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病院の外に広がる理学療法【理学療法とは何か #030】

この連載は、6本を1シーズンとして進めています。
全体の流れを確認したい方は、以下の目次をご覧ください。

▶ このマガジンの目次

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理学療法は、病院の中だけで行われるものなのでしょうか。

多くの人は、理学療法を「病院で受けるもの」と考えているかもしれません。骨折した後に歩く練習をすることです。脳卒中の後に立ち上がりや歩行を練習することです。手術後に関節を動かしたり、筋力を戻したりすることです。

この理解は間違いではありません。実際、日本の理学療法は医療の中で発展してきました。理学療法士及び作業療法士法では、理学療法は「身体に障害のある者」に対して、主として基本的動作能力の回復を図るものとされています[1]。ここには、病気やけがによって身体に障害が生じ、その回復を医療の中で支えるという考え方があります。

この法的定義から見ると、病気、医療保険、病院という流れが強くなるのは自然です。理学療法士は、医師の指示のもとで、医学的知識に基づいて運動療法や物理療法を行ってきました。現在でも、病院や診療所は理学療法士の主要な職場です。

実際、日本理学療法士協会の会員統計を見ても、病院・センター系に所属する理学療法士は約60%と非常に多く、診療所を含めた医療施設全体では約70%前後を占めています。一方で、訪問リハビリテーション、訪問看護ステーション、通所リハビリテーション、介護老人保健施設など、介護サービス施設・事業所にも約30%程度の理学療法士が所属しています[2]。さらに、行政機関や教育・研究機関に従事する理学療法士も一定数存在しており、厚生労働省や自治体の保健部門、大学・専門学校の教員、研究職などに従事する割合は全体の数%程度とされています。これらの分野では、政策立案や人材育成、エビデンス創出といった役割を担っており、臨床以外のキャリアパスとしても重要な位置を占めています。

つまり、理学療法は病院中心でありながら、すでに病院の外にも広がっています。

この広がりは、特別な例外ではありません。むしろ、現在では病院から在宅、在宅から地域へと、シームレスな連携が求められる時代になっています。急性期病院で命を救い、回復期で基本動作を取り戻し、生活期で自宅生活を支え、地域で介護予防やフレイル予防を考える。この流れの中に、理学療法士の仕事があります。

Season 5では、在宅、家族、住宅環境、地域生活、通院できない人を扱ってきました。これらを一つに束ねる中核概念は、生活空間です。

身体は、病院の中だけにあるわけではありません。身体は家で起き上がります。トイレへ行きます。玄関を出ます。坂道を歩きます。買い物へ行きます。通院します。家族と暮らします。地域資源を使います。つまり、理学療法が見ている身体は、生活空間の中にある身体です。

ここで重要になるのが、ICIDHからICFへの発想の転換です。ICIDHでは、疾病から機能障害、能力障害、社会的不利へと進むモデルが強く意識されていました。一方、ICFでは、健康状態、心身機能・身体構造、活動、参加、環境因子、個人因子の相互作用として人の生活機能を見ます[3]。病気だけが中心ではありません。健康、活動、参加、環境が同時に問題になります。

この視点に立つと、理学療法は病院の中だけでは完結しません。

病院内の理学療法と、病院外の理学療法の最大の違いは、管理された環境か、生活環境かという点にあります。病院では、ベッドの高さを調整できます。廊下は平坦です。スタッフが近くにいます。転倒しそうになれば支えられることがあります。短期目標も立てやすくなります。

一方、病院の外では、環境は一定ではありません。家の段差、トイレの位置、浴室の形、家族の介助力、地域の坂道、公共交通の有無、買い物先までの距離が関係します。さらに、医療保険と介護保険の違いがあります。医療と福祉の間があります。病気と健康、治療と予防の間があります。

この境界は、まだ完全には明瞭ではありません。

理学療法士の職域は広がっています。しかし、どこまでが医療保険で行う理学療法なのか、どこからが介護保険での支援なのか、どこからが行政の介護予防事業なのか、どこからが自費サービスなのかは、現場によって整理が難しいことがあります。さらに、健康増進や予防の領域では、柔道整復師、鍼灸師、トレーナー、運動指導者など、他の専門職との協業や境界も問題になります。

ここに、これからの理学療法士の難しさがあります。

病院の外に出ると、理学療法士の専門性は薄まるのでしょうか。私は、むしろ逆だと考えます。病院の外に出るほど、身体機能と基本動作を生活環境に結びつける専門性が問われます。

病院では、歩行練習をしていれば「理学療法らしさ」が見えやすいです。しかし在宅では、手すりの位置を考えることもあります。家族に介助方法を伝えることもあります。買い物に行けるかを考えることもあります。通院できるかを相談されることもあります。これらは一見すると、理学療法そのものから離れているように見えるかもしれません。

しかし、本人の身体機能、基本動作、生活動作、環境、支援をつなげて考えるなら、そこには明確に理学療法士の専門性があります。

ここで、私は「治療を内包した支援」という表現が重要だと考えています。

在宅では支援が必要です。家族支援も必要です。住宅環境の調整も必要です。地域資源の活用も必要です。通院できない人には代替手段も必要です。しかし、その支援の中に、身体を変える視点、動作を変える視点、予後を見立てる視点が含まれていることが、理学療法士の強みです。

