Set2 高齢社会と地域生活を始めるにあたって
Set 2 高齢社会と地域生活
Set 1では、理学療法とは何かを、理学療法士の視点から見てきました。理学療法は何をする仕事なのか、リハビリテーションとどう違うのか、なぜ動きを見て、どのように治療・介入を組み立てるのかを考えてきました。
Set 2では、そこから少し視点を広げます。ここから考えたいのは、社会の中で理学療法がなぜ必要になるのかという問いです。
私たちは、長寿の時代を生きています。これは人類がまだ十分に経験したことのない事態です。人は基本的に死にたくないと思っています。しかし、その願いは、多くの場合、健康であることを前提にしています。長く生きることと、よく生きることは同じではありません。鷲田清一がかつて考察した『老いの空白』の著書では、誰も老いを知らないのです。私たちはいま、長寿そのものの意味をまだ十分に言葉にできていない社会にいるのだと思います。
日本はすでに高齢社会の先端にいます。2024年時点で日本の高齢化率は29.3%とされ、2070年には38.7%に達し、2.6人に1人が65歳以上になると推計されています。さらに2023年の患者調査では、入院患者のうち65歳以上が約75%を占めています。つまり、医療の現場そのものが、すでに高齢者を中心とした構造に変わっています。
この変化は、理学療法にも大きく影響します。かつて理学療法は、病気やけがの後に機能を回復させる仕事として理解されやすかったと思います。しかし、現在はそれだけでは足りません。病いが起きてから関わるだけではなく、病いを予防すること、フレイルを防ぐこと、転倒を防ぐこと、地域の中で暮らし続けられる身体を保つことが、ますます重要になっています。
長寿化によって、医療の目的も変わってきました。かつては「命を救う」ことが中心にありました。もちろん、それはいまも重要です。しかし現代では、単に死なないことだけではなく、どのように生きるのかが問われています。健康寿命と平均寿命のあいだには差があり、2022年時点で健康寿命は男性72.57年、女性75.45年とされています。平均寿命との差をどう縮めるかは、社会的にも医療的にも重要な課題です。
ここで理学療法が関わるのは、運動と生活のあいだです。手術や薬だけでは、長寿社会のすべてを支えることはできません。身体を動かすこと、立つこと、歩くこと、外に出ること、人と会うこと、自宅で暮らし続けること。これらは医療であり、福祉であり、生活でもあります。その境界に、理学療法士の仕事があります。
Set 2では、「高齢者は弱い人です」と単純に言いたいわけではありません。現実に弱くなる人はいます。しかし、何をもって弱いと見るのかが重要です。筋力が落ちることなのか、転びやすくなることなのか、外出しなくなることなのか、認知機能が低下することなのか、家族や地域とのつながりが細くなることなのかを考える必要があります。
また、ここで扱う地域生活も、単に市町村の区分だけを意味しません。地域には、生まれた場所、育った場所、働いた場所、暮らしている場所、最後に住む場所があります。100年前であれば、それらが重なっていた人も多かったかもしれません。しかし、移動が容易になった現代では、人にとっての地域は、市町村の境界だけでは決まりません。制度上の地域と、その人が認識している地域には差があります。
このSetでは、フレイル、転倒、在宅、認知症、終末期を扱います。これらに共通するのは、身体の問題が生活の縮小へつながりやすいという点です。終わりがあることは決まっています。しかし、その終わりまでにどこまで動けるのか、どこまで暮らせるのか、どこまで自分の生活を保てるのかは、まだ考える余地があります。
理学療法は、ここで「治す」、と「支える」の境界に立ちます。医療と福祉のあいだ、専門職と家族のケアのあいだ、自助と公助のあいだに立ちます。治すことを追求することが、支えることを強くします。そして、支えることを考えることで、治すことの意味も変わっていきます。
高齢者先進国としての日本の在り方は、これからの世界にも影響を与える可能性があります。だからこそ、私たちは高齢社会をただ負担として見るのではなく、理学療法士として何を担えるのかを考える必要があります。
ここからは、失われるもの、減退するもの、そしてそれでも残るものを見ていきます。まずは、「年をとると何が失われるのか」から始めます。
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目次 Set 2 高齢社会と地域生活
Set 2では、高齢社会の中で理学療法がなぜ必要になるのかを考えます。
長寿化、フレイル、転倒、在宅生活、認知症、終末期を通して、理学療法が「治す」、と「支える」のあいだで何を担うのかを見ていきます。
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Season 4 フレイルと転倒
加齢によって何が失われ、なぜ転倒が生活を大きく変えてしまうのかを考えるシーズンです。
単なる筋力低下ではなく、予備力、移動能力、回復力、生活の自由度が少しずつ狭くなる過程を見ていきます。
#019 年をとると何が失われるのか
#020 転ばないことは、なぜそんなに大事なのか
#021 筋力低下だけでは説明できない衰え
#022 歩けることと暮らせることの違い
#023 フレイル予防は理学療法の仕事か
#024 高齢社会の中で理学療法は何を支えるのか
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Season 5 在宅・家族・地域
病院の外で理学療法が何を担うのかを考えるシーズンです。
自宅で暮らすこと、家族と生活すること、地域の中で移動し続けることを、身体と生活の接点から見ていきます。
#025 在宅で理学療法は何をするのか
#026 家族を見ることも治療の一部である
#027 住宅環境はなぜ重要なのか
#028 地域で暮らし続けるための理学療法
#029 通院できない人に何が起きるのか
#030 病院の外に広がる理学療法
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Season 6 多疾患併存・認知症・終末期
病気が一つではなくなり、認知機能や終末期の問題が重なったときに、理学療法が何を考えるのかを扱うシーズンです。
「治す」ことだけでは説明できない場面で、動くこと、暮らすこと、支えることの意味を考えます。
#031 病気が一つではない時代の理学療法
#032 認知症の人に理学療法は必要か
#033 終末期に理学療法は何をするのか
#034 治すことと穏やかに過ごすこと
#035 動くことの意味が変わるとき
#036 長寿社会における理学療法の責任
