

    当アカウントの中でも人気の高いページの1つに、『神社の作法』(3456円)という有料ページ があります。


    一般には、神社で神様に願いが通りやすい願い方は? という、解説として

     ・ 「願い事が叶いました。ありがとうございます」みたいに、事実の先取り系で願うヨロシ! 
     ・ まずは「感謝」を先につらつら述べた後、最後に願い言うヨロシ!
     ・ 「ワードは短く簡潔に!」 あまり長いと神様も混乱する
     ・ 神社では願い事は言わず「日頃の感謝だけ」伝えましょう

    このように言われているようですが、ホント?

    全体的に「感謝」がキーワードのようですが、こちらは 神様と直接お話しできる霊能者(シャーマン)なので、

    それホント? 言われてるコトって正しいの?
    と、神様に直接質問をぶつけてみました。

    答えは?? 『有料』ゾーンで……

      ・ 
      ・ 

    とも思ったのですが、

    まあこの程度のことなら、わざわざ『有料』にするまでもなく『無料』のままでお伝えできますので、このまま皆に見える形で答えを載せてしまいますと……

    ■ パターンA
    -=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-
    「願い事が叶いました。ありがとうございます」みたいに、事実の先取り系で願うヨロシ! 
    -=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-
    (例) → 素敵な彼女が出来ました。ありがとうございます。

    【神様の答え】
    バカバカしい。誰が言い出したのか?
    こういうパターンでの願い方をしてくる者は、驚くほど多い。
    もう全体の中でも、かなり目にするパターンだが、一言 言っておこう。
    「観念まみれ」のテクニックなど、無効だ。
    誰かが「こうするといい」と人間目線で勝手なアドバイスを言った。
    言われたほうは、「神の世界の正しい作法」など知らないから、「なるほど、こうすればいいのか!」 と感心してしまう!

    元々は、先に願いに来ていて、叶った者が「願い事が叶いました。ありがとうございます」とお礼参りにきたことを指す。そのような者には、神は再び応える。

    それが、人間側の勝手な改変によって、テクニック化されて、「願い事が叶いました。ありがとうございます」みたいに、事実の先取り系で願うヨロシ! という話しにすり替えられてしまった。

      ・ 
      ・ 

    神に対して、小手先だけの「テクニック」が有効だと思ってる。
    企業の採用面接ですら、付け焼き刃の「テクニック」での受け答えは見抜かれるというのに、神が見抜けないことがあるか!!

    「本心からのワード」(感謝としてのお礼参り)と、表面上のテクニックは、文字にすれば同じでも、中身の心は正反対だ。文字に真実があるのではない。心に真実がある。
    その勘違いを正さないかぎり、何をしても無駄だ。

    それに変わる手法は『絵馬』だ。この者が『神社の作法』のページで唱えている、『絵馬』の手法 は神が教えた。

    世の中の成功例を見て、何が神の心を動かすか? 見て学ぶといい。
    実際に神社に足を運び、見て学ぶといい。生きる模範解答がたくさん並んでるではないか!! 全く……

      ・ 
      ・ 

    ■ パターンB
    -=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-
    まずは感謝を先につらつら述べた後、最後に願い言うヨロシ!
    -=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-
    (例) → 感謝2分 願いは末尾に20秒

    これも同じだ。こういうパターンでの願い方をしてくる者も、驚くほど多いが、もう少し自分の頭で考えた方がいい。

    手法としては確かに正しい。正しいのだが……
    「本心からのワード」(感謝としてのお礼参り)と、表面上のテクニックが、同じ成功を運んでくるはずないであろうが。

    文字にすれば同じでも、心は正反対だ。
    子どもが親に対して、「ごめんなさい!私が悪かったです!」と泣きながら言うときと、親に対して反抗的な目で睨みながら言うとき……

    文字にすれば同じだ。
    皆が神に言ってることは、これと同じなのだ。反抗的な目で睨みながら言っている。信仰心などあまりない状態で「どうせ叶わないだろうなぁ……」と心の片隅で思いながら。

    誰かが言い出したテキトーな解説を真にうけて、表面上のテクニックだけに意識が向くからこうなる。
    小手先のテクニックを解説している本やHPに飛びつくのではなく、もう少し、自分の頭で考えた方がいい。

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    ※ さすがにストレートな表現だったので、「もうちょっとまろやかにできません?」ときいてみたのですが、「このままでいい」と却下されました。「大丈夫だ! 神が守る」と。
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    ■ パターンC
    -=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-
    ワードは短く簡潔に! あまり長いと神様も混乱する!
    -=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-
    (例) → 願いは20秒以内で

    確かに、たまに「自分語り」のストーリーを延々語ってきて、私の生い立ちはコウで、今までコウ生きてきて、その結果コウなって今はこのように困っていて……みたいに、どうでもいいことをズラズラ10分以上も言い続ける中高年の女性はいる。
    たいていの場合は、近所にある、誰もいない「管理されてない神社」の前で唱えているが、自分語りがそんなに好きなら、好きに言えばイイ。
    参拝客で賑わってる神社で、皆の待機列をふさぐようにいつまでも動かないのはやめた方がいい。
    その程度だな。

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    ■ パターンD
    -=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-
    神社では願い事は言わず、日頃の感謝だけ伝えましょう!
    -=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-
    (例) → 何を言ってイイかわからないから、いつも神社では、神恩感謝だけにしてるんです

    世の中には、「自分の願いを言うことは悪だ。他人の幸せだけ願え」という言葉が一人歩きしている。
    これは、昔の者(老婆)が若い者に対して強く戒めていた文化があって、それが現代にも続いているのだが……

    だから、神に対してどう願いを言えばイイかわからないのなら『絵馬』を見ろ! と言ってるではないか。

    神の言葉を無視して、人の言葉に従うから、いつまでも答えに行き着けないのだ。
    人が勝手に考えた「神への礼儀」など、正解なわけがなかろう。

    『神の作法』は神が決めている。それを神が人に伝えたときのみが正解だ。
    まさに、今見ているココのようにな。

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      ・ 

    ということで、まあだいたい予想通り といいますか……

    その、世の中で知られているテクニックは、誰が言い出したことなのか? 情報の出所をもういちど考えてみてください。

    たとえ、『神主さんから直接聞いたこと』『昔から言われていること』だったとしても、その神主さんや昔の人は、自分で神様に聞いた〝ご神託〟の中身を言っているのか?

    昔から言われてる、常識的な知識を、そのままなぞってるだけではないか? ということを考えれば、本当は何が正しいのか? が分かると思います。

      ・ 
      ・ 

    先のコメントの中で触れられていた、

    だから、神に対してどう願いを言えばイイかわからないのなら『絵馬』を見ろ! と言ってるではないか。

    とは、ここのことを指します。

    ちなみに・・

    かんながら たまちはえませ は
    神社に対して願いが通りやすいスーパー呪文などではなく
    祈祷・奉祝の文体なのです。正式祈祷の格式。

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    惟神かんながら 霊幸倍坐たまちはえませ
    ➜ 「霊幸倍坐」は祝詞末尾の定型句
    神々に対して「御霊の加護と繁栄を願う」という締め言葉
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    なので、個人的な願いをビシッと通したかったら

    我が願ひ まことにあらば 神こころ
    叶へ給へと 神の御前に

    こう唱えてみてください。

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