治療だけでは、生活は支えきれません。
支援だけでは、身体の可能性を見逃すことがあります。
だからこそ、治療を内包した支援が必要になります。

これは、在宅でも地域生活でも同じです。変えられることと変えられないことを見分けます。助けられることと助けられないことを見分けます。身体機能を高めれば生活が広がるのか、環境を整えれば生活が成立するのか、支援を入れれば安全が保てるのかを考えます。この境界線を見つけることが、理学療法士の重要な仕事です。

World Physiotherapyも、理学療法を治療だけに限定していません。理学療法は、生涯を通じて運動能力と機能的能力を発達、維持、回復するためのサービスであり、健康増進、予防、治療、リハビリテーションを含むものと説明されています[4]。つまり、世界的に見ても、理学療法は病院内の治療だけではなく、予防、健康増進、地域、職場、学校、デジタル環境にも広がる専門職です。

今後の日本でも、この広がりは避けられません。

高齢化が進み、フレイルが増え、複数の疾患を持つ人が増えます。病院で治して終わりという時代ではなくなります。退院後にどう暮らすのかです。通院できなくなったらどうするのかです。地域で活動を保てるのかです。働く人の腰痛や身体負荷をどう予防するのかです。学校や地域で身体活動をどう支えるのかです。災害時に身体機能の低下や生活不活発をどう防ぐのかです。

ここで重要になるのが、医療的予防です。

医療的予防とは、単なる健康づくりではありません。病気や障害の可能性を見据え、身体機能と生活機能の低下を予測し、悪化を防ぐことです。フレイルを放置しないことです。転倒リスクを見逃さないことです。通院できなくなる前に移動手段を考えることです。腰痛や生活不活発を早期に見つけることです。

理想的には、行政が予防を考える際に、理学療法士をもっと活用するべきだと考えます。理学療法士は人数的にも一定の厚みがあり、身体機能、運動、動作、活動量に関する知識を持っています。地域包括ケアシステムでは、自助、互助、共助、公助という考え方があります[5]。理学療法士は、その中で自助を高め、互助や共助、公助につなぐ身体の専門家になり得ます。

ただし、課題もあります。

理学療法士の教育は、まだ疾病を基準として学ぶ部分が大きいです。脳卒中、骨折、心疾患、呼吸器疾患、神経疾患など、病気を起点に評価や治療を学びます。これは必要です。医学的知識の基盤がなければ、理学療法士の専門性は成立しません。

しかし、予防や健康増進、産業保健、地域づくり、政策、費用対効果、オンライン支援についての知識が十分かと言えば、まだ不十分だと思います。今後の日本社会を考えると、理学療法士は、病気を持つ人への治療だけでなく、病気になる前、悪化する前、生活が狭くなる前に関わる知識を広く持つ必要があります。

また、費用負担の境界も重要です。医療保険で行うべきものは何かです。介護保険で行うべきものは何かです。行政が費用を支払う介護予防事業として行うべきものは何かです。自費で行うべきものは何かです。この境界を曖昧にしたまま職域だけを広げると、制度上の混乱が起こります。

病院の外に広がる理学療法は、希望であると同時に課題でもあります。

身体の専門家として、医療的予防と支援を行えること。これは理学療法士の大きな強みです。一方で、予防的知識、制度理解、地域資源の理解、他職種との協業、自費領域との境界整理は、まだ十分に成熟しているとは言えません。

それでも、理学療法は病院の外へ広がっていきます。

なぜなら、人の身体は病院の中だけで生きているわけではないからです。身体は家で暮らし、地域へ出て、働き、学び、遊び、人と関わります。理学療法士は、その身体活動の専門家です。病院の中で治療するだけでなく、身体を通して生活と地域をつなぐ仕事です。

理学療法は、病院の中だけの技術ではありません。
身体の専門家として、医療的予防と支援を担う仕事です。
その力を病院の外へどう広げるかが、これからの理学療法士に問われています。

次回からは、Season 6「多疾患併存・認知症・終末期」に入ります。病院の外に理学療法が広がるほど、対象者の身体はさらに複雑になります。病気は一つではありません。認知症があり、フレイルがあり、心不全があり、痛みがあり、家族や地域の問題もあります。さらに、終末期では、治すことと穏やかに過ごすことの関係が問われます。

理学療法士は、身体活動の専門家です。
しかし、その身体活動は、単純な筋力や歩行だけでは説明できません。
次のシーズンでは、病気が一つではない時代に、理学療法は何を見て、何を支えるのかを考えていきます。

この連載の全体像と過去記事は、以下の目次から確認できます。


https://advanced-therapist.vercel.app/

参考情報
[1]理学療法士及び作業療法士法 第2条.
[2]公益社団法人 日本理学療法士協会.統計情報,2026年3月末現在.
[3]World Health Organization.International Classification of Functioning, Disability and Health.2001.
[4]World Physiotherapy.Description of physical therapy.Policy statement.
[5]厚生労働省.地域包括ケアシステムの5つの構成要素と「自助・互助・共助・公助」.

